夢を叶える「個性派事業」「出世払い」の約束果たす

森川 宏平 氏
昭和電工社長

2017年11月号 POLITICS [インタビュー]

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森川 宏平

森川 宏平(もりかわ こうへい)

昭和電工社長

1957年東京都生まれ。東大工学部(合成化学科)卒。昭和電工入社。有機化学の研究開発畑を長く歩き、化学品開発部長を経て2013年執行役員。最高技術責任者(CTO)、取締役常務執行役員を歴任し、今年1月より現職。同社初の研究開発部門出身の社長である。

――株価が1年前の1300円台から3500円を超える高値になっています。

森川 今年上期(1~6月期)の連結売上高は17%増の3722億円、営業利益は3倍の350億円となり、下期も「高原状態」が続いています。この背景には、中国や東南アジアの中間層が厚みを増し、生活消費財や化粧品などに使う基礎化学品・部材への需要が高まったことがある。データセンター向けのハードディスク事業や半導体の製造工程で使われる高純度ガス事業も好調です。今まで言葉だけが踊っていたIoTやビッグデータが、実需として動き出しているのです。

――御社独自の「個性派事業」の創出・拡大が、業界の注目を集めています。

森川 当社は石油化学、化学品、エレクトロニクス、無機、アルミニウムと大きく5つのセグメントに分かれ、現在13の事業を展開しています。個性派事業とは「営業利益が数十億円」「2ケタの営業利益率」「景気に左右されない競争優位性」の3条件を満たした事業を指します。現在、この全てをクリアした事業はハードディスクや高純度ガスなどがありますが、2025年までに個性派事業が売上高に占める割合を、現状の3割から5割に拡大する計画です。また個性派事業を中心に、海外での売上高比率を4割から6割に拡大して、収益力向上と市場変動幅の抑制を目指します。

「やるべきことは分かっている」

――しかし、グローバルなシェアを奪わない限り、個性派事業になれませんね。

森川 確かに世界シェア20%以上を確保しないと3条件のクリアは難しい。仮に営業利益が50億円、営業利益率10%、シェア20%の個性派事業を想定したら、その事業の売上高は500億円、グローバルな市場規模は2500億円が目安になる。当社の連結売上高は約7千億円(13事業)ですから、市場規模が2千~3千億円の基礎化学品・部材に的を絞った、新たな個性派事業の創出を狙います。

――儲からない高純度ガス事業を「個性派」に生まれ変わらせたそうですね。

森川 12年に指揮を執ることになった時は、二十数種類の豊富なガスの品揃えと、日本・台湾・韓国・シンガポールに広がる製造販売拠点を持つ特徴を全く活かせていなかった。売上×利益率=利益ですから、利益の絶対額を上げるには、そのどちらかを引き上げるしかない。高純度ガス市場は半導体の需要増により、確実に伸びる自信がありましたから「売りまくれ!」とハッパをかけました。結果、13年以降は年率15%成長を記録し、主要な高純度ガスのシェアが25%を占める世界有数のメーカーになりました。

――後に続く個性派事業の候補は?

森川 当社はリチウムイオン電池用材料として負極材など五つの部材を扱っています。とりわけ車載用の大型リチウムイオン電池向けは、より高い性能を求められる分野であり、将来が楽しみです。 他には、中国や東アジアで需要増が見込める機能性化学品、意外なところではベトナムで事業拡大しているアルミ缶も有力候補。25年までに3条件揃った個性派事業が50%、残りの50%も一つか二つの条件を満たした事業に成長させたい。

――森川さんの抜擢は「20年ぶりの技術屋社長」と話題を呼びました。

森川 大橋光夫最高顧問が社長に就任された1997年以降、「ぬるま湯的体質」から脱却を図るべく、企業カルチャーと事業構造の改革に取り組んできました。高橋恭平相談役、市川秀夫会長と事務系出身の社長が続き、一段と変革が進みました。私は初の研究開発畑の社長であり、今こそ「技術立社」を旗印にしてきた当社の源流に立ち返る時が来たのだと思います。当社には有機、無機、アルミニウムなど様々な素材と、多様な個性派技術を鍛えてつなぎ、新たな価値を創造する底力がある。当社の研究開発の強みをどう活かして、新たな製品・技術を社会に提供・貢献していくか、その舵取りを任されたと自覚しています。16年にスタートした中期経営計画の策定にも深く関わったので、自ら作った計画に近いものになっています。市川社長からバトンを渡された時も「やるべきことは分かっている」という不思議な感覚でした。

理想は「組織化された混沌」

――就任直後に孫会社の不適切会計が見つかり、決算発表が2カ月遅れ、6月に異例の臨時株主総会を開きました。

森川 ご心配をおかけしたことを、あの場で深くお詫びしました。そのうえで、株主の皆様が昭和電工に投資して下さるのは、「出世払い」でおカネを預けて下さっているのに等しく、その期待にどう応えるかが、社長としての責務だと申し上げました。さらに、出世払いを認めてもらうには、今がしっかりしており、将来の夢が明快であり、その夢に向かって歩みを続けていることを、今も5年後も10年後も示し続けますと、皆様にお約束しました。当社の将来に期待しているのは株主だけではない。お客様も取引先も従業員とその家族も、全てのステークホルダーが出世払いを願っているのです。

――想定外の事態が頻発しています。

森川 昨年は英国のEU離脱に続き、トランプ大統領が誕生し、株価や為替が動揺しましたが、すぐに収まりました。世界の経済システムは想定外にも動じない「耐性」がついてきたように思います。

――日本も総選挙後が見通せません。

森川 産業界は激しい国際競争に晒されており、政治の混乱が経済に影響を及ぼし、市場が不安定化すると、競争力を削ぐことになる。北朝鮮の脅威が増しており、国内政治の安定を強く望みます。

――江崎玲於奈博士の言葉「組織化された混沌」が座右の銘だそうですね。

森川 それがソニー、IBMの研究員を経てノーベル賞を受賞した博士が考える理想の研究室――。様々なアイデアが生まれる環境であり、研究開発テーマの理想的な育成方針であると共に、ダイバーシティの理想の状態と考えています。一人ひとりは自律的で自由でありながら、目指す方向性が共有されている組織は、実は秩序があって強い。当社の13事業は多岐にわたり混沌としていますが、個性派事業を目指すベクトルは同じです。当社を理想の組織に近づけたいですね。

(聞き手 本誌発行人 宮嶋巌)

   

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