「携帯の天敵」FONが日本上陸

スペインからきた無線LANコミュニティー事業。安価なルーターをばらまいてインフラ構築の皮算用は。

2007年2月号 BUSINESS

  • はてなブックマークに追加

 オレンジ色の鮮やかなマフラーを首に巻き、東京・南青山で記者会見に臨んだアルゼンチン出身の実業家マーティン・バーサフスキー氏。来日したこのラテン系「ちょい悪オヤジ」がぶち上げたFONの事業構想を、日本の通信事業者トップはどこまで理解できただろうか。

 FONをひとことで言うと「無線LANの共済組合」のようなもの。

市井のユーザーが自宅に設置した無線LANのアクセスポイント(AP)を他人に公開する代わりに、自分も他のFONユーザーのAPを利用できる仕組みだ。2005年秋にスペインで設立されたベンチャー企業「FON社」が世界各国で推進、すでに世界中で約17万人のユーザーが参加しており、06年12月から日本でも本格的に開始された。

 バーサフスキー氏は、スペインなどで複数の大手通信事業を創業したことで知られるバリバリの起業家。「家庭ではWiFi(無線LAN標準規格の一つ)を快適に使えるのに、外に出たら不自由。それなら自由に使わせるコミュニティーがあればいいと思いついた」という。それがウェブ2.0ならぬ「公衆無線LAN2.0」ともいうべき無線LANコミュニティー事業だった。

1980円の安さが「餌」

 ビジネスモデルはいたってシンプル。FONは専用AP(「ラ・フォネラ」という商標のルーター)を販売する。FONコミュニティーに参加するには、このAPを購入する必要がある。しかし単に「専用APを買って他の人にも公開して」などという虫のいいビジネスモデルは成り立たない。資本力にものをいわせたAPのバラマキ戦略がある。

 FON社のAPは、海外で29.95ドル/ユーロ、国内では1980円と極めて安価なのだ。同性能のメーカー製品が約8千円前後で売られていることを思うと、4分の1である。日本ではサービス開始から5日間に限って1万台限定で無料配布しているし、プロバイダー(ネット接続業者)のBBエキサイトと提携して3千台を会員に無料で配布している。つまり、無料あるいは極めて安価なハードウエアをばらまくことでFON参加者を増やし、まずはAPの数を確保しようという戦略なのだ。

 もちろん、購入したAPは自宅用の無線LANとしても利用することができる。携帯電話の基地局と異なり、ひとつのAPのカバー範囲が半径数十メートルと小さいだけに、いかに多くのAPを配置できるかが、サービスとして成り立つかどうかの分水嶺となる。言葉は悪いが、安価なハードウエアを餌に、自社インフラ構築の片棒を一般ユーザーに担がせようというパラサイト(寄生)戦略というところか。

 その上でFONは、参加ユーザーを利用形態により「ライナス」「ビル」「エイリアン」の三つに分けている。この命名が笑わせる。

 オープン型基本ソフト(OS)「リナックス」の創始者ライナス・トーバルズの名をとった「ライナス」会員は、FONのAPを購入し、無料公開する“奉仕型”ユーザー。その代わり他のAPを無料で利用できる。マイクロソフトのビル・ゲイツ会長の名をとった「ビル」会員は、有料でAPを公開し、1日3ドル(約350円)の接続料収入をFONと折半する“貪欲型”ユーザー。残る「エイリアン」会員は自分ではAPを設置せず、他社の公衆無線LANサービス同様接続料を払ってAPを利用する“有償一時利用型”。この「エイリアン」会員からの接続料はFON社の収入となる。ちなみに、日本では現在「ライナス」会員のみを募集している。

 実はFONに似た考え方の無線LANコミュニティーは2000年ころから世界各地で草の根運動的に発生している。しかし、それらはあくまでも局地的な市民運動の域を出ず“使えるインフラ”にはなりえていない。また、02年にはジョルテージ・ネットワークス社というベンチャー企業が同様の事業を興してあえなく失敗した。これについてフォン・ジャパンの藤本潤一CEOは「当時はブロードバンド普及率が低かった。今はウェブ2.0の時代、このようなコミュニティーに対するユーザーの意識も高い」と時代が背中を後押ししていることを強調する。

 確かに、当時とはネットを取り巻く環境が様変わりしているし、今なら無線LANコミュニティーという考え方も受け入れられやすいのかもしれない。しかし、その根底には「ハードウエアさえばらまけば、なんとかなるだろう」という考え方が見え隠れしているのも事実だ。

 現在のところ、日本の大手通信事業者はFONには静観の構え。というより、こうした寄せ集め的なインフラなど眼中にないのだろう。ただ、FONが大化けしたときは、携帯電話事業者の屋台骨を揺るがす可能性を秘めていることは認識しておくべきだ。海外ではIP(インターネット・プロトコル)電話のスカイプや検索大手のグーグルがFONに出資して話題になっているが、注目すべきはこの提携で無線LAN搭載のスカイプ端末が登場しているという点だ。これが使えるようになると、タダで無線IP電話が利用できるようになる。そうなると高止まりしている現在の携帯電話料金を維持するのは難しい。既得権に守られ、割高な料金を維持して殿様ビジネスを行っている携帯電話も、ウェブ2.0的なネットのパワーに足元をすくわれる日がやってこないとも限らない。

「タダ乗り」批判を意識

 ただ、藤本CEO自身は「日本での無線スカイプ端末の投入は未定」と、イケイケ路線を否定する。日本では「ネットワークのタダ乗りはけしからん」とスカイプを名指しで非難した通信大手トップもいただけに、慎重にならざるをえないようだ。

 プロバイダーの規約問題も絡んでいる。多くのプロバイダーは契約者以外の第三者がネット接続を利用することを規約で禁じている。自宅APを公開するFONのビジネスモデルはこれに抵触し、「タダ乗り」のうえに規約無視ではプロバイダーも黙ってはいまい。「規約を見直すようお願いするのもフォン・ジャパンの役目」(藤本CEO)というから、本音は日本の通信業界を敵に回したくないのだろう。

 大手通信事業者の発想からはとうてい生まれない斬新なFONだが、成否の鍵を握るのはユーザー。FONのAPを手に入れたユーザーは、登録時に「公開」を約束させられるが、強制力がなく、本当に公開してくれるのかという懸念が常につきまとう。現にAPの稼働状況を示すウェブ上の地図を見ると「非公開」のAPはかなり多い。

 バーサフスキー氏は「30日非公開が続くとアカウントを停止する」と牽制するが、そうなっても出先で他人のAPに接続することができないだけで、自分用のAPとして使い続けることは可能なのだ。

 APのばらまき作戦という前代未聞の戦略が、格安の無線LAN機器を提供しただけ、という慈善事業に終わらないことを祈るばかりだ。

   

  • はてなブックマークに追加