イー・モバイルの千本会長が、新規参入の余勢を駆って、ドコモなどに「激安」の卸売価格を要求したが。
2007年5月号 BUSINESS
「持てる者」は「持たざる者」に一歩譲るべきか否か――。携帯電話事業を再検証するモバイルビジネス研究会(総務省主催)の議論は、とどのつまりそこに帰する。
4月6日の第5回会合に「持たざる者」の代表としてイー.モバイルの千本倖生会長兼CEOが出席し、「持てる者」の代表であるNTTドコモ、KDDI/au、ソフトバンクモバイルの携帯キャリア3社と総務省を強く批判した。
「携帯電話料金は過去8年間、ほとんど下がっていない。今やドコモは加入者数でNTT東西の固定電話を上回っているのに、(相互接続で開放された)固定網と比べ、携帯電話の市場支配規制は甘すぎる」
そのうえで千本氏は、MVNO(仮想移動体通信事業者)の参入促進問題を持ち出した。MVNOとは自ら基地局設備を持たず、既存キャリア(MNO)の通信網の一部を借りて携帯事業を営む「持たざる」事業者のことで、総務省の競争促進策の目玉になっている。
千本氏が求めたのは、携帯キャリアが保有する回線の卸売りは、個別交渉による密室の値決めではなく、卸売価格を設定して透明性の高いタリフ(料率)として公表すること。そこで具体的な数字をあげて要求した回線卸売価格がショッキングだった。なんと「3分で15円」。日本の携帯料金の相場は「3分で45~120円」だから、3分の1から8分の1にしろというのだ。
MVNOはこれにマージンを乗せるため、利用者料金はこれより高くなるとはいえ、もし15円の卸値が実現すれば、携帯市場に価格破壊が起きることは必至だろう。
卸売価格をいかに低くするかは、イー・モバイルにとって死活問題なのだ。同社は1週間前の3月31日に携帯事業をスタートさせたばかり。日本では13年ぶりの新規参入で、会見に臨んだ千本会長もシャープ製の端末「EM・ONE」を掲げ、「世界初の定額の携帯ブロードバンド接続。ケータイでもブロードバンド革命を起こす」と大見得を切った。
当面は東京23区と名古屋、大阪、京都市がエリア。来年3月には現在のデータ通信だけでなく音声電話サービスも開始するが、自社基地局網の全国整備が間に合わない。自社の基地局がない地域ではドコモの基地局網でもイー.モバイルの携帯電話を使えるローミング契約を結んで穴埋めする予定だ。だからこそ、その接続料金がビジネスの成否を決めると言っても過言ではない。
確かに日本の携帯ビジネスは、世界の携帯料金に比べて割高で、奇形化している。その根源は携帯キャリアの「垂直統合モデル」――基地局設備のみならず、「iモード」のようなプロバイダー・ポータルサイト事業や携帯コンテンツ、端末にいたるまですべてを1社で提供する囲い込みにある。
その歪みが市場の成熟とともに目立ってきた。販売奨励金で端末をタダ同然で配り、その赤字分を電話料金で回収する方法は、初期の普及には貢献したものの、最近のように機能が肥大化した端末を売るにあたっても、この販売奨励金という“麻薬”がやめられない。料金の約25%を奨励金の返済に充てるという「強制ローン」を利用者に強いる異様な状態となってしまった。
この8年で高速化と圧縮など通信技術の高度化が進み、コストが劇的に安くなったにもかかわらず、携帯料金は高止まりしたまま。固定網ではブロードバンド料金が半額以下になったのに、携帯利用者が恩恵に与れないのは垂直統合モデルのせいだとしたら、モデル組み替えしかない。
ところが、各キャリアは「ライバルとの差別化」と称して独自サービスを満載したオタク的な端末をメーカーに求め続けている。世界市場とかけ離れた「キャリア専用仕様ケータイ」の開発を強いられる日本の端末メーカーは、一機種100億円とも言われる開発費を、すべて国内市場で回収するしかない。
かくて繁忙を極めるのに出血サービスを強いられて、さっぱり儲からない端末メーカーばかりとなった。松下もNECもソニーも富士通も、無理難題を強いるキャリアに膏血を絞られるだけ。それでも、マーケティングはすべてキャリア任せ、言いなりになるしかない。「端末買い上げ保証」という名の“補助金”がメーカーの体力を徐々に奪っていく。とうとう「販売奨励金こそ、日本の端末が海外で売れない原因」と糾弾されるに至ったのだ。
この袋小路に風穴をあけるため総務省は、パソコン(PC)のインターネットのように各領域で事業者間の競争原理が働く「水平分業モデル」を導入、市場全体の活性化を図ろうとしている。
ところが、研究会でドコモやauは現状維持に汲々としている。販売奨励金問題こそ渋々「端末価格を上げ料金が安くなるモデルも検討する」としたものの、MVNO推進派が要求する「卸売価格のタリフ化」に対しては、「ドコモは支配的事業者などではなく、法的な根拠もないため応じられない」と突っぱねる。
研究会には端末メーカーの業界団体CIAJ(情報通信ネットワーク産業協会)の資宗克行専務理事も呼ばれた。その主張には呆れるほかない。「販売奨励金に問題があることは承知しているが、先進的端末を開発する助けにはなる」「奨励金がないと安価なモデルしか売れなくなり、産業全体のパイが縮小する」と、口裏を合わせたかと思えるほどキャリア寄りだった。「所詮、資宗氏はNTT出身」という皮肉も聞こえるが「キャリアの前ではもの言えば唇寒し」なのだ。
モバイルビジネス研究会は、総務省の研究会としては初めて端末メーカーや販売代理店などに「匿名での意見聴取」を実施している。公開の席では言えないメーカーや販売サイドの本音を、総務省の担当官が聞き出そうというのだ。4月下旬以降はこうした匿名意見も公表される予定で、「キャリアがいないとなかなか辛辣な本音も聞こえてくる」(総務省担当者)というから期待しよう。
キャリアのガードは固い。「販売奨励金の廃止は、日本の携帯電話から成長意欲を奪い、業界全体を沈滞させる」と、NTTの和田紀夫社長やKDDIの小野寺正会長兼社長は慎重論を唱える。また、これまで投じた巨額の設備投資が回収できないと「フリーライダー(ただ乗り)排除」論も主張している。
だが、固定網では相互接続の上にインターネットが花開き、ヤフーやグーグルの巨大ビジネスが生まれたことを忘れたのだろうか。今や利益の源泉となった携帯網で相互接続を認めず、MVNOなどの新規参入にも壁を高くしたまま、垂直統合モデルを譲らない。総務省も「規制緩和の大前提を崩すのは難しい」と携帯へのドミナント(支配的)規制適用には当面及び腰に見える。
卸売価格に激安の「3分15円」を要求した千本氏は、やはり「携帯のドン・キホーテ」なのだろうか。