急浮上した「3島返還論」の成算

プーチン任期中の「政治決着」をめざして、麻生外相がアドバルーン。安倍政権の浮揚なるか。

2007年2月号 POLITICS

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 麻生太郎外相が懸案の北方領土問題について、4島全体の面積を2等分する境界線を日ロ両国の国境とする新たな解決案を示し、波紋を呼んでいる。日本政府の主張する4島返還論や日ソ共同宣言(1956年)を元にした2島先行返還論とまったく違う発想で、行き詰まった交渉の突破口を開こうというものだ。安倍内閣の支持率が低下したこの時期に、麻生外相が「3島返還論」を提案した背景は何なのか。

 今回の外相「提案」があったのは昨年12月13日の衆院外務委員会でのこと。民主党の前原誠司前代表が、北方領土(歯舞、色丹、国後、択捉の4島)の面積に関する質問をしたことがきっかけだった。このところ3島返還論があちこちに出ており、外相自身、安倍内閣誕生直後のメディアとのインタビューで3島返還論に触れていることから、どれだけ事情を把握して発言しているのか確かめようとしたのだろう。

 ところが、外相は北方領土の面積をきちんと把握していて「択捉島の25%を残り3島にくっつけると、ちょうど50、50くらいの比率になる」と答弁した。つまり、歯舞、色丹の両島合わせて7%足らずで、国後島を加えても36%にしかならない。逆に言うと択捉島は全体の64%あるので、そのうちから25%足すと全体の半分になるというわけだ。

 外相はさらに「これは事務レベルで話がつく話とは思いません。政治決着以外に方法はないと思います」と述べ、プーチン大統領の任期切れ(2008年5月)までに解決の道筋をつける意気込みを強調したのだ。

 国会では、あらかじめ質問者が何を質問するか通告することになっているが、このときは前原議員側から麻生外相サイドに北方領土問題について質問するとの事前通告はなかったという。それなのに、外相がきちんと質問に答えた上、新解決案まで示したのには伏線があった。

中ロにならって「面積2等分」

 昨年4月5日の参院決算委員会で、公明党の高野博師議員が麻生外相に北方領土問題を質問した際、4島を面積で2等分した「3.25島返還論」を日ロ双方が受け入れ可能な解決案として提言していたのだ。これに対し、外相は「今まで考えたこともないアイデアだったので、危うくうなずきそうになった。危ないなと思いながら拝聴した」と答弁している。この時点で外相がこの案に感銘を受け、周辺に調べさせていたことは容易に想像がつく。

 この解決案は、中国とロシアが極東地域の領土問題解決に取り入れたフィフティ・フィフティの原則(係争地を面積で等分する方式)にならったものだ。この原則によって中ロ双方は「お互いの勝利」(ウィン・ウィン)を宣言でき、04年10月、解決にこぎつけた。これを北方領土にあてはめれば「面積で2等分するので国民にも分かりやすいし、受け入れやすいのではないか」(高野議員)というのだ。

 さらに好都合なのは、2島プラスアルファのような積み上げ式、あるいは2段階式ではなく、一発で決着できる点だった。

 問題はロシア側の反応である。そのチャンスは公明党の太田昭宏代表ら一行が昨年11月、訪ロした際にめぐってきた。一行と会談したデニソフ・ロシア第一外務次官は「プーチン大統領は領土問題を凍結するつもりはない。双方で受け入れ可能な案を探していきたい」と述べ、自ら中ロ国境の領土問題が解決した経緯を説明した。さらに、「それを北方領土にも適用できないか」と太田代表側が質問したのに対し、デニソフ次官はこう述べたという。

「大変いい質問です。しかし、国境線を引けば済むという簡単な問題ではない。世論の支持がなければいけない。世論といってもいろいろな意見がある。当時は(結論を出す)ぎりぎりの時期に来ていた。そして決断したのです。今、反対を唱える人はだれもいないので、あの決断は正しかった」

 この発言について太田代表に同行した議員は「一歩踏み込んだ発言で、脈があるなと思った」と語る。

「0.25」は交渉のノリシロ

 その一方、大統領側近らは領土問題について、これまでと同様の発言を繰り返していた。その理由について同行議員は「大統領の発言を逸脱することができないからだろう。ということは、大統領が圧倒的な力を持っているからで、大統領の決断次第でどうにでもなると思った」と話している。

 この感触は帰国後、麻生外相にも伝えられた。これに対し外相は、ロシア側とこの新方式で交渉する意向を示唆したという。すでに外務省内に、この問題を検討する委員会ができたという情報もある。

 ところが、太田代表は訪ロする前、外務省高官から「北方領土の面積割りの話は要人との会談で出さないでくれ」と釘を刺されていた。理由を聞くと「面積で2等分した地点から交渉が始まってしまうからだ」と答えていた。ということは外務省がこの面積分割方式を交渉の「落としどころ」とみているからだろう。

 では、この方式で領土問題が解決できるのだろうか。国際問題に詳しい与党国会議員はこう語る。

「3.25島返還論というが、実際問題として島を分割することはできない。日露戦争後、樺太の半分を日本が領有したが、うまくいかなかった。私は0.25は交渉のノリシロだと思っている。北方領土問題は島だけでなく、漁業権も絡んでくるので交渉は難しくなる。そのときのために取って置けばいいという考えだ。実際は歯舞、色丹に国後を含めた3島でよいと思っている。これならロシアも乗ってくるだろう」

 こうした積極論に対し、ロシアの資源ナショナリズム高揚を理由に「今は交渉の時期ではない」とする慎重論も学者などから出ている。

 与党でも議員同士で検討している段階だが、安倍内閣が昨年末、本間正明税調会長、佐田玄一郎行政改革担当相の辞任などで失速したことから「政権浮揚策として有効なのではないか」との声が上がりつつある。内政の失点を外交で取り返すというのは政権維持の常道だからだ。すでに安倍首相にもこの話が伝えられているが、まだ首相は意中を明かしていないという。

 ロシア側と領土問題などを話し合う「日ロ戦略対話」は1月下旬に始まる。この対話には安倍首相に近い谷内正太郎外務次官が責任者として出席する。今年前半にはロシアのフラトコフ首相が来日の予定で、今年中には安倍首相が訪ロする段取りになっている。与党内部では、7月の参院選前に安倍首相が訪ロして領土問題解決の道筋をつければ選挙勝利は間違いない、と皮算用する議員もいる。北方領土問題が政治の表舞台に登場する日もそう遠くない  

   

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