竹中「小泉との蜜月」に綻び

首相秘書官の飯島は、竹中に安倍擦り寄りの「私心」を見て激怒した……。

2006年5月号 POLITICS

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「悪口じゃないんです。ただ、竹中平蔵(総務相)は総理とサシで会った後、外へ出て会話した通りブリーフしているかどうか信用できません」

「政権も残り半年、閣内から不協和音が出たら困ります。初心に返ってバランスを取ってもらわないと」

 首相・小泉純一郎に腹心の政務秘書官・飯島勲は竹中を重用しすぎないようしばしば諫言する。小泉は黙って聞いている。

 昨年10月末。衆院選大勝後の内閣改造で竹中は郵政民営化担当を兼務したまま、経済財政諮問会議の担当相から総務相へ横滑りした。放送・通信の規制権限は強大だ。地方財政の観点からマクロ経済政策に口を出せ、行政改革にも介入できる。財務相に次ぐ権力大臣。だが、この竹中自身も半ば仕組んだ人事が誤算の始まりだった。当時の総務相は現外相の麻生太郎。郵政民営化法成立後も新会社の設立準備委員会の取り運びなどで旧郵政官僚寄りに動いた。民営化担当相の竹中が手を出しづらい総務省令の詰めなどで骨抜きの策動ものぞいた。竹中は小泉に逐一密告し、憤激してみせた。郵政民営化に命を賭ける小泉が「麻生更迭、竹中の総務相兼務」を決断するのは読み通りだった。

「郵政民営化はここからが大事です」。首相秘書官・丹呉泰健(財務省)も飯島に竹中の総務相兼務を説いた。丹呉の真の狙いは別にあった。諮問会議で何かと財務省に立ち塞がる竹中を経財相から外すことだ。首相官邸「奥の院」での熾烈な攻防だった。

与謝野に「お株」を奪われる

 竹中も経財相は手放さざるを得ないと踏んで、後任には現官房長官の安倍晋三を望んだ。総務相も諮問会議議員なので、安倍の政策指南役を演じながら院政を敷く腹だった。

 ここでの小泉の選択が青天の霹靂だった。指名したのは自民党政調会長だった与謝野馨。よりによって竹中が最も警戒し、財務省が頼りにする政策調整の腕利きだ。第一の誤算である。

 竹中は総裁選で安倍を推す新政調会長・中川秀直と組んだ。2009年9月が任期満了となる次の衆院選挙も安倍首相で勝ち抜き、長期政権を打ち立てて中川ともども権力を維持する。その政策構想作りが使命だ。看板は省庁再々編と道州制の「小さな政府」革命と「11年度まで増税封印」のマクロ政策シナリオだった。

 小泉は税収で借金の利払いを除く政策経費を賄うという「基礎的財政収支」の11年度黒字化を財政再建目標に掲げる。06年度でも国・地方通じて14兆円超の赤字がある。竹中は増税なしで黒字化を達成し、できる限り増税論議を先送りするために「上げ潮政策」を中川に吹き込んだ。

 すなわち、デフレを脱却、2%程度の物価上昇によって名目成長率を4~5%まで引き上げる。税収弾性値を高く見積もり、税の大幅な自然増収を当て込む。日銀に金融緩和を維持させ、長期金利の上昇を強引に抑え込んで国債の利払い負担を増やさない。要するに「インフレ期待の悪魔的手法」(与謝野)である。

 日銀の政策決定会合に出て議決延期を請求できる経財相を与謝野が奪ったことが竹中シナリオを狂わせた。「条件が整えば、日銀の判断でどうやっていただいてもいい」。与謝野は金融政策不介入を宣言。腹をくくった日銀総裁・福井俊彦は3月9日、量的緩和の解除に踏み切った。日銀法上、財務相も議決延期を請求できるが、与謝野が日銀を後押しした以上、長期金利の上昇を恐れる財務相・谷垣禎一も打つ手は限られた。両閣僚がバラバラに動けば閣内不統一になってしまうからだ。経財相ポストの重みを見せつけた。

「政策委員の中心値は大勢として概ね1%前後で分散した」。福井日銀は新たな金融政策の枠組みの発表文書で「中長期的な物価安定の理解」をこう強調した。竹中が要求したインフレ目標には程遠いうえに「中心値1%」では上げ潮政策の2%上昇の否定に近い。「残念な結果だ」。竹中には捨てゼリフしかなかった。

 竹中のより深刻な誤算は04年2月10日の衆院予算委員会に遡る。

「歴史的に名目金利の方が名目成長率より低い。非常に幅広く世界の専門家の間に共有された考え方だ」

 当時の民主党代表・岡田克也への答弁。成長率が金利より高い前提で国債の利払い費を抑えて税収は稼ぐ上げ潮政策の源流だ。諮問会議の民間議員や内閣府エコノミスト集団は驚愕した。経済学では成長率は金利より低いのがほぼ常識だからだ。ただ、小泉の威光で睨みを利かせる竹中が経財相の間、誰も止められなかった。

 与謝野体制になってやっと諮問会議でまともな論争が始まった。

「長期金利が名目成長率より高くなるのが理論的に正常だ」「不良債権処理では竹中議員自身が成長率に期待した先送りを否定したではないか」。毎回、竹中を攻撃する急先鋒は民間議員の東大教授・吉川洋。専門のマクロ理論を、学者では格下の竹中に政治力で抑え込まれてきた鬱憤を晴らすように論破にかかる。

 国会答弁に縛られて今さら宗旨替えできない竹中。3月16日、吉川の舌鋒を切り返そうとして言い放った。「どちらの前提を基本とするかは政治が決断する問題だ」。俺はもう学者ではなく、政治家だ。そんな開き直った叫びに聞こえた。

今や「第二の福田」扱い

 竹中の第三の誤算は、政治力の源である小泉との蜜月が綻びる予兆だ。飯島は、谷垣や与謝野を「抵抗勢力」と決めつけた竹中に小泉離れと安倍擦り寄りの「私心」を見て取り、激怒した。

 ポスト小泉候補を最後まで競わせ、小泉の主導権保持を狙ううえで竹中の仕掛けは出過ぎた真似と映る。官房長官だった福田康夫を官邸から暗闘の末に追い出した飯島。今や竹中は「第二の福田」扱いだ。

「竹中大臣は『小泉総理は与謝野さんを信用していない。諮問会議で困ったら連絡をくれ』と言いました」

 昨年暮れ。こう打ち明ける民間議員の大阪大教授・本間正明を前に飯島と与謝野はみるみる顔色を変えた。竹中を阪大にスカウト、学者への扉を開いた恩人で、互いの私的な事情まで知り尽くす腐れ縁。そんな本間さえ権力ゲームにのめり込む竹中を危ぶみ、ユダになろうとしている。

「成長率と金利の問題の所在がわかってきたよ」。小泉は2月23日、珍しく本間と吉川だけを夕食に招き、長時間話し込んだ。今さら竹中を切れはしないが、飯島の諫言も耳に痛い。竹中だけに重心が偏りすぎないようバランスを慎重に測り直す。「基準を変えない前提だからこうなる。やり方を変える発想はないのか」。3月末の諮問会議で竹中に地方交付税の削減を迫り、机を叩いた。

 手詰まり感漂う竹中は奇策に出た。「消費税率は3%ほど引き上げれば財政赤字はなくせる」。4月に入って「3%増税」を繰り返し始めた。増税と「徹底的に闘う」と宣言したはずが、見事なまでの「戦略的転進」だ。歳出削減策も何もなしに増税規模が先に口を突く。「財政赤字解消」の粗すぎる大風呂敷。確かに、もはや学者ではない。    (敬称略)

   

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