資源買い漁る中国に「封じ込め」政策――人民元切り上げの裏でアメリカが兵糧攻め

2006年2月号 GLOBAL

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 2006年年明けの1月4日、中国人民銀行(中央銀行)は、人民元と外貨の交換について上海の外貨取引センターを仲介せず、銀行同士が相対で交換レートを決める方式を導入した。銀行の信用力に応じてレートに差が付くようにすることで、為替取引の柔軟化を進める狙いだが、これを受けて年末からじりじり上昇を続けていた人民元は、切り上げ後の最高値を更新している。

 アメリカの人民元切り上げ要求に遅ればせながら応えたかたちだが、これだけでは人民元をめぐる米中の葛藤が見えてこない。裏側に何があるのか。

05年、アメリカ南部を襲った超特大のハリケーン「カトリーナ」が暴いて見せたのは、ソ連の没落・解体後に世界唯一のスーパーパワーとなったこの国のもっとも弱い横腹だった。メキシコ湾岸地域はアメリカ最大の石油生産、輸入の基地であり、そこはハリケーンに対してばかりでなく軍事面でも意外に無防備である。面するメキシコ湾とカリブ海はいわば「アメリカの池」であり、中南米はアメリカの裏庭で安全地帯、だれにも侵されない縄張りのはずである。

 ところが、中国はそのアメリカの裏庭に踏み込んだ。

 まず2004年11月、胡錦濤共産党総書記・国家主席がベネズエラの首都カラカスを訪問し、12月にはベネズエラのチャベス大統領が北京を訪問、さらに2005年1月から2月にかけて曾慶紅共産党中央常任委員・国家副主席がカラカスを訪問いした。その結果は、ワシントンを震撼させるのに十分だった。

 一連の交渉により、中国はベネズエラに貧困者向けの住宅建設資金供与など経済援助をするなど包括的な経済協力協定を締結。中国はベネズエラで二つの油田操業権を獲得、さらにベネズエラ東部の油田開発に中国の国営関会社が全面的に請け負うことで合意した。胡錦濤主席はさらに、チャベス大統領とも仲のよいキューバ・カストロ首相とキューバ沖の石油資源開発協力で合意した。2005年9月にチャベス大統領が明らかにしたところでは、同国からの対中石油輸出は日糧6万8000バレルで数年後には日量30万バレルまで増える。

 何しろベネズエラは、アメリカの裏庭の中でも中心に位置する。ベネズエラの油田の大半はエクソン・モービルなど米系国際石油資本(メジャー)が支配し、石油生産の8割に相当する日量270万バレルがカリブ海を通ってアメリカのメキシコ湾岸にタンカーで運ばれているのだ。

 チャベス大統領は対米依存からの脱却を掲げ民主的な選挙で3度も勝利してきた。ブッシュ政権は危機感を持ち、CIA(中央情報局)は2002年に軍部を唆し、軍事クーデターを試みたが失敗。さらに2004年の9月にはニューヨーク国連総会に向かうチャベス大統領特別機の爆破を企てたが、これも「失敗した」とベネズエラばかりでなく米国でも報じられている。

 チャベス大統領は2004年9月の特別機爆破未遂事件で腹をくくったのだろう。中国に急接近し、カストロともよしみを通じた。見方によっては、アフガンとイラクの“泥沼”以上に深刻なブッシュ政権の失態である。中国はなぜそこまでして、アメリカの裏庭にクサビを打ち込んだのか。

中国の最大の武器は潤沢なドル

 20世紀以降、覇権国にとってその通貨と石油は死活的な国益そのものであり、最重要な戦略手段である。アメリカ「帝国」も石油をドル本位にすることで成り立ってきた。ドルと石油のリンクを断とうと企んだサダム・フセインは、根拠なき「大量破壊兵器」を口実にあっさり駆逐された。

 これを横目に大陸欧州は用意周到である。ドイツは国際通貨マルクを放棄する代わりにフランスと組んで「ユーロ」をつくり、プーチン政権に働きかけてロシアとのエネルギー取引をユーロ建てに変えつつある。

 めざましい経済成長を遂げる中国は、石油資源獲得が成長の最大の鍵なだけに人民元を安いレートに保ち、輸出市場と資本市場でこれをドルに交換して立ち向かっている。敵の武器を使い、敵の敵は味方――それはまさに毛沢東流の統一戦線工作である。人民元は国際的に通用するハードカレンシーではないが、安い人民元によって得た巨額の貿易黒字でドルを獲得し、アメリカの石油権益を脅かそうとしている。

 その一例が中国海洋石油(略称CNOOC)による米大手石油資本ユノカルの買収の試みだろう。アメリカ政府の“干渉”で買収は退けられたが、石油資源を求める中国の触手は、アメリカの裏庭カリブ海・中南米だけでなく、中東やアフリカにも及んでいる。

 中国の石油輸入需要は今後とも増え続けるだろう。米エネルギー省によると、中国の2001年の石油消費量は日量500万バレル、2025年には同1090万バレルと年率で3.3%増加する見込みだ。米国は同1960万バレル、2025年には同2920万バレルで伸び率は1.7%にとどまる。

 中国の2004年の輸入量は日量202万バレル、2025年には800万バレルに達する見通しだ。これに対し、アメリカの国内石油生産は1970年をピークに下がり続け、2004年には同1190万バレルを輸入する羽目になった。

 世界の石油供給に限界がある以上、アメリカは需要増分を確保しなければ安全保障が脅かされる、中国も石油を確保できなければ、経済の安定成長、さらに共産党体制を維持できなくなる。しかしアメリカの強大な軍事力には対抗すべくもない中国は、最大の武器としてドルを使っている。

 中国の強みは、「上海協力機構」という伏線をすでに引いていることだ。中国、ロシア、タジキスタン、カザフスタン、キルギスタン、ウズベキスタンという「ユーラシア・エネルギー連合」である。2005年12月15日にはカザフスタンと中国を結ぶ全長九百六十二キロメートルの石油パイプラインが開通した。二〇一〇年をメドに供給量は年二千万トン(日量四十万バレル)に拡大する。中国は上海協力機構にイランを加えようとしている。イランには中国の国営石油会社が探鉱、掘削、石油化学・ガス産業、パイプラインなどに包括的に関与する方向で交渉が進んでいるという。

 イランは「悪の枢軸」であり、「核疑惑」をかけられ、アメリカからいつ攻撃を受けるかわからない。ところが上海協力機構に加わると、イランはロシア・中国枢軸を守りの盾にすることができる。

 国内紛争が長くつづいたためメジャー(国際石油資本)不在のアフリカの産油国スーダンでも、中国は経済援助の見返りに石油利権を獲得している。

 着々と布石を打つ中国に、アメリカはどうするのか。中国と直接軍事対決するわけにはいかない。米中関係の決裂は米企業の中国市場シェアの大きさからみてもアメリカの国益にはならないからだ。

ギャフニー氏が鳴らす「警鐘」

 次善の策は、いまや中国最大の武器となったドルの獲得にブレーキをかけることである。中国の外貨準備は2004年から年間2000億ドルの増加ペースで積み上がり、2005年末には8189億ドルに達し、同8469億ドルの日本を2006年には抜き世界一になる勢いだ。アメリカは中国製品を買うことによって中国にドルを供給しているが、それがブーメランのようにはね返ってくるのだ。

 そのカネで中国は掘削権や石油会社などを買い漁り、戦略資源獲得競争でアメリカをたじろがせているからだ。この循環を絶つには、人民元を対ドルで大幅に切り上げさせ、ドル獲得の道を封じるしかない――と主張するその中心人物がレーガン政権後半の安全保障担当国防次官補で、ネオコンの代表格であるリチャード・パールの同志フランク・ギャフニー氏である。

 タカ派のシンクタンク、安全保障政策センター(The Center for Security Policy)所長で、CSPはネオコンおよび共和党タカ派の安全保障専門家を幅広く集めた国家安全保障諮問会議(NSAC、議長は元CIA長官のジェイムズ・ウールジー)を組織、NCACはブッシュ政権に専門家を大量に送り込んでいる。

 ギャフニー氏は中国の資源獲得戦略に警鐘を鳴らし、中国国営企業による米独立系石油資本ユノカル買収阻止のキャンペーンを成功させ、中国国営企業によるニューヨーク市場での株式の新規公開(IPO)に反対するよう対議会工作を進めている。

 中国は2005年7月に人民元を2.1%切り上げ、日々小幅に変動させる制度に移行し、「より柔軟な為替相場制度」を求めるスノー財務長官の要請に応えたが、これは人民元切り上げのほんの序章でしかない。

 ブッシュ政権内部では財務省や国務省の対中融和派と国防総省のネオコンやや安全保障専門家による対中警戒派が今後人民元問題でしのぎを削り合うだろう。そこには「石油」が深く関わるだけに、貿易摩擦の次元をはるかに超えた米中対立の長くて深い道筋へと続くだろう。

   

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