早すぎる「ポスト小泉」の暗闘――「政策を政争の具」に嘆く経済界

2006年2月号 POLITICS

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 師走の永田町・霞が関は、静まりかえっている。

「物言えば唇寒し」――財政と年金制度の再建に向けた消費税の引き上げや金融の量的緩和策の解除など、今後の日本経済の舵取りに不可避な問題で前向きの発言をすると、容赦なくたたかれる。早々と、来年秋の政権交代と再来年の参院選へ向けて「苦い薬」は先送り、と言わんばかりだ。そんなことが繰り返されるうちに、いつのまにか、誰もまともなことを口にしなくなる。

 そんな政治の有り様に、ある有力財界人が、顔をしかめて言う。「もはや『政策よりも政局』という状況だ。ポスト小泉の主導権争いだろうが、早すぎる。このまま重要な政策が次々に先送りされてしまったら、大変だ」

消費税やゼロ金利の裏に「きな臭さ」

「人口減少時代」を控え、若年層が高年者を支える年金制度の改革は急務で、消費税引き上げで財源を確保する必要があることは、多くの国民もすでに覚悟している。日本経団連の奥田碩会長も、就任してまもなく、社会保障の財源をすべて消費税で賄う「奥田プラン」を発表した。さらに、自民党と公明党も、2004年度の税制改正大綱に「2007年度を目途に消費税を含む抜本的税制改革を実現する」と明記。自民党は、今夏の総選挙のマニフェストで、その方針を再確認もしている。

 だから、内閣改造で留任した谷垣禎一財務相が消費税論議の開始を明言したのはごく自然で、経済界も「当然」と歓迎した。だが、これを中川秀直自民党政調会長と竹中平蔵総務相が「その前に歳出削減だ」と強く批判。小泉純一郎首相まで谷垣氏を「調子はずれ」と酷評して、谷垣氏の口も同氏に同調した与謝野馨経済財政相の口も、ふさがれた。

「増税の前にムダの削減を」というのは、誰にも反論できない論旨で、世間の受けもいい。だが、それを金科玉条に根本的な解決策の先送りを続ければ、単なるポピュリズム(人気とり)となる。谷垣、与謝野の両氏に代わって、新たに自民党税制調査会長に就任した柳沢伯夫氏や同党参議院幹事長の片山虎之助氏が「消費税論議」を立て直そうとしたが、12月18日、19日に中川氏と小泉首相が相次いで「2007年度中には消費税の引き上げはない」と明言し、論議の芽までをつぶした形だ。

 経済界の政治通は、そうした声高な「反消費税引き上げ」の主張に「きな臭さ」を感じとり、次のように解説する。

「小泉さんも中川さんも、かつて仕えた安倍晋太郎さんの息子である安倍晋三官房長官を、ともかく次の首相にしたい。だから、中川さんは、まず有力な対抗馬である谷垣さんをたたいた。しかも、せっかく安倍政権になっても、2007年度に消費税を導入するとなるとすぐに厳しい局面を迎え、短期政権で終わる懸念があるから、その先送りを狙う。一方、竹中さんはあまりに強引で、政府・党内で孤立している。でも、小泉後も政権中枢にいようとして、中川氏の動きに同調しているのだろう」

 量的緩和の解除を目指す日本銀行の福井俊彦総裁らを、中川・竹中コンビが相次いで批判し、首相もすぐに「まだ早い」と応じたのも、「谷垣たたき」と同じ文脈とみる。「緩和策の解除で景気が後退しては困る」。その主張は、まさにポスト小泉の政権が迎える時期を意識した話で、金融界で「禁じ手」とされる日銀法改正まで口にしての牽制に、財界人は「政策論議に名を借りた政局だ」とあきれる。

西川人事に豹変した奥田コメント

 総選挙で自民党が大勝をした直後の経済界の熱気は、いまや、かなり冷めている。「郵政人事」も、それに拍車をかけた。

 経済界は、民営化で小泉首相が苦しい局面のときも強い支持を表明し続けた。これに首相は感謝して、民営化に備えた新組織のトップ選びを奥田氏に委ねた――経済界は、そう受け止めていた。所管大臣の総務相だった麻生太郎外相も、そのつもりだった。だが、竹中氏が独走し、自分に近い西川善文前三井住友銀行頭取に決めてしまう。奥田氏には寝耳に水で、「金融界出身者は、郵政に入ると利益双反になるので望ましくない」と言明していたから、面目は丸つぶれだ。「大変な職責を負われることになるが、郵政民営化のためご尽力をいただきたい」。西川人事へのわずか35文字の素っ気ないコメントに、その胸中がうかがえた。

 5日後、奥田氏は記者会見で大きく修正し、西川氏について「大きな組織をまとめてきた方で、非常な適任者。もろ手をあげて賛成したい」と語った。古手の財界人が、この「豹変」を読み解く。

「コメントをみて、あわてた竹中サイドが奥田氏に謝罪の電話をかけたのだろう。だが、奥田氏は竹中流とは相いれないから、許すはずもない。ただ、あまりに冷たくすると、郵政民営化そのものを突き放すことになるので、形をつくっただけだよ」

 この間、谷垣財務相は政府系金融機関の再編問題で、財務省の保身的主張を重ね、大きく失点した。麻生氏は郵政人事で顔をつぶされ、政府系金融機関再編でも竹中氏と衝突。夏に「解散反対」を唱えて首相の不興を買い、秋の入閣を逃した福田康夫元官房長官も含めて、ポスト小泉の有力候補はそれぞれに傷を負った。財界でひそかに「ダークホース」という声もあった与謝野氏も、出鼻をくじかれた。

 一方、安倍氏は地方への補助金削減と財源移譲を進める「三位一体の改革」を無難にこなし、世論調査などでの人気度をいちだんと高めた。無論、その陰には、中川・竹中コンビの強い支えがあり、首相の陰ひなたでの応援もある。

 一連の攻防をみて、政官界を沈黙が覆った。そこに、経済界は新たな「亀裂」を読み取る。年が明けたら、それはさらに深まり、広がるのか。後押しされる安倍氏自身がいくら身を低くしても、中川・竹中コンビの徹底的なやり方は変わらなそうだ。となれば――「安倍さんをかつぐ動きが露骨になればなるほど、抑えつけられた面々がひそかに手を結び、予想もしない規模の反・安倍戦線が生まれるかもしれない」という声まで、経済界の一部には出ている。

 だが、その経済界も「政局に名を借りた政局」を嘆き、ただ傍観しているだけでいいのか。来年9月の新政権誕生まで沈黙を続けていれば、これまた、重要政策の先送りを狙う面々の思うつぼだろう。

   

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