ドコモ「お財布ケータイ」は弱者連合

クレジット進出は「とらぬタヌキの皮算用」。銀行もコンビニもレンタルも業界1位とは提携できない。

2006年6月号 BUSINESS

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 NTTドコモが手がけるクレジット決済サービス「DCMX」の発表会が開かれた4月4日、「iモード」生みの親であり、ドコモの顔でもある夏野剛執行役員が、満面に笑みを浮かべてこう言った。

「どうも今までのクレジットカードにはカッコいいものが少ない。だから、あらゆる部分でデザインにこだわりました」

 DCMXは、ドコモが昨年12月から提供を始めた携帯電話のクレジットサービス「iD」(アイディ)に対応し、「おサイフケータイ」機を専用読み取り機にかざすだけで買い物ができる。iモードから申し込むだけで毎月1万円まで利用できる「DCMXミニ」と、月額限度額20万円以上で通常のプラスチックカードも発行する「DCMX」、さらに上位の「DCMX GOLD」と3種類ある。ミニは4月28日、DCMXは5月下旬から提供を開始する。

 夏野氏の意気込みを映して、ロゴマークのイラストにもダ・ヴィンチの素描をあしらうなど、発表会は贅を尽くした豪奢なプレゼンテーションだった。ところが、報道関係者の反応は今ひとつ。それもそのはず、「カッコいいクレジットカード」などという謳い文句は、ドコモにとってカード業界をこれ以上刺激しないための「美辞麗句」でしかないことくらい、事情通は知っているのだ。

 ドコモは本気である。携帯電話の国内シェアでは55・7%(2006年3月末現在)と、KDDI(同27・7%)、ボーダフォン(同16・6%)を大きく引き離してガリバーの座は安泰に見えるが、海外投資では1兆円近い特別損失を計上して株主から非難を浴び、国内市場でも契約者数は頭打ち、1人当たり通信料金収入は一向に伸びない。収益源の多角化は急務であり、クレジットカードへの進出は単なる浮気ではない。

三菱UFJを怒らせた?

 ところが、「DCMXはドコモにしかできないまったく新しい金融サービス。このサービスを始めたくてドコモに入り、iモードを立ち上げたようなものだ」と夏野氏が大見得を切る割には、ドコモが金融という未知のフロンティアを切り拓けるのかどうか、疑問がいくつもある。

 まず提携先の問題である。なるほどドコモは携帯キャリアの巨人だが、金融進出の足がかりである「おサイフケータイ」でみると、組む相手がシェアトップの企業ではないのだ。ドコモが初期に提携した企業を列挙してみると、その「弱者連合」ぶりがよくわかる。

 銀行では3位の三井住友グループ。コンビニエンスストアではシェア5位以下のam/pm。レンタル業界ではシェア下位のGEO(ゲオ)である。日本の総人口の14%、1800万人という圧倒的な会員数を擁するトップシェアのTSUTAYAとは提携できなかった。

 コンビニ業界の4分の1を占めるセブン–イレブンに至っては、セブン銀行として07年以降に独自の電子マネーを発行すると発表。詳細は未定としながら、わざわざ「JCBの決済規格を活用する」という、ドコモへの敵愾心丸出しのコメントすら出される始末だ。

 理由は簡単である。巨艦ドコモの金融進出は業界秩序を混乱させかねず、この新参者は「招かれざる客」だということだ。そしてドコモにとって最大の問題は、UFJ銀行を合併して連結総資産額115兆円(05年度中間)になった国内最大のメガバンク、三菱UFJフィナンシャル・グループを敵に回してしまったことだろう。

 4月26日、KDDI(au)と三菱東京UFJ銀行は、「モバイルネット銀行」を設立する構想を発表した。両者のインフラやノウハウを利用して、携帯電話の特性を最大限に生かした金融サービスを提供していくという。

 もともとKDDIはドコモとは異なり、金融.決済分野への進出という戦略はなかったといっていい。「FMC(固定・移動体網の融合)」によるサービスの効率化を図ったうえで、「着うた」などのコンテンツや、ネット通販のショッピングモール事業を新たな収益源とするのが、KDDIの本来の構想だった。

 ところが、ライバルのドコモがカード事業に参入するに至って、指をくわえて見ていられなくなった。口座数4千万の三菱UFJが動いてKDDIと組み、三井住友と手を結んだドコモの野望を挫こうという意図が見え隠れする。要するにドコモがクレジットカード業界への参入をもくろんでいる間に、決済代金の引き落とし先である銀行業務で強敵をつくってしまったのだ。これこそ、とんだ「やぶ蛇」である。

 夏野氏はあくまでも強気だ。「クレジットカード利用が米国並みになれば、市場は現在の約30兆円から倍増以上の72兆円市場になり、3千円未満の小額決済でもスイカ(Sui
ca)が1536万枚、エディ(E
dy)が1620万枚発行されているが、ドコモのおサイフケータイ契約数はこの3月で約1200万件ある」と、抜き去るのは時間の問題と言わんばかりだ。

 しかし実態は「弱者連合」であり、三菱UFJ、セブン–イレブン、TSUTAYA、そして恐らくはトヨタ(KDDIに義理あり)という業界トップ企業と組めない現状では、とらぬタヌキの皮算用になるのではないか。

ばらばら規格のエゴ

 ドコモがカードビジネスに見せる野心を察知するや、既存のカード業界は慌てて「おサイフケータイ」のカード決済規格を打ち出した。これがばらばらなのだ。ドコモと三井住友カードが採用するiDに対抗して、JCBはクイックペイ(QUICPay)、UFJニコスはスマートプラス(Sm
artplus)と合計で三つもの規格が乱立し、互換性のない店舗決済端末を加盟店に設置しようとしのぎを削っている。

 しかし考えてみれば、ハードウェアの非接触ICカード技術規格はフェリカ(FeliCa)なのだ。

 かつてのVTR規格「VHS対ベータ戦争」にも似て、ユーザーに不便を強いる企業エゴ以外の何ものでもない。この不毛の争いも、ようやく国内カード業界の盟主JCBが折れる形で決着がつきそうだ。JCBがドコモと決済規格を共通化した決済端末を出す方針を固め、UFJニコスとも近く合意する方針だという。

 だが、ICカード業界の有力コンサルタントは「冷静に考えれば、スイカのような交通チケットならともかく、決済手段を携帯電話に組み込んでもほとんど誰も得をしない」という。アメリカほど犯罪が多くない日本では、小額決済までキャッシュレスにするメリットはそうない。店舗側は逐一決済手数料を引かれるうえに、コンビニのような大規模チェーンは現金収入がカード決済という「売掛金」になれば、金利損だけで莫大な金額となる。利用者側も結局はいくつもの手段を持ち歩く煩雑さに悩まされるというのだ。

 大丈夫? 夏野さん。

   

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