インタビュー/「科博」の快挙! 篠田謙一館長に聞く(聞き手/倉澤治雄・科学ジャーナリスト)

1億円が9時間で集まった秘訣

2023年11月号 LIFE

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国立科学博物館の篠田謙一館長

「科博」の愛称で知られる国立科学博物館には、子供の頃、誰もが一度は足を運んだことがあるだろう。その科博の財政が危機に瀕したことから、クラウドファンディングを実施したところ、目標額の1億円がわずか9時間で集まったというから驚きだ。支援者の数は残り27日となった10月9日現在で約4万8千人、支援総額は7億8千万円を超えた。科博を応援する人たちの数と額に、当の科博も驚きを隠せない。「地球の宝を守れ」と題して行われた今回のクラウドファンディングについて、分子人類学の第一人者でもある篠田謙一館長に話を聞いた。

篠田 正直に言って私もびっくりしました。募集期間の90日で1億円集まれば大成功と思っていましたし、クラウドファンディングの会社も1億円は難しいと思っていたようです。私たちは事前の告知をほとんどしませんでした。記者会見で一気にアナウンスしようと思っていました。8月7日の午前9時に記者会見を始めたころから、ぽつぽつとお金が集まり始めました。そしてお昼のテレビニュースで流れたとたんにサーバーが倒れました。本当にびっくりしました。科博が資金に困っていることは事前のニュースで流れていましたが、これほどのスピードで目標額の1億円を超えるとは思っていませんでした。サーバーがダウンしていた時間を差し引くと、実際は5時間くらいで達成したと思います。

クラウドファンディングを決断したのは、もうこの方法でしかお金を集められないと思ったからです。科博は「国立」となっていますが、2001年から独立行政法人(独法)です。長期で見ると国からの運営費交付金は減っているし、人員も減っていますが、入場者数を増やし、入館料収入を上げることで相殺してきました。ところが新型コロナ感染症の影響で右肩上がりだった入館者数が極端に減ってしまったのです。2020年は前年の2割まで落ち込み、飲食店と同様に入館料収入が8割減になってしまいました。国にある程度面倒を見てもらいましたが、2022年2月にロシアがウクライナに侵攻すると、今度はエネルギー価格の高騰で燃料費が上がりました。ちょうどそのころ、私たちは筑波に新しい収蔵庫を作っていました。自然史博物館は標本などの収蔵品が増えることはあっても減ることはないので、収蔵庫の新設は避けることができず、建設費の値上がりにも対応しなければなりませんでした。こうして3つの財政的な事情が重なり、どうにもならなくなったのです。もちろんその間、寄付を頂くために企業を回りましたが、なかなかうまくいきませんでした。「これは絶対に運営費がショートする」とわかったので、今年1月には「クラウドファンディングで行くしかない」と決めました。

科博のクラウドファンディングではユニークな返礼品が数多く用意された。図録やトートバック、アクリル製標本スタンド、文鎮などに加えて、オリジナルのバックヤード・ツアー5万円を用意した。館長、副館長が案内するコース、化石、鉱物、昆虫、哺乳類、植物・菌類、人類、それに理工コースなど、他では見られないコースが用意され、追加分を含めてたちまち完売した。また200万円、300万円、1千万円のコースも用意されたが、こちらも早々と売り切れた。1千万円の返礼品は御礼メール、常設展入館券、寄付金領収証、収蔵庫の広告表示、それに「シアター36〇」の年間命名権である。返礼品考案の秘訣を篠田館長は次のように語る。

篠田 科博は筑波に研究者が63人います。すべての研究者からアイデアを募ったところ、200ほどの面白いアイデアが出ました。実現不可能なものもあったので、出来そうなものを40ほど選びました。返礼品についてはクラウド会社のレディーフォーと寄付額を含めて、詰めていこうとしましたが、準備に11月くらいまでかかるということでした。ぜひ夏休み中にやりたいと思い、なかば見切り発車で始めましたが、実際にはお金がかかる返礼品も出てしまいました。高額返礼品もほとんどプロモーションせずに売れました。一番多いのが数量を限定していない1万5千円の「かはくオリジナル図鑑」ですが、すでに3万2千人以上から申し込みがあります。当初、目標額が1億円だったので、図鑑は大体3千から4千冊くらいと見ていました。科博は独法ですので、印刷代など国の基準で入札をしなければなりません。しかも11月5日にクラウドファンディングが終了するまで何部印刷するかわかりません。いま困っているところですが、走りながら考えるしかありません。図鑑そのものは私が中心となって、いま作成中です。

科博では2019年に経営基盤強化や地域博物館との連携を目指して「イノベーションセンター」を創設した。集まった7億円を超える資金の使い道や、科博の今後の方向性などについて、篠田館長は次のように語る。

篠田 イノベーションセンターがなければクラウドファンディングはできませんでした。これまで個人的に応援しようという方がどれくらいいるかわかりませんでしたが、その数が現時点で約5万人と可視化されることになりました。集まった金額ばかりに注目が集まりますが、私は支援者の数の方が大切だと思っています。今後サポーターをどう増やすかが私たちの課題です。コロナ前の来館者数は280万人くらいでした。これが物理的な限界だと思っています。インバウンドも増えており、最近ではとくにヨーロッパの人たちが多くなったように感じています。科博では標本だけでなく360度シアターなどがあり、日本の四季や自然環境を一度に体験できるからだと思います。

目標が1億円だったからと言って、残りのお金を眠らせておくわけにはいきません。国立、公立、私立を含めて全国科学博物館協議会に加盟している博物館だけでも全国で2 16あります。これまでは資金がなくて限界があった地方の博物館との連携を進めたいと思います。できれば「月の石」でも「忠犬ハチ公」でも、科博の標本をできる限り貸し出して、地域博物館とのコラボレーションをしていきたいと思います。現在も続いている「ポケモン化石博物館」という巡回展は、地域博物館とのコラボレーションのよい成功例で、驚くほどの集客力があります。これをきっかけに博物館の魅力を知ってもらうことができればと思います。

篠田館長は遺伝子から人間の歴史を解明する分子人類学の専門家でもある。標本という「地球の宝」を守ることの大切さについて、次のように語る。

篠田 私の研究も過去の人たちが集めた標本で成り立っています。日本人の起源を探るためには過去100年間で集めた標本が必要です。DNA分析による研究はまだ30年ほどで、昨年スバンテ・ペーボ博士がノーベル賞を取った膨大なDNA情報を使った研究はここ10年くらいの仕事です。新たなテクノロジーが出てきて一挙に研究が進むときには、過去に集めておいた標本が不可欠なのです。いまアマチュアや大学の先生が集めた標本が捨てられてしまう危機にあります。地方の博物館を含めて、引き取ってほしいという話がたくさんあり、まさに最後の段階になっていると感じています。

支援者のメッセージには「親子三代で来ています」とか「子供時代に訪ねて楽しかったから」という声とともに「国が出さないから出す」と言ったある種の怒りのようなコメントもありました。政府や自治体が、クラウドファンディングで集まるのなら資金援助はいらないと考えるのではなく、集まった金額と同額の資金を出す、あるいはクラウドにかかった必要経費分は補填するというようなインセンティブを付ければ、この方法が全国の博物館に広がるのではないでしょうか。

聞き手 倉澤治雄 科学ジャーナリスト

   

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