さらば「古だぬき」息吹き返す神津連合

「1期2年」の禅譲密約を破棄し、続投を決めた神津会長。「長老跋扈」の悪弊を断ち、「雨降って地固まる」となるか。

2017年9月号 POLITICS

  • はてなブックマークに追加

神津里季生会長(左)と逢見直人事務局長(7月21日、東京・千代田区の連合本部)

撮影/本誌 宮嶋巌

「今回の人事混乱の原因はあの密約が全て。結果的に最大の被害者は振り回され続けた逢見氏だったのかもしれない……」

連合の役員推薦委員会は神津里季生会長(61)の続投を8月4日に正式に発表したが、密約を知る関係者は、神津氏からの禅譲が約束されていた逢見直人事務局長(63)に同情の目を向ける。労組最大のナショナルセンターの会長人事は、現役会長と元会長の密約に翻弄されるハメになった。

密約によると、神津氏は2期4年が慣例の会長職を1期で辞め、逢見氏に禅譲する定めだった。仕掛け人は逢見氏の後見人で同じUAゼンセン出身の高木剛元連合会長(73)。密約の詳細を本誌5月号がスッパ抜くと、俄かに会長人事を巡る駆け引きが激化し、神津氏は退任の意向を役員推薦委に伝達。朝日新聞が6月2日付の1面で「神津氏退任」を報ずるに至り、密約の筋書き通り逢見氏への禅譲が実現するかに見えた。

叙勲を受ける「古だぬき」高木剛元会長

Photo:Jiji Press

ところが、ここから高木氏の目論見は崩れ始める。逢見氏は事務局長に就く直前の15年6月、安倍晋三首相と密会して批判を浴びたが、この時、仲介したのも高木氏だった。連合の「奥の院」で交わされた密約が表沙汰になると、「いまどき禅譲の密約なんて有り得ない。高木さんは出身労組可愛さで連合を私物化している」と批判が噴出した。神津氏をよく知る連合OBは「高木氏との個人的な関係から密約を結ぶなんて馬鹿げている。1期で辞めるなら、神津氏は会長ポストに就きたかっただけと言われても仕方ない」と不快感を露わにした。

そもそも逢見氏は「純粋培養の労組エリートで政治的な駆け引きに疎く、連合会長に向かない」との声があった。一橋大社会学部を卒業した逢見氏は1976年にゼンセン同盟書記局に入局。千葉県支部長や常任中央執行委員を経て、2012年にUAゼンセン会長に就き、15年10月から連合事務局長を務めている。労組に詳しい民進党関係者は「ゼンセンの組織論は共産党と同じエリート主義。一流国立大学から幹部候補を採用し、地方組織のトップを経験させてから、中央の出世コースを歩かせる。逢見氏は、その典型だ」と指摘する。

役員推薦委員会が「苦肉の策」

連合会長の選出には、定期大会(10月)で実施する会長・事務局長選挙に先立ち、役員推薦委が各産別労組の見解を集約し、候補者を決定する手順を踏む。神津氏から5月に退任の意向を伝えられた役員推薦委は、UAゼンセンを含む8人の産別労組委員長で構成されるが、逢見氏の会長昇格には慎重論が相次いだ。複数の委員が「現職の事務局長として調整力不足」などの理由を挙げて反対に回り、調整は難航を極めた。結局、密約の扱いに困った役員推薦委は、神津氏が会長に留まったまま、逢見氏を「専従会長代行」に昇格させる苦肉の策を打ち出した。退任の意向を固めていた神津氏も、連合内の「逢見アレルギー」を肌で感じ、東大野球部の先輩でもある高木氏と結んだ「密約」の破棄を決断。早期決着を望む役員推薦委の意向を受けて、神津、逢見両当事者による話し合いが繰り返された。

しかし、連合会長の座に執念を燃やす逢見氏が簡単に引き下がるはずはない。そもそも1期で退任する密約は、現執行部が立ち上がった2年前から存在していた。連合が内規で定める「65歳定年」になる前に禅譲を受ける密約を破棄された逢見氏は抵抗し、両者の協議は物別れに終わった。

事態が急転したのは、専門職で年収の高い人を労働時間規制から外す「高度プロフェッショナル制度(高プロ)」の導入について、連合執行部が条件付きながら容認に転じたと、大きく報じられてからだ。逢見氏が主要産別幹部への根回しを怠り、方針転換を主導したことへの批判が高まった。さらに神津氏の内諾を得ず、政府と交渉を進めた手法も「また官邸と密会か」(旧総評系幹部)と不信感を呼び、直後の7月19日の役員推薦委で神津氏の会長続投が固まった。

翌20日、永田町の参院議員会館で開かれた連合組織内議員懇談会で、連合の支持を受ける約15人の民進党議員を前に、逢見氏は「高プロには反対だが、少しでも歯止めをかけておく。経団連は修正に応じる気はなかったが、政府が合意すべきだと説得した。中身は悪くない」と弁明し、改めて政労使による脱時間給制度の修正合意に理解を求めた。これには出席議員の1人が「連合も自民党と直にやれば政策をすぐに実現できるのに、ひもじくても頑張ってきたという運動論がある。事務局長も胸に刻んでほしい」と、苦言を呈さざるを得なかった。

「長老跋扈」は組織を暗くする

神津会長が留任し、逢見氏が新設の専従会長代行に昇格、事務局長に自動車総連の相原康伸会長(57)が就任する新執行部は10月に発足するが、2年前の密約から始まった幹部人事の混乱は、しばらく尾を引くだろう。逢見氏の出身労組のUAゼンセンなど民間労組中心の旧同盟系は、安全保障など自民党と政策的な距離が近い。一方、自治労や日教組など旧総評系は野党共闘に軸足を置き、「(連合内は)常に分裂の危機をはらむガラス細工」(執行部OB)だ。

連合は89年、総評や同盟などに分かれていた労働団体を統一する形で結成された。今年で28年目を迎え、組織内の融合が進んだのは間違いない。今回の禅譲密約を厳しく批判してきた旧総評系の元幹部も「昔のゼンセンは見習うところが多かった。総評みたいに政治闘争ばかりではなく、地に足がついた労働組合運動をしっかりやっていた」と振り返る。それだけに「今回の高プロの修正は、政権に接近するあまり、我々からはるか遠くに行ってしまった」と嘆く。

7月下旬の都内居酒屋――。連合関係者の暑気払いの集まりは、会長人事の顚末で盛り上がった。それぞれが一通りの講評を述べると、出席者の1人が「結局、官邸に手を突っ込まれて連合の人事がひっくり返ったということ。山岸章が生きていたらボロクソだろうな」とぼそり。一同が無言でうなずき合ったという。

山岸章氏は全国電気通信労働組合(全電通)の委員長を経て、連合の初代会長に就任したが、当時は会長人事を巡って、官公労中心の総評と民間労組が主流の同盟が激しく対立。総評系の会長候補の山岸氏は、電機労連出身の藁科満治氏に押され、負けそうだった。そこで「山岸側近が実弾(札束)をばら撒く激烈な多数派工作を展開」(関係者)。同盟陣営からの支持も取り付けた山岸氏が初代会長の座を勝ち取った。

当時を知る関係者は「山岸さんは大胆で乱暴だったが、自民党一党支配を打破する強い信念に支えられていた。だからこそ立場を超えた支持が集まった」と振り返る。今回の会長人事の迷走に欠けていたものは、連合の背骨というべき「強い信念」に他ならない。「信念に揺らぎがあったから、OBや官邸に介入される余地が生まれた」(同)

さて、今回の密約には、逢見氏への会長禅譲に伴い、高木氏が現職(全労済協会理事長)を神津氏に譲ることが含まれていたとされる。同理事長職は連合会長の天下りポストだが、高木氏は連合会長を退任した09年から現在に至るまで居座り、後任の古賀伸明前会長(65)は連合総研理事長に押しやられたままだ。15年春の叙勲で旭日大綬章を受けた高木氏は、連合内で「古だぬき」と揶揄される煙たい存在。「長老跋扈」は組織を暗くする。高木氏が完全に勇退すれば、歪められた連合人事も正常化する。

前原と枝野で再び「政界再編」?

この秋、神津氏の続投により連合は「再生の一歩」を踏み出すことになる。その一方で、連合と共に歩んできた民進党も大きな転機を迎える。9月1日投開票の民進党代表選は枝野幸男前幹事長と前原誠司元外相による一騎打ちの様相だが、これを大手マスコミが騒ぐような憲法改正や共産党との共闘を巡る「リベラル(枝野)vs保守(前原)」の対決と捉えるのは的外れだろう。

形勢は民社協会や旧維新系などを手堅くまとめる前原氏に有利だが、連合幹部は「結果は見えている。前原代表、枝野幹事長の挙党体制しかない」と言い切る。すでに前原氏は「民進党という名前にこだわらなくてもいい」と公言しており、新執行部は社民党、自由党を取り込み、国政進出を睨む小池百合子都知事や自民党リベラル系をも巻き込んだ政界再編を目指すことになるだろう。前原・枝野両氏は日本新党で初当選した同期の桜。都議選で連合と創価学会を取り込んだ小池都知事と、かつての盟友が連携すれば、再び政権交代可能な2大政党の一翼が生まれることも夢物語ではない。

安倍1強の足元が崩れる中、連合も民進党も幹部人事を巡る混乱を経て、期せずして「雨降って地固まる」好機を手にした。自民党一党支配を打破するために生まれた連合が、約30年を経て再び閉塞状況の政界に風穴を開けられるか。神津氏は2年前の就任会見で「社会全体を巻き込んで一体となって労働運動を展開していく」と淡々と語っていたが、そこにはこの国で働く労働者のために闘い抜く信念があったはずだ。退任の瀬戸際から息を吹き返した2期目こそ、「連合再生」をかけた神津氏の最後の勝負どころである。

   

  • はてなブックマークに追加