「知財改革」 をテコに 国富増大!

2016年8月号 連載 [永田町 HOT Issue]
by 三宅伸吾(自民党参議院議員)

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6月3日、東京・渋谷にある国連大学・国際会議場で世界知的所有権機関のフランシス・ガリ事務局長を迎え、日本知的財産協会が主催する「企業経営者向けグローバルビジネスシンポジウム」があった。

知財協会の田中稔一会長(三井化学相談役)らの講演に対し、私から以下のコメントをした。

「田中会長より、知財の価値が世界的に高くなっている、知財価値に注目したM&A(企業の合併・買収)が目立っているとの指摘があった。日本政府もこのような流れにしようと、知財立国に向け取り組んできた。

ただ、残念ながら、我が国は世界の流れに乗れていない。国内特許について、あまりに訴訟が少ない。紛争解決を司法にゆだねても、裁判所が認める損害賠償の認容額が少なく、割が合わないからだ。

現状の紛争処理システムは我が国がキャッチアップの時代には適合していたものだが、今なお、そのままとなっている」――。

シンポジウムでは企業経営者や知財担当役員など専門家70人以上が集まっていた。

「よくよく考えていただきたい。膨大な開発投資の結果生まれた知的財産をデフレの現状のままでいくのか、知的財産の価値を上げインフレにしていくのか。この点について覚悟を決めないと、政策は前には進まない。

土地の値段が低迷していれば、境界争いは少ないが、土地価格が上昇すれば境界争いは多発する。日本特許を巡る紛争が少ないのは知財の資産価値が低いから。このままでいいのか」――。

「知財デフレ」に危機感

2012年夏まで、私は日本経済新聞社の編集委員として約10年間、経済成長政策の一環として経済法制を担当していた。会社法、独禁法、税法などと並び、知財はライフワークの重要政策テーマ。3年前に政界に転じたが、「知財デフレ」への危機感は募るばかりだ。

日本の大手メーカーの知財責任者には、国内で知財訴訟システムを充実させること=訴訟の活性化に消極的な意見が大勢だ。

▽巨額の応訴費用が必要となる米国で、訴訟の被告になった苦い経験がある。

▽国内では、顔なじみの知財・法務部門の担当者間での話し合いにより、紛争の大半を解決してきた。

▽国内訴訟が活性化すると原告、被告いずれの立場になっても、担当者として敗訴するリスク(=責任)を抱えてしまう。

以上の点などから、国内でリスクの低い現状の維持を求めるのは自然なことかもしれない。

しかし、今のままでは、巨額の研究開発投資の結果、取得した日本特許の資産評価が低廉なものとなる。結果、国際的な特許紛争の解決に向けた交渉の際には、日本特許を軽視した解決がなされる。

米国では、ベンチャー企業が特許権による技術の強い独占力をテコに新たな市場を切り拓き、大企業へと急成長を遂げる例が散見される。このような成功モデルが日本では極めて少ない。特許発明だけが米ベンチャー躍進の原動力ではないものの、米国の実効性のある知財司法が基盤であることは間違いない。

人口減少のため、今後、国内市場の大幅拡大は期待できず、日本企業は市場を一層、海外に求めざるを得ない。進出先の国が日本企業の知財関連の利益を保護すれば、日本からの投資が促進されるばかりでなく、海外投資のための国内での技術開発にも拍車がかかる。海外新興市場での特許の保護水準が高くなれば、現地のライセンス供与先からの実施料収入も膨らむことが期待できる。

しかし、日本の知財紛争処理システムが十分に機能していなければ、他国に知財保護を求めても説得力はない。国内での特許権侵害訴訟システムの充実はこうした視点からも重要である。

現行法は侵害者に「お得」

少し法律の話をする。通常、交通事故は利得狙いではないが、特許権侵害は営利目的の事業者の過失または故意から起こる。利潤動機の特許権侵害について、刑事罰は規定されているものの、現実には刑事による侵害抑止機能が期待できないなかで(刑事事件は皆無)、民事賠償を抑制的に位置づけることは不適切である。

そもそも特許法は民法の特例を定めるものであり、民法の制度に上乗せして侵害を十分に抑止する効果を持つ仕組みとすることは特例の趣旨に反するものではない。

現行法による特許権侵害への対応は喩えていうなら、スーパーマーケットの店頭に「万引きをすれば、値札の料金をお支払いいただきます」との看板を堂々と出しているようなものである。万引きは逮捕されることもある。しかし、特許権侵害は万が一、発覚しても逮捕されることはなく、現状は開発者や権利者からみると、甚だ不条理、侵害者には「お得」である。

経済成長の原動力であるイノベーションが絶え間なく生まれるよう、特許権を十分に保護する=侵害抑止効果のある紛争処理システムを構築しなければならない。侵害抑止のために、刑事司法の役割を否定するものではないが、音楽、映画といったコンテンツのデッド・コピーとは異なり、高度な技術がからむ特許紛争で刑事司法が出ていくこと(特許権侵害罪での起訴)が容易ではないことは関係者の共通の認識である。

とすれば、民事救済手続きが要(かなめ)となる。具体的には民事の損害賠償制度を改革し、一定の故意侵害の場合には立証された損害に追加して賠償を認めるようにすべきではないだろうか。日本は民事陪審を採用しておらず、職業裁判官による裁定である。我が国の裁判官は緻密さの点で世界に誇る資質を有しており、金銭評価面でも謙抑的すぎることが問題として指摘されるほどであり、非常識なレベルの賠償判決となることは想定しがたい。

ペンをマイクに持ち替えてから丸3年。これまで、法人実効税率の引き下げ等の経済成長戦略、平和安全法制の整備などに取り組んできた。

自民党の知的財産戦略調査会は昨春、知財紛争処理システム検討会を立ち上げ、改革の検討に入った。検討会の座長として、国富増大に向け関係者の知恵を総動員し提言を近くまとめる。歴史に耐える内容としたい。

著者プロフィール
三宅伸吾

三宅伸吾(みやけ・しんご)

自民党参議院議員

1961年生。早大政治学科卒、米コロンビア大留学、東大院修士。日本経済新聞編集委員を経て、2013年参院初当選(香川県選挙区)。座右の銘は「あなたが変われば世界が変わる」。

   

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