大丈夫か、2010年サッカー・ワールドカップ開催。殺人、強盗、レイプが多発し、ムベキ政権は重い腰を上げたが。
2007年9月号
GLOBAL
特別寄稿 : by ベンジャミン・ポグランド氏(南アフリカ出身のジャーナリスト)
「オシム・ジャパン」がめざす2010年サッカー・ワールドカップ大会――開催地は南アフリカである。
人口4750万人のこの国は、アパルトヘイト(人種差別政策)の過去と決別した「アフリカ・ルネッサンスの希望の星」だが、未だに毎年およそ1万8千件の殺人事件が発生し、強盗やレイプにも悩まされる犯罪大国でもある。全世界からファンが押し寄せる3年後が、早くも心配されている。
この4月、数人の強盗がヨハネスブルクの高級住宅街にある家に押し入った。住人は68歳の女性である。
「持っている銃を出せ! 現金と宝石類をさっさとよこすんだ!」
「銃なんて持ってないのよ」
強盗は猛り狂った。恐怖に震える女性の手足をロープで縛りあげ、覆面をかぶせ、何度も熱湯を浴びせたのだ。情け容赦ない拷問を受けた女性は、数日後に死亡している。
南アの新聞ではほぼ毎日こうした犯罪が報道されるが、これはとりわけ陰惨な事件だった。南アには自動拳銃を含め、銃がふんだんにある。児童保護の専門組織によれば、この一年で2万3千件の児童レイプが報告されたという。これは実際に起きた件数の10%以下だろう。ほとんどのケースが報告されないからだ。
犯罪への恐怖が募って、家々は小さな要塞と化している。高くて頑丈な塀にさらに蛇腹形の鉄条網を張り巡らし、皓々と照明で照らし、防犯警報機を備え付けている。余裕がある家では24時間体制の警備員を雇う。自宅所有者のなかには住宅地をそっくり封鎖地帯にして、月極めで雇った武装警備員に出入りの全員をチェックさせている例もある。
観光客は行く先を慎重に選べと警告される。しかし、襲われてレイプされたり殺されたりする事件は、有数の観光地である風光明媚な地域でも、日常茶飯事のように起きているのだ。
犯罪の頻発は、長らく南アの悩みの種だった。1991年にアパルトヘイトに終止符が打たれるまで、黒人は隔離され、強制的にタウンシップ(南アでは非白人居住地域の呼称)に住まわされた。そこでの生活は危険に満ちていた。人々は凶悪なギャングの餌食となり、警察はほとんど何の手も打ってくれなかったのだ。
アパルトヘイトの終焉後は、地方の貧困から逃れようとした黒人が、大挙して都市部に押し寄せた。結局、彼らは都市の巨大な不法居住キャンプ(スラム)を埋めるだけに終わった。国民の3分の1が貧困状態で暮らしていると推定され、多くが電気や水道もなく、まともな教育施設を与えられていない。
さらに、政情不安のナイジェリアやジンバブエなどアフリカの他地域からなだれ込んできた不法入国者が推定300万から600万人に達している。彼らの多くが生きるために犯罪に走っているのだ。
タウンシップの暮らしは今でも危険に満ちている。しかし犯罪者は、白人を主な住人とする裕福な地域に目を向けはじめた。自宅を持つ人たちは、ディナーで交わす日常の話題の一つが犯罪の話になっている。最新の犯罪情報や経験を交換しあい、脅威から身を守ろうとしているのだ。
話題は、熱湯で拷問された先の女性の事件のように非道極まりないものから、銀行へ現金を輸送中の装甲車を襲った最近の事件、ショッピングモールで買い物中や食事中の客を狙う強盗事件に及ぶ。銀行のATM(現金自動預け払い機)が何台も爆破され、こじ開けられるという新手の犯罪も登場している。
犯罪を取り締まる警察官の給与は低く、さっぱり士気があがらない。汚職も蔓延しているという。明るい材料はわずかしかないが、有望に思えるのは、通常の警察機構の外で運営されるエリート犯罪防止班「スコーピオン」くらいだ。
犯罪者たちの非情や残酷さは、ただならぬ不安を呼び起こす。彼らがはっきりとした理由もなく、手当たりしだいに殺すからだ。
南アはHIV(エイズウイルス)の罹患率が世界でも高い国の一つだが、乳児まで何人もがレイプされる事件が起きている原因はエイズにあるらしい。エイズに感染した男たちの間で、乳児をレイプすれば治るという妄信が広がっているからだという。
こうした南アの犯罪多発をどう説明すればいいのか。国連人権委員会の高官であるデービッド・ジョンソン氏は、それを模索しながら、3月にヨハネスブルクで開かれた会議で、南アはまだ過渡期にあると述べた。
「何十年にもわたるアパルトヘイトが残した(負の)遺産を克服するという挑戦はまだ完全に終わっていない。未だに残るのは、他人の人間性を奪う暴力の文化だ。(アパルトヘイト停止)以前は、皮膚の色によって人間性が抹殺された。今や殺人を犯しても何の咎めも受けない犯罪者による人間性の抹殺が、出自や経歴に関係なく、南アフリカ人全員に無差別に降りかかってくる」
長年にわたって、政府指導者は犯罪多発の水準に無関心だった。アパルトヘイトが終わった後に裕福になった黒人のなかにさえ、何百万人もの同胞が今も貧困に苦しんでいるのに冷淡な態度を示す者が多い。これと同じ態度が政府指導者の間にもあると思える。
しかし、政府はいま深刻な事態に愕然として、手を打つと約束している。ターボ・ムベキ大統領は、4月の憲法記念日(フリーダムデー)の演説で、汚職や犯罪と戦うため、さまざまなコミュニティーに団結を呼びかけた。さらにチャールズ・ヌカクラ治安・保安相が英国を訪問し、南ア政府が犯罪取り締まりに積極的に取り組んでいることを示して、海外の投資家を安心させようとした。
今年はじめ、治安相は犯罪について「愚痴をこぼす人は海外へ移住すべきだ」と発言、物議を醸したことがある。暗に白人に言及したのは明らかで、実際のところ、白人や、南アにとって必要な技能を持つ黒人の間では、言われたとおり海外移住が進んでいるのだ。
さすがに治安相もこの強硬発言を翻し、多くの人が海外移住したのは凶悪犯罪を経験したためで「こうした人々に共感を覚える」と軌道修正を余儀なくされた。
治安相はまた、ロンドンで大手投資会社に野心的な治安計画を説明した。それは警察の改革を進めて警察官を増員するほか、地域社会に手を差し伸べ、地域社会と地域警察署を連携させるというものだった。
受けはよかった。米系金融機関JPモルガンの投資部門副会長であるロビン・レニック卿が、治安相の話を聞いた後に「はっきりしたのは、南ア政府が犯罪は投資家にとって大きな懸念事項だと理解し、最優先課題として解決に取り組んでいる点だ」と発言したと報じられている。
だが、もっと手を尽くす必要がある。2010年のワールドカップ大会まで残された時間はあまりないからだ。犯罪の惨害がそれまでに解決しなければ、訪れるファンばかりか、BRICS(新興工業国)の「S」と言われ始めた南ア自身にとっても悲惨なことになるだろう。