トヨタが「フォード支援」提案

奥田前会長の密使が渡米した? 打つ手のない瀕死の「巨象」は、頭を下げて救いにすがるか。

2006年12月号 BUSINESS

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 トヨタ自動車が、経営危機に陥った全米第2位のフォード・モーターに対し、経営支援構想を提案する。トヨタは、11月7日の米中間選挙で共和党が大敗、上下両院とも民主党に過半数を奪われてブッシュ政権の求心力が大幅に低下するのを見越していた。全米自動車労組(UAW)の突き上げで、トヨタが槍玉に挙げられる1990年代前半のような摩擦再燃を危惧している。GMだけでなく、フォードにも支援の手を差し伸べて、批判をかわす狙いだ。

 水面下でフォード支援構想を進めているのは、奥田碩相談役(前会長)と、経済産業省出身の中川勝弘副会長とみられる。すでに今秋、奥田氏に近い人物が“密使”として渡米し、フォードで北米事業を担当するマーク・フィールズ副社長と接触して感触を探ったようだ。フィールズ副社長はフォード傘下のマツダの社長を務めたことがあり、日本事情にも詳しい。

 米国では、この密使とフィールズ副社長が会うお膳立てを整えたのは、かつてトヨタ・GM提携、いすゞ・GM提携の黒衣役を務めたJ・W・チャイ元伊藤忠副社長(現在はJ・W・チャイ・コンサルタンシー社長)ではないかという観測も流れた。

 12月には奥田氏自身がニューヨークやワシントンなどを訪れる予定がある。ニューヨーク証券取引所や政治家らに会長退任の挨拶に行くのが表向きの理由だが、密かにフィールズ副社長と接触し、具体化を進める可能性がある。

小型車対応に遅れるフォード

 トヨタが気を揉むように、フォードの経営悪化は「瀕死」と形容するにふさわしい。今年1月には2008年の黒字転換を目標に、北米での生産能力を同年までに26%削減し、12年までに従業員を28%減らす再建計画を発表したが、目に見える成果があがらない。

 それどころか、この7~9月決算では最終赤字額が前年同期比で約20倍の58億ドル(約6800億円)に膨らみ、就任早々のアラン・ムラーリー社長はいきなり屈辱的な数字を発表する羽目になった。黒字転換も当初計画より1年遅れて09年以降にずれ込む見込みだ。

 いくら大リストラを進めても、早期業績回復に疑問符がつくのは、市場競争力のある小型乗用車の開発能力を失ったためだ。「フォードは、乗用車への開発投資を怠った結果、ここ何年かの新型乗用車は、傘下のマツダとボルボの支援で開発されたものばかり。主要新商品の中に自社開発の乗用車は一台もない」(マツダ首脳)という惨状だ。

 ところが、一時のガソリン高騰で北米市場では需要が小型乗用車に急激にシフトしている。ホンダの「フィット」級の「サブコンパクト」と定義される小型車が売れ筋なのだ。トヨタも米国で小型車「ヴィッツ」の販売が好調だ。にもかかわらず、フォードの場合、新型車のほとんどは大型SUV(スポーツ・ユーティリティー・ビークル)とピックアップトラックに集中している。

 フォードは読みを誤ったのだ。90年代前半に日本車を迎え撃つための戦略車として一世を風靡した中型セダン「トーラス」の生産中止を10月27日に発表したのが象徴だろう。ガソリンがぶ飲みの車種に依存し、燃費効率のいいサブコンパクトの小型車の開発をなおざりにした結果、新型小型車を発売できるのは早くても09年の見込み。経営の意思決定がもたついて市場投入の時期が遅れ、開発もマツダ頼みになっている。

 米国の格付け会社ムーディーズによれば、フォードが破綻する可能性は26%。極度の販売不振の中で、工場閉鎖や人員整理の退職金の資金を必要としており、キャッシュフローは悪化の一途。手元現金の不足も不安視されている。ムーディーズは、フォードの格付けを「投資対象としては不適切」とされるジャンクボンド「Ba1」からさらに五つ格が落ちる「B3」に格下げしている。

 眼前の危機を回避するには、有力な外資と提携し、一日も早く小型車を投入してメニューの穴を埋めることが必要だ。商品開発や資金面で、弱小のマツダの力では足りない。フォード筋によると、韓国の現代自動車と商品の相互供給などで提携をめざす話し合いが秘密裏に進んでいる。

カローラ先延ばしは救済?

 トヨタは06年7月、単月ベースでフォードを初めて抜き、米国市場で2位になった。米国での新車市場占有率は、2000年にフォードが約24%、トヨタは約9%だったが、05年にはフォードが約18%、トヨタは約13%。フォードの落ち込み分をトヨタが食った。暦年でもトヨタはフォードを抜く可能性がある。米国で首位ながら同じく青息吐息のGMの背中も見えてきて、今年にも自動車生産世界一の座につく観測が強まってきた。

 そのトヨタが恐れるのは、日米摩擦の生贄にされることだけではない。マーケットリーダーに躍り出てトヨタの品質が米国で常識となった途端、高めの値づけができにくくなることも避けたいのだ。国内でも“弱者”の日産自動車を必要としたように、北米でもGM車やフォード車という「悪例」があればこそ、値段が高くても品質のよい日本車が売れる――だから「フォードは生かさず殺さず」という高等戦術である。

 気になることがある。10月に発表したトヨタの世界戦略車「カローラ」。米国での発売は「品質に万全を期す」(渡辺捷昭トヨタ社長)として1年先延ばしにした。「当初から決まっていた」とトヨタ首脳は強調するが、「新車は世界同時発売」がいまや業界の常識。しかも、低燃費志向が強まる米国で「カローラ」は、出せば飛ぶように売れるだろう。トヨタが指をくわえて看板車種の米国投入を見送ったのは、フォード支援の布石ではないのか。

 今のところ、トヨタは表向き支援構想の存在を否定。が、GMのリチャード・ワゴナー会長が11月に来日したのは、トヨタ・フォードの接近をかぎつけたからではないか。

 トヨタ側の支援提案に資本提携が含まれるのか、カローラのような小型車種開発にどう協力するかなど詳細はまだ不明。しかし鍵を握るのは、9月にCEOを退いた創業家のビル・フォード会長だ。トヨタに頭を下げるくらいなら「上場廃止になっても構わない」と言うほど、会長はフォード家の株式保有比率(44%)の維持に固執しているらしく、支援実現までには曲折が予想される。

   

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