カギは「知る権利」。全員に加入履歴を郵送、訂正してもらうだけ。ゆめ官僚を信じるな。
2007年11月号 POLITICS
拝啓 厚生労働大臣 舛添要一殿
安倍総理の突然の退陣を受け、年金問題はどうなるのか、と世間は固唾を呑んでいます。船出した福田政権でも舛添大臣は留任されたので、安倍政権の約束がゆめゆめ反故にされることはないと信じております。当面の焦点は、来年3月までと公約した5千万件の名寄せ処理ができるかどうか。最終的には来年10月までに全年金加入者に年金加入履歴を知らせる――という前政権の約束が果たせるかどうかでしょう……。
大臣に代わって答えよう。年金記録問題は過去何十年にわたる事務的な大チョンボだ。正確にいえば、事務チョンボにとどまらず、社会保険査庁職員(委託を受けた地方公務員)による年金保険料着服などもあり、犯罪行為も多く含まれている。
ただ、過去のチョンボは今さらどうしようもない。できるのは、事実を明らかにして事務処理の誤りを正し、原因を追及して国民に謝り、今後は繰り返さないようにするだけだ。この意味で、年金記録問題の処理方法はストレートで単純なのだ。
別の角度から見れば、公的年金に国民は加入する義務があるが、同時に国が持つ自らの加入履歴等年金記録を見る権利もある。一方、開示要求のあった年金記録を国が当人に見せることは当然のこと。個人年金記録に関する取り扱い原則(国民の知る権利)から見れば、年金記録問題の処理は極めて簡単に思える。
つまり、社保庁の有する個人年金記録を全加入者に開示した上で、各個人がその記録に誤りがあれば訂正すればいい。国は誤りの原因を徹底解明して、今後の改善策につなげる。こうした方法以外に、国民の不満や不安を鎮めることはできない。
もちろん、かくも年金記録がデタラメだったことに国民の怒りは消えない。国はひたすらその怒りに耐えなければいけない。デタラメな年金記録は国民が自ら直すしかないが、国民の訂正の訴えに対して“戦犯”社保庁が応えることは期待できない。
従って社保庁とは異なる第三者機関が、国民と社保庁の言い分を裁かなければいけない。第三者機関としては、本来なら裁判所がふさわしいだろう。しかしデタラメな年金記録は相当数あるだろうから、裁判所がパンクしてしまう。裁判所でなくてもいいが、国民と社保庁との紛争を処理できる、公正中立な、裁判所に類似した第三者機関であればいい。
こうしてみると、安倍前政権下で決めた現在の政府方針は、①来年10月までに全加入者に年金加入履歴を知らせること、②年金記録の訂正は第三者機関(年金記録確認第三者委員会)で行うこと、③そのために年金時効を撤廃すること――となっているが、正しい方向と言える。
まず、来年3月までの5千万件の名寄せ処理。極論すればこれは大きな問題ではない。①の中間作業だからだ。政府がその気になって国民の怒りから逃げない覚悟を決めれば、①など直ちに実行できる。現在、社保庁内のコンピューターに記録されている全員の加入履歴データを、すぐプリントアウトして、全員に郵送するなどの方法で知らせればいい。
ただ、現状のままだと、年金記録はかなり不完全だろう。それを国民が受け取ると、あまりのデタラメさに暴動が起こるかもしれない。せめて政府内のデータを整理して誤りをできるだけ訂正してから、国民に送るということで、来年3月までに5千万件の名寄せなどを行うのだ。
年金時効は撤廃されたのだから、一刻も早く国民に社保庁が保有する年金記録を示して、国民と一体となって年金記録を修正していくという考え方もあってよいかもしれない。
いずれ年金記録は訂正されていくとしても、なぜこんなデタラメになったのかの原因究明は絶対欠かせない。そのために、総務省には、年金記録問題検証員会が設置された。
一言で言えば、原因は社保庁労組職員やキャリア幹部の怠慢にある。社保庁労組はほぼ全職員が加入する強力な組織で、終戦から間もない労働運動華やかなりし時代そのまま、権利だけ主張して仕事をなおざりにする「生きた化石」なのだ。
民間企業では労組も、社保庁のようなデタラメをしていたら会社がつぶれてしまうことくらい知っている。社保庁とよく比較される国税庁でも、終戦直後は中央から職員が地方の税務署へ赴任するときに着任拒否に遭う(こうすることで誰が強いかを示す)ことがあったが、現在ではそんな光景は見られなくなった。
だが、社保庁では現在も着任拒否があるという。また45分働き15分休み、1時間で終わる程度に1日のデータ入力量を抑える――などの勤務状態(今はこうした労使慣行はない)が横行していたのは異常だった。
咎は社保庁だけではない。そんな怠慢を長年許してきた厚労省キャリア幹部にも大きな責任がある。そして大事なデータ管理が疎かになることを承知で予算をケチった財務省(大蔵省)にも応分の責任がある。
が、霞が関の無謬主義は、チョンボがあっても頑として認めない。安倍政権のお膝元でもそれがよく見えた。首相官邸で年金記録問題を担当していたのは、財務省出身のT総理秘書官と厚労省出身の参事官だが、彼らはことの重大性を理解していなかったか、理解されてはまずいと考えたのだろう。
2月14日の衆院予算委員会で民主党の長妻昭議員が「全員に納付記録を郵送して抜けがあるかどうか緊急に点検してください」と質問したのに対して、安倍首相は「年金そのものに対する不安をあおる結果になる危険性がある」と消極的な答弁をした。これはT秘書官らの入れ知恵による。T秘書官はかつて厚生労働担当の主計官や主査を務めており、厚労行政に精通し、社保庁の事務費を年金保険料から捻出するなどの禁じ手にも手を染めていた。年金記録のチョンボ露見は自分の責任問題としてはね返ってくるから、臭いものにフタをしようとしたのだろう。
「獅子身中の虫」のおかげで安倍首相は5月中旬まで消極姿勢を変えず、年金批判の火の手が上がったときには手遅れだった。政府内の検討をあきらめ、自民党での検討を指示した結果、前述の政府方針が決まった。
年金記録のデタラメを、厚労省が知らなかったとは言わせない。もともと年金記録は支給直前に国民に提示しており、それ以外に記録を知らせる必要がないとしていたのは、デタラメをできるだけ伏せようという魂胆があったからに違いない。
年金は受給資格があっても請求しないと受けられない。請求手続き(裁定請求)をすると、通常1~2カ月で受給資格の確認(裁定)が行われる。この裁定時に年金記録の不備はなくなる、というのが厚労省の立場。しかし年金をもらう身からいえば、記録のデタラメが多少あっても、支給してもらいたいから我慢してしまうのだ。この弱みに厚労省はつけ込んでいたわけだ。
もはや、官僚は信じられない。国民は国が保有する自らの個人情報を知る権利を行使し、自分の身を守らなければならない。
舛添大臣、それが要諦ですぞ。