iPodの著作権料 朝日「誤報」の裏の裏

著作権者に未配分の構図は、音楽業界の「社保庁」を思わせる。お粗末なJASRACの管理の実態が浮き彫りに。

2007年7月号 BUSINESS

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5月17日付の朝日新聞朝刊に「iPod vs JASRAC 著作権料2.5億円不払い」と題された署名記事が載った。その内容は、携帯音楽プレーヤー「iPod」にダウンロードして楽しむ音楽の配信サービスで、米アップル社が支払うべき著作権料が日本側に支払われていないというもの。

ところが、一転して19日付の同紙朝刊では訂正記事が載る。「『日本側に支払われていない』とあるのは『JASRACに暫定使用料を支払ったが、著作権者には届いていない』の誤り」とする、記事の根幹が揺らぎかねない内容。しかも、訂正記事の横にはわざわざ「アップル側、支払い済み」と関連記事まで掲載する念の入れよう。アップルがかなりの剣幕で怒ったため、訴訟沙汰を恐れた朝日がひるんだようだ。

事の発端は、5月16日にあった日本音楽著作権協会(JASRAC)の2006年度事業説明の定例会見。そこで、決算内容にアップルが運営する音楽配信サービス「iチューンズ・ミュージック・ストア(iTS)」からの著作権使用料が計上されていないことに不審を抱いた朝日経済部の中堅記者が、定例会見後に幹部にぶら下がって得たコメントをもとに記事ができた。記者は、アップル日本法人にも確認取材したが、アップル側は「記事にもあるとおり、本国に確認するので待ってほしいとお答えした」(アップルジャパンの竹林賢・広報部長)という。

記事は翌日に掲載された。直ちにJASRACは、報道内容が事実とは異なるという趣旨のリリースを発表。記事では「アップル側の管理がずさんなため」、著作権料の支払いがされていないとあるが、JASRAC側は「ずさん」などとは言っていないと否定する。

ぶら下がり取材だけに、今となってはその場にいた者にしか真相は分からない。ただ、アップル本社の言い分を待たずに、「詳細がわからずコメントできない」という日本法人のコメントを載せただけで、不払いと断定する記事を出した朝日新聞の「勇み足」は否定できない。 

日米の徴収システムに違い

それでもアップル、JASRAC、朝日にそれぞれの言い分があるのは分かるが、この問題は単なる「誤報」では済まされない。深く掘り下げていくと、日米の著作権料徴収システムの違いとともに、旧態依然とした日本の著作権管理システムの実態が浮き彫りになる。JASRACの内情は、朝日を責める資格があるとは思えないほどお粗末なのだ。

まず、日米の著作権料徴収システムについて解説する。JASRACは作詞家や作曲家といった著作権者から委託を受けて著作権料を徴収している。「iTS」のような配信事業者は、JASRACと著作物利用許諾の契約を交わすことがまず必要となる。JASRACの定めるフォーマットに沿って3カ月ごとに申請・利用報告を行う。それに基づき聴取料を確定し、著作権者に分配する。関係者によると、事業者は契約上、JASRACに「曲目、作詞家、作曲家、JASRACが曲につけたコード番号」の最低4項目を報告しなければならない。

米国はもっと簡単だ。必要なのは「レコードの国際コード番号、アーティスト名」の最低2項目。JASRACのような管理団体を通さず、著作物利用者はレコード会社と著作権料の支払いを直接契約し、レコード会社が権利者に分配する。

「iTS」は2005年8月に日本で事業を開始した。アップルは、何曲ダウンロードされたかなどのデータが確定していない段階で、1年4カ月後の06年末に1年分の暫定著作権料2億5千万円をJASRACに支払った。しかし、JASRACは、アップル側からのデータだけでは、作詞家や作曲家ら権利者への分配額を正確に算出することができない。このため、JASRACは受け取った2億5千万円を、「預かり金」として処理して権利者には渡していない。宙に浮いたままなのだ。

同じようなデジタル楽曲の配信を手がけるソニーの「mora」の場合、3カ月ごとにカネと4項目のデータをJASRACに納めているのに対し、アップルはそれができていない。JASRAC送信部の小島芳夫氏は「アップルから報告された13カ月分の利用曲目のデータには、アーティスト名、楽曲名程度しか記載されていなかった」と不満を漏らす。対策として「iTSの楽曲管理IDとJASRACの管理番号をデータベース上でリンクするなどの措置を実施中」という。

今年1月、アップル本社のスティーブ・ジョブズCEOは「(22カ国で展開するiTS全体で)20億曲を販売した」と自慢した。巨大配信サービスだけに、利用報告の中には、同名異曲があってもおかしくはない。おまけに、個人を含めインディーズ系レーベルの楽曲も膨大な数が配信されており、同名のアーティストが複数存在する可能性も否定できない。

ネット配信時代に「不備」

「iTS」の場合、500万曲が一気に利用できるようになったため、利用報告をまとめる作業が膨大となっている。しかし、ネット配信時代にJASRACの対応が後手に回ったのも事実。実際にはカラオケ対応くらいが関の山のJASRACは、もう時代遅れになっているのだ。01年10月に施行された著作権等管理事業法で規制緩和されるまで60年以上にわたって著作権管理を独占してきた社団法人で、文部科学省の天下り先でもある。近年はJASRAC以外の参入も認められたが、競争原理の働かない状態は以前のままで、ネット配信についていけないのだ。

02年に参入したジャパン・ライツ・クリアランス社はダウンロード数などの詳細なデータを著作権者に報告するなど透明度の高さを売りものにしている。しかし、JASRACのインタラクティブ配信システム「J-TAKT」「J-NOTES」は、01~02年に稼働させた古いシステムで、「大量のデジタル配信を前提にしたシステムになっていない」(システムエンジニア)。さらに、販売量は少なくても長期間売られる「ロングテール」現象や「多品種少量販売」に適応していない、といった指摘もある。

一方で、執拗ともいえる音楽の違法コピー取り締まりの姿勢を見せているJASRAC。「ネットの住民」たちは、格好の獲物を見つけたかのようにブログや掲示板でこの問題を取り上げ、JASRACを批判した。

いずれにせよ、朝日の「誤報」の裏には、事実上の独占事業者であるJASRACが、ネット配信の著作権料をきちんと計算し、著作権者に支払う義務を果たしていないことがある。

これは、国民年金の保険料徴収に躍起の社会保険庁で、データ入力漏れから記録が宙に浮き、年金の受給漏れにつながっている構図と似ていないか。JASRACは「音楽著作権管理の社保庁」と言われても仕方ない。

   

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