間違いだらけの「チーム安倍」

小池、世耕ら鳴り物入りの首相補佐官が論争や軋轢の震源地となっている。

2006年12月号 POLITICS

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 総務相・菅義偉「首相補佐官がこれほど注目された内閣は初めてなので、資産公開も検討課題だ」

 金融担当相・山本有二「補佐官が政策遂行の原動力になるのなら、資産公開も考える必要がある」

 11月2日。首相・安倍晋三と全閣僚が保有資産を公開した。安倍と親しい閣僚たちが補佐官に公開義務がないことを槍玉に挙げた。安倍のそばで大臣よりデカい面のくせして不公平だと言わんばかり。「今は補佐官に国会議員が多いが、資産公開が条件になると民間人が来なくなる」。官房長官・塩崎恭久は釈明した。

「補佐官の位置づけが分かりにくい。国会で答弁するべきだ」。衆院教育基本法特別委員会では、民主党の牧義夫が安倍に詰め寄った。安倍直属の教育再生会議の事務局長は補佐官・山谷えり子。内閣の政策決定のラインに加わるなら、議院内閣制の下で国会への説明責任を果たせという論法だ。安倍は「補佐官は首相に助言などをするスタッフ」だから、政府を代表して国会で説明する立場にないと突っぱねた。

 安倍は小池百合子(国家安全保障)、世耕弘成(広報)、根本匠(経済財政)、山谷、非議員の中山恭子(拉致)と特命を担当する5人の補佐官を任命し、首相官邸に執務室も与えた。安倍と政治信条が近かったり、個人的な縁が深い面々だ。塩崎や官房副長官・下村博文とともに「チーム安倍」を名乗る。「官邸主導」の先兵を自負する半面、軋轢や論争の震源地とも化している。

「二重行政」の弊が露呈

「補佐官は内閣の重要政策に関し、首相に進言し、及び首相の命を受けて、首相に意見を具申する」

 内閣法19条は補佐官の権能をこう定める。首相に直結するアドバイザー、個人スタッフと位置づける。政策決定のラインに割り込んで官僚に指揮命令する職務権限はない。ある元首相秘書官は「賄賂を受け取っても、収賄罪に問われないはずだ」とも指摘する。黒衣扱いだから国会答弁や資産公開も大目に見ているので、そもそも議員の登用はなじまない。

 安倍らの公式答弁もこのスタッフ論に立脚する。ただ、その舌の根も乾かぬうちに、下村は講演で「補佐官が関係省庁と連携して着実に仕事をし、与党の理解を得られれば、官邸機能強化の法改正案を来年の通常国会に出したい」と、補佐官に指揮命令権を付与する構想を漏らした。本音と建前を臆面もなく使い分ける安倍官邸お得意の二枚舌だ。

 山谷は教育再生会議の事務局に陣取り、根本も財務、経産両省などから十数人を集めた「匠チーム」で成長戦略などを練り始めた。中山も安倍直轄の拉致問題対策本部の事務局長に就き、皆、ラインの大臣気取りで官僚をアゴで使っている。各補佐官の「人狩り」でごっそり人材を供出させられた各省には「これでは役人主導の官邸主導になる」「そのうち官邸内に縦割りの『ミニ霞が関』が出現する」と怨嗟が渦巻く。中学生がいじめを苦に自殺した福岡県へ文部科学相・伊吹文明が政務官・小渕優子を急派すると、山谷も同日現地入りと「二重行政」が露呈。根本も経済財政担当相・大田弘子と安倍の面会に常に同席、縄張り争いが続く。世耕が広報を仕切るので、経産官僚から内閣広報官に就いた長谷川栄一は失業状態に近い。

「現時点では『ノー・スタッフ・センター』の日本版NSCなんです」

 10月13日。日本版NSC(国家安全保障会議)の制度設計を担う小池は日本記者クラブで人狩りに狂奔する他の補佐官との違いを強調して見せた。直属スタッフは外務省や防衛庁の数人だけ。「衆院の委員会には所属していません。本会議だけ議席に座ってます」と国会に縛られずに世界を飛び回る姿をPRした。

 言葉通り、同月初めの訪米に続き、月末から英、仏を歴訪した。国会議員が本業の国会審議にロクに顔も出さない事実を誇らしげに語る。どこか倒錯している。自らが拠って立つ議院内閣制の根本を「チーム安倍」が全く理解していない証左である。

「官邸主導」を履き違える

 安倍は幹事長時代、自民党総裁室を米ホワイトハウスの大統領執務室風に模様替えした。理想の指導者はジョン・F・ケネディ。弟ロバートを司法長官に就けるなど周囲を気心が知れた身内で固めた半面、抜きん出た政権ナンバー2はつくらず側近たちを競わせた。政権中枢の全貌を掌握するのは大統領だけ。なるほど「チーム安倍」とそっくりだ。

 米合衆国憲法では有権者が事実上、直接選挙する大統領一人に行政権が帰属する。大統領は重要決定を閣議や個々の閣僚に諮る必要もなく、補佐官が重みを増す。内閣法によれば、日本の内閣は「行政権の行使について国会に連帯して責任を負う」し、「職権を行うのは閣議による」。日米どちらの指導者の権限が強いか、その比較は難しいが、指導力発揮のスタイルはおのずと異なってくる。

 前首相・小泉純一郎が推進した官邸主導の政策決定は英国型の政権選択選挙が起点だ。定数1の小選挙区主体の衆院選では、有権者は「自民党か民主党か」の二者択一で政権を選ぶ。首相候補となる党首の支持率が決め手だ。勝ち抜いた首相はマニフェスト(政権公約)を踏み絵に忠誠を誓う国務大臣を選び、「行政事務を分担管理する各省の主任大臣」に任命して内閣を組織する。

 職務権限がなく、閣議にも出ないお友達補佐官を集めて官邸だけで「チーム安倍」と力んでも、政策は進まない。行政権を分かち合う大臣の集合体、内閣そのものを首相の下で結束させ、求心力の高い「チーム安倍」にせねばならない。各大臣も副大臣や政務官と「政治家チーム」を組んで官僚機構と対峙し、首相の政権公約に従って政策を遂行させる。これが本来の「政治主導」だ。

 内閣制度の分担管理原則には戦前以来の縦割りの弊害がなお息づく。これを乗り越えるため、1990年代の橋本行革は官邸主導の二つの装置を埋め込んだ。各省のボトムアップ調整を待たず、首相が重要政策の基本方針をトップダウンで閣議に諮れると明記した内閣法4条の首相発議権と、特定省庁に縛られない内閣府特命担当相の新設だ。

 小泉前政権で内閣府の経済財政諮問会議が突破力を持つに至った制度的源泉もこの二つだ。各省縦割りを超越した特命相(経済財政担当相)の竹中平蔵が司令塔となり、小泉の信任を背に経済財政運営の基本方針「骨太の方針」を同会議で打ち出す。すると小泉が発議権を行使し、霞が関の牙城、事務次官会議を飛び越えて「骨太」を閣議決定してしまう。これが構造改革の生命線だった。

 人数も任務も柔軟に使える特命相は首相と一体で内閣の総合調整機能を担う要のポストなのに、小泉も安倍も経財相以外は「伴食」大臣扱いだ。個人の破壊力が支えた「小泉商店」から組織力の「チーム安倍」へ官邸主導を進化させる道は補佐官制度をいじり回すことにはない。特命相の戦略的活用と内閣府実務スタッフの抜本的強化こそ、議院内閣制と橋本行革の本旨にかなう。(敬称略)

   

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