孫社長は密かにアップルのスティーブ・ジョブズと会った。「iPod携帯」なら手強いぞ。
2006年5月号 BUSINESS
ソフトバンクが殴り込みをかける携帯電話事業に勝算はあるのか。
3月17日、ボーダフォン日本法人を1兆7500億円で買収すると発表、孫正義社長は胸を張った。
「決して総合通信会社になったとか言わないでいただきたい。それでは私の志からはちょっと小さい。めざしているのは“総合デジタル情報カンパニー”だ」
当初は新規参入をもくろんでいたが、結局は「時間をカネで買う」道を選んだ。約1500万人というボーダフォンの顧客基盤、全国に張り巡らされた無線基地局網、そして端末メーカーとの取引実績など、携帯事業を行ううえで必須の条件を買収によって一気に満たし、一刻も早くライバルのNTTドコモやKDDI(au)を追撃しようという構えだ。
もともと模索していたのは、自前で基地局網を全国整備している間に、対価を支払ってボーダフォンの基地局網を使わせてもらう、いわゆる「回線網借り受け」(MVNO)による設備投資のタイムラグ圧縮という選択肢。消息筋によれば、ボーダフォンが提示したMVNOの対価が大変な高額だったため、結局は買収の道を選んだという。
しかし1兆7500億円という巨額の買収費用は、国内市場だけで回収するのではない。「ボーダフォングループと世界規模の提携」というお土産が付いた。傘下のヤフーなどが持つ豊富なデジタルコンテンツを、海外に向けても発信することで帳尻を合わせようという算段だ。
コンテンツをインターネット経由でグローバルに展開しようとすれば、情け容赦のない「自由競争」が待っている。しかし、全世界に約5億人いるボーダフォンの携帯電話ユーザーに対して「携帯電話にコンテンツを抱き合わせる」という形で進出すれば、海外市場でも独占的な地位を保って有利に事を進められる。さらには各国に現地子会社を設立し、上場させることで巨額の買収費用を回収する一助とする。
かつてNTTドコモがiモードで成功を収めた、回線契約・端末・コンテンツをセットで売る「垂直統合モデル」をソフトバンクも踏襲しようというのだ。
国内市場では、すでに傘下に収めた日本テレコムの通信網と携帯電話基地局網の回線を共通化することで通信コストを低減、ネット接続料金を安価に抑える。そのうえでドコモやauなどのライバルにない強みとして、ヤフーの持つ強力なネットコンテンツをPC(パソコン)と携帯電話の両方から利用できる、いわゆる「固定網と携帯網の融合(FMC)」を実現するという戦略を取る。
現在、固定通信網と携帯電話網の両方を持つ会社は国内ではKDDIのみ。これにソフトバンクという強力なライバルが加わることになる。KDDIはネットの世界では、ヤフーを擁するソフトバンクに比べ大きく出遅れている。ソフトバンクは、まずは2~3年以内に直近のライバルであるKDDIを抜き去り、2010年以降には通信業界のガリバー、NTTと直接対決し、トップに躍り出るというシナリオを描いている。
この買収に先立ち、すでにソフトバンクは携帯電話機メーカーとも極秘裏に交渉を進めていた。ボーダフォンの主要提携メーカーであるシャープでは、最新型の仕様で「ソフトバンク携帯電話」の試作機が作られており、買収が発表される頃には実際に動作する状態にまで仕上げていたのだ。
その試作機に触れた者は口々に「ソフトバンクケータイ」の凄さを語る。曰く「PCの画面がそのまま携帯電話に表示でき、しかも高速に操作できた」(フルブラウザ)、「滑らかな動画で民放地上波テレビ放送をオンデマンドで見ることができた」(ネット動画配信)などなど。最新の高性能チップセットを搭載することで、ボーダフォンが採用する第3世代携帯電話規格の「W-CDMA方式」のままでも、かなりの性能を発揮しているという。4月1日から鳴り物入りでスタートしたワンセグ放送(携帯端末用地上デジタル放送)を尻目に、高性能な端末によって滑らかなネット動画再生も実現しているというわけだ。
「民放テレビ番組の携帯電話配信」は、ソフトバンクが隠し玉として用意している大きな武器だ。昨年9月、ソフトバンクが民放キー局5社のテレビ番組をネット配信するために調整を進めていることが明らかになったが、当時はあまり話題にならなかった。しかしソフトバンクは、PCではすでに開設されている無料動画配信サービス「TVバンク」でこうしたテレビ番組のネット配信を行うのみならず、携帯電話にも同様の番組配信をすることで広告収入による運営を目指しているといわれる。
さらに気になる情報がある。3月30日、孫正義社長がアップルのスティーブ.ジョブズCEOと東京で極秘裏に会談を行ったというのだ。トップ同士が話し合った内容は明らかではないが、世界的に大ヒットしたアップルのデジタル音楽プレイヤー「iPod」を、ソフトバンクの携帯電話に搭載しようという交渉ではないかとの噂も出ている。
事実、広範なビジネス領域をカバーするソフトバンク・グループも、iPodと直接競合するビジネスは行っていないため提携の可能性は十分にある。米国ではモトローラがiPodの機能を持つ携帯電話を発売しており、もしも日本でも使える「iPodケータイ」が登場すれば、大きな話題を呼ぶことは間違いないだろう。
今年11月までには、携帯電話会社の契約を他社に変更しても電話番号が変わらない「番号ポータビリティ」制度がスタートする。一説には現在9000万契約ある携帯電話ユーザーの1割以上が他社に契約変更するという予測すらある。ソフトバンクは確かに参入のスピードこそ早めることはできたが、最大の「鬼門」となるのがこの番号ポータビリティ。現在1500万の契約数を擁するボーダフォンだが、各種の調査でも、ライバルであるドコモやauに比べて顧客満足度がもっとも低いという結果が出ている。このまま手をこまぬいていたら、参入早々に数百万人単位で契約を失いかねない。
この「大激震」の時期に向けて、ソフトバンクは11月までにすべての秘策を間に合わせることはできないにせよ、少なくとも今年の夏ごろまでには、こうした野心的なプランを次々と明らかにし、既存ボーダフォンユーザーの解約を思いとどまらせようとするだろう。では、この他にはどんな隠し玉が用意されているのか。われわれがソフトバンクの秘策の全容を目にするのはそう遠い先の話ではない。