2006年6月号 BUSINESS [ビジネス・インサイド]
ネット証券大手の松井証券(東証1部)がダッチロールを始めた。4月15日付の日本経済新聞が、九鬼祐一郎専務(42)らが近く退任、社内外から7人を取締役に起用して大幅な「経営陣の若返りを図る」と報じた。同日、松井道夫社長(53)は否定のリリースを流す。ところが、同27日には当の九鬼専務と杉山由彦取締役(53)が退任、矢吹行弘取締役(42)は常勤監査役に退くと発表し、報道を追認したのだ。松井社長以下取締役は総勢5人で、そのうち旧山一証券出身で実務を担ってきた3人ともが退くのだから、何か起きたと考えるのが自然だろう。
ヒントは、代表権を持つ副社長に新たに就任する予定の務台則夫氏(50)。「務台」とは、松井証券の先代社長の娘(千鶴子夫人)の婿となった道夫社長の旧姓で、則夫氏は実弟である。東大経済学部を卒業、旧東京銀行からMIT(マサチューセッツ工科大学)大学院に進み、ソロモン、BZWと外資系証券を経て、2000年に広告会社アドラインを創業した。実は松井証券の広告はこのアドラインがほぼ一手に引き受けており、社内では「コスト圧縮で手数料を下げて競争すべきなのに、割高な広告料金で身内に甘いとは」と公私混同に不満がくすぶっていた。
日本郵船出身だけに松井社長はもともと証券ビジネスにそう明るくなく、実務は旧山一の役員たちに頼ってきた。実弟も外資系証券に勤務したとはいえリテールに明るくないが、社内の抵抗を押し切ってその則夫氏をナンバー2に引き上げること自体、松井証券で進んでいる危機の現れと市場は見る。現に松井証券の株価は日経報道後、1週間で10%以上も値下がりした。
手数料自由化とデイトレードの隆盛に乗って「1日定額制」「無期限信用取引」など新機軸を編みだし、ネット証券の先頭を走ってきた松井証券だが、他社に追撃されても高をくくり、手数料下げを怠ってきたため、ネット専業のシェアではイー・トレード、楽天証券の後塵を拝すようになった。しかもネット取引の顧客の多くがIPO(新規株式公開)の玉ほしさなのに、松井社長が野村、大和、日興などのIPO大手独占を批判して挑戦状を叩きつけたため、野村などを怒らせて玉が入らなくなり、客離れが起きていたのだ。
今年1月27日、松井社長は「明らかな負け組」と認め「いちばん悪いのは私」と懺悔した。それが9年ぶりの手数料下げ(4月)と、今回の人事刷新だったが、客離れの出血は止まっていないようだ。「野村にすり寄ったり、脱退した日本証券業協会復帰を画策してみたりと迷走気味。実は万策尽きたのではないか」と証券会社アナリストは厳しい見方をする。