遂に始動「小泉シンクタンク」

トヨタの奥田碩がカネ集めに奔走。「中東和平」で名を成し、ノーベル平和賞めざす?

2007年5月号 POLITICS

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東京・日本橋室町。賑やかな中央通りに面し、三越百貨店と高層の三井タワーに挟まれて、ギリシャ神殿風の列柱を備えた重厚な7階建ての洋館が佇む。旧三井財閥の総本山で、国の重要文化財でもある三井本館だ。ここ半年ほど、ある男が定期的に訪れるようになった。永田町の表舞台には滅多に現れない前首相の小泉純一郎だ。

3月12日。隣の三井タワー内の高級ホテル、マンダリンオリエンタル東京に経済界の錚々たる顔ぶれが集まった。小泉を囲んだのはトヨタ自動車相談役で前日本経団連会長の奥田碩、東京電力社長・勝俣恒久、新日鉄社長・三村明夫ら。三井本館に本拠を置くシンクタンク「国際公共政策研究センター」の設立総会だった。メディアに告知せず、ひそやかに開いた総会。小泉は意欲的な「再起動宣言」をして出席者を驚かせた。

「首相退任時は疲れ切っていたが、少し回復してきて、これからどういう役割を果たせるか、自問自答していた。そこでこのセンターの顧問の話をいただいた。5年半で49カ国を訪問したが、在任中に果たしえていない私なりのテーマもいくつかある。若い研究者と議論をして、日本の役に立つ形で何かを出せれば。そういう役割もありうるのかなと自分の中でも整理がついた」

小泉らしく静かに再起動

センター設立の仕掛け人は自ら会長に就いた奥田だ。各社トップを一人で口説いて回り、トヨタ、キヤノン、東電、新日鉄と歴代経団連会長を輩出した4社に1億円ずつ、副会長会社を中心に約40社には2千万円ずつを寄付させ、都合12億円を募って設立した。向こう7年間活動する計画で年会費も集めており、18億円までメドが立った。

研究活動を束ねる理事長は経団連の21世紀政策研究所理事長から横滑りしたエコノミストの田中直毅。小泉は顧問に就任した。田中は経団連内で評判が芳しいとは言えない。それでもここに座ったのはトヨタの総帥、豊田章一郎が後ろ盾であるうえに、小泉が長年、ブレーンとして厚い信頼を寄せてきたことが決め手だった。つまり、同センターは奥田が小泉のために創った「小泉シンクタンク」でもあるのだ。

小泉は5年半の政権担当中、米大統領ブッシュと絶対的な信頼関係を確立した。日本経済がどん底だった2003年から04年にかけ、財務省は35兆円もの巨額の為替介入で円高ドル安の進行を遅らせ、輸出を下支えした。小泉は日米首脳会談でブッシュに直談判して「強いドルを望む」と言わせた。トヨタを筆頭に米国を最大の消費地とする自動車産業の荒稼ぎに対し米産業界からどんなにブーイングが起きても、経済摩擦には発展させなかった。

一方、奥田は経団連会長として、また経済財政諮問会議の民間議員として郵政民営化をはじめとする小泉構造改革の旗を振り、バックアップし続けた。05年の「郵政解散」による衆院選では、それまで民主党の金城湯池だった愛知県を中心にトヨタがなりふり構わぬ小泉自民党支援に動いた。二人は政界と経済界の「最強タッグ」だった。一線を退いても、ギブ・アンド・テークの絆を引き続き堅持しておきたい思惑が双方にはまだまだある。

「英語名はCenter for Internatio
nal Studiesなのか? 提言を世に問うにしても、その組織が日本を代表する存在なのかどうか。トップには国際的な知名度が不可欠だろう」「日米基軸の外交を強烈に展開し、日本経済を成長軌道に戻し、財政を破綻から救った男。コイズミしかいないんじゃないか」

戦略国際問題研究所(CSIS)の所長ジョン・ハムレ(元国防副長官)や、ブルッキングス研究所の所長ストローブ・タルボット(元国務副長官)ら米国を代表するシンクタンク・マフィアたちも、政策提言に世界の耳目を引きつけるには中身の前に「コイズミ・ブランド」が必須だと田中にアドバイスした。

センター設立のお披露目パーティーは無論、記者会見すら開かない。小泉の意向だ。後継指名した首相・安倍晋三に頼りなさを感じつつ、陰で支える構えを崩さない。表に出ず、沈黙を貫くほうが求心力も人気もかえって維持できることを稀代の変人宰相は知り抜いている。ただ、名誉職など好まない。外国の賓客を迎えても恥ずかしくない立派な顧問室に週2回ペースで通うと宣言、静かに再起動した。

小泉と田中が照準を定める最優先課題は「東アジアと中東の安全保障」だ。両者を連結するのは北朝鮮とイランの核開発だ。北朝鮮の核保有国への暴走を何とか封じ込めようと模索する6カ国協議。最高指導者である金正日お得意の瀬戸際外交で不毛なジグザグが果てるともなく続き、イライラは募るばかりだ。ただ、近隣諸国が地域新秩序の枠組みを手探りし、米国がそれを裏書きするこの多国間安全保障の試み以外にいまのところ、打てる手は見当たらない。

「イスラム金融」で飯島暗躍

小泉は北朝鮮外交に思いを残す。同時に田中と描くのは、東アジアの試行錯誤をイラン問題の軟着陸と中東の新秩序構築に応用する包括的な和平構想だ。米国は6カ国協議の核管理とリンクし、いずれ北朝鮮との国交正常化をにらんで動く。中東でも欧州勢と呼応して多国間の枠組みでイランの核に歯止めをかけ、米・イランが関係正常化に踏み出す道筋をも示せないか。これが年内にも打ち出す「コイズミ・プラン」の余りに野心的な核心部分となるはずだ。

イラクの泥沼から脱出できないブッシュ政権に中東で主導権を発揮する余力はない。そこでブッシュに遠慮なく物申せる小泉の出馬となるはずだ、と田中は胸算用をはじく。

「米国は中東で常に猜疑心を持たれる存在だが、手の汚れていないコイズミならその心配はなく、ブッシュも警戒すまい。英独露にも受け入れ余地がある。状況を変えられるかもしれない。コイズミは難しい役回りを本当に引き受けるのか?」

仏外務省高官は半信半疑だ。

小泉と中東。意外な取り合わせに見えて、地下水脈はつながっている。

世界的な原油高で膨張した中東産油国のオイルダラー。イスラム法シャリーアに適合する債券(スクーク)など新しい形態の「イスラム金融」の整備が進み、今や総資産残高は4千億ドル超、年率15%を超す急拡大を続ける。日本の死角だった世界に目をつけたのが小泉の首席秘書官だった腹心の飯島勲と、小泉とは旧知の元大蔵次官で国際協力銀行総裁の篠沢恭助だ。今、中東諸国のナショナルデーの祝賀会に行くと、歓談の輪の中心に目立つスキンヘッドがある。政治家でも外務省幹部でもない。飯島だ。イラク戦争への対応などを契機に中東各国の在京大使とすっかり誼を通じ、大きな顔をしている。イスラム金融にもここで張り巡らした人脈から食い込み、外務省を飛ばして篠沢につないだ。

巨額のイスラムマネーはマレーシアを中継点にアジア金融資本市場に押し寄せ、日本と中国の間で熾烈な争奪戦が始まっている。国際協力銀はスクーク発行の準備を進め、イスラム金融の国際的監督機関「イスラム金融サービス委員会(IFSB)」にオブザーバー加盟。日本の牽引役を務める。日銀も財務省国際局長から理事に就いた井戸清人が篠沢|飯島ラインと連携、おっとり刀で研究に本腰を入れ出した。

表では中東和平で「コイズミ・プラン」。裏では飯島が暗躍するイスラム資金取り込み。再登板説を打ち消す小泉がその先に見る「果たしえていないテーマ」とは何か。

「小泉さんにノーベル平和賞を取らせる」。前のめり気味の田中の最近の口癖はこれだ。(敬称略)

   

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