小松副院長のクビを厚労省に差し出した真相。ハコモノ投資で台所は火の車。補助金を止められたらアウト!
2015年12月号
DEEP [特別寄稿]
by 上 昌広(東京大学医科学研究所特任教授)
亀田総合病院のシンボル「Kタワー」
Jiji Press
千葉県房総半島の医療が崩壊の瀬戸際にある。きっかけは9月25日に亀田総合病院(以下、亀田)が副院長の小松秀樹医師を懲戒解雇したことだ。亀田は千葉県鴨川市に拠点を置く日本屈指の総合病院だ。医療法人鉄蕉会(亀田隆明理事長)が経営し、理事には亀田一族が名を連ねる。亀田は鴨川の地で370年の歴史を持ち、グループ全体で約480人の医師を抱える。年間の入院患者数は約1万8千人。1995年に世界に先駆けて電子カルテシステムを導入するなど先進医療に力を入れており、かの天野篤・順天堂大学教授も亀田で修業した。
現在の亀田の名物医師が、先の小松氏だ。同氏は74年に東大を卒業した泌尿器科医。元首相の主治医を務めるなど、名医として知られている。また、診療の傍ら『医療崩壊―「立ち去り型サボタージュ」とは何か』など多くの著作を出版し、医療界切っての論客だ。特に厚労省や医学界重鎮などの権威に対する批判は辛辣だ。2010年、この名物医師を、亀田は副院長として招いた。
なぜ、小松氏は懲戒解雇されたか。その理由は厚労省を批判したからだ。亀田が小松氏に手渡した懲戒の手続き書類には「行政庁を非難する記事を発信しないように指示した」「メール、メールマガジン、記者会見等、手段の如何を問わず、厚生労働省及び千葉県に対する一切の非難行為を厳に慎むことを命じます」と書かれている。
患者の個人情報を漏洩したなら兎も角、厚労省や千葉県を批判するのは、憲法で保証された言論の自由の範囲内だ。なぜ、亀田は、こんなことを言い出したのか。
実は、筆者も、この件に関わっている。亀田が問題視したメールマガジンこそ、筆者が編集長を務める「MRIC」なのだ。04年1月に配信をはじめ、現在の購読者は約5万人だ。小松医師は「MRIC」で厚労省の政策を批判し続けてきた。
例えば、11年4月9日に配信された「災害救助法の運用は被災者救済でなく官僚の都合優先」という文章では、避難所で医師・看護師が他府県への搬送が必要と判断しても、役所の手続きが煩雑で、多くの命が危機に曝されていることを指摘した。
当時、亀田は福島県浜通りから避難してきた透析患者や知的障害者を受け入れていた。これを主導したのが小松氏だった。官に依存せず、独自に行動する亀田の対応は多くのメディアで賞賛された。
また、12年9月26日に配信した「新型インフルエンザ対策特別措置法:病気と国家による害悪に備える」では、「インフルエンザ特措法によって、大々的な検疫や統制医療が実施可能になる」が、「このような強制力が感染拡大を防ぐのに必要不可欠だとは思えない」と論じた。さらに、「厚労省の医系技官の思考と行動は大戦時の日本軍を思わせる」と批判した。
一連の文章で小松氏が矛先を向けた役人がいた。それは井上肇氏だ。鳥取大卒の厚労省の医系技官である。09年7月から12年8月まで千葉県に出向し、保健医療担当部長などを務めた。厚労省に戻ってからは、結核感染症課長を務め、最近、世界保健機関(WHO)に出向した。小松氏の鋭い舌鋒が、井上氏のプライドを傷つけ、小松氏が当局から「危険人物」としてマークされるようになったのは想像に難くない。
井上氏の離任後も、千葉県には医系技官が赴任し続けた。今年4月には、高岡志帆氏が健康福祉部医療整備課長に着任した。彼らの間で小松氏のことは申し送られ、隙あらばお灸を据えようとしていたようだ。
5月、高岡氏らは、小松氏が中心になって進めてきた超高齢化社会への対応を研究する講座への補助金を打ち切ろうとした。小松氏は「14年度の補助金は300万円減額し、15年度は打ち切る」と突然通告された。その理由を、千葉県は予算不足と補助率はそもそも2分の1だったと説明した。ところが、こんな嫌がらせは小松氏に全く通じなかった。小松氏はMRICに「亀田総合病院地域医療学講座の苦難と千葉県の医療行政」を発表し、千葉県の矛盾を追及した。高岡課長の行為が基金交付要綱に違反していたため、千葉県は予算削減の理由が虚偽だったことを認め、14年度の減額を撤回した。しかし、15年度については態度を曖昧にしたままだった。
小松氏は15年度の予算確保のため、千葉県とのやりとりを「MRIC」6月15日号で「千葉県行政における虚偽の役割」として公表した。編集長である筆者も、かかる問題こそオープンに議論すべきと考えた。この配信は役人たちの向こう脛を蹴り、厚労省は面目を失った。小松氏の完勝だが、同時に監督官庁の虎の尾を踏んでしまった。
怒り心頭の厚労省は亀田に圧力をかけた。当時、亀田隆明理事長の弟である亀田信介院長は小松氏に「厚労省関係から連絡があった。厚労省全体が前回のMRICの記事に怒っており、感情的になっていると言われた。亀田にガバナンスがないと言われた。行政の批判を今後も書かせるようなことがあると、亀田の責任とみなす。そうなれば補助金が配分されなくなるとほのめかされた」と伝えた。これこそが、亀田が小松氏を解雇した本当の理由だ。
では、なぜ、亀田は厚労省に抵抗できなかったか。それは喉から手が出るほど補助金が欲しかったからだ。実は亀田の台所は火の車だ。今年8月には朝日新聞の取材に対し「職員のボーナスを5~6%引き下げた」ことを明かし、その理由として、14年度の消費税支払額が前年度より約4億円増えたことを挙げている。あまり知られていないが、医療機関は消費税が上がると損税が発生する。医薬品や医療機器等を購入する際には消費税を支払わなければならないのに、患者からは取れないからだ。昨年の消費税増税は亀田の経営を直撃した。
亀田は大勢の医師を雇用している。医療界には「医師の増員が経営を圧迫している」と同情する声が多い。確かに、そのような側面はあるだろう。しかし、それが亀田の屋台骨が傾いた理由ではない。この問題に詳しい関家一樹氏(医療・教育未来創生研究所)は「亀田の経営を圧迫しているのは、桁違いのハコモノ投資です」と言う。亀田は05年に「Kタワー」と呼ばれる13階建ての新病棟を竣工させた。「リゾートホテルとみまごうオーシャンビュー」が売りだ。総事業費は約100億円。更に12年8月には「新A棟」を建設。4床部屋を中心とした一般病棟で、総工費は約45億円にのぼる。
亀田は資金を金融機関からの借り入れで調達した。目下の有利子負債残高は331億円。総資本443億円に比べ、明らかに過剰債務である。信用調査会社の分析によれば「過剰投資により固定比率(固定資産÷自己資本×100%)は2137%(業界標準値136.7%)と異常値を示しており、短期支払能力を示す流動比率や当座比率も業界標準を大きく下回っている。収益力の向上による財務基盤の強化が求められる」状況にある。亀田の自己資本は約17億円。固定資産が莫大なだけに、自己資本比率はわずか3.8%(業界標準値45%)と、極端な過小資本である。過剰債務を抱え、資金繰りは容易でないはずだ。
亀田が抱える課題は財務だけではない。亀田が位置する房総半島の人口減も深刻だ。例えば、鴨川市は、10年の人口3万5766人が30年には3万人を割り込むと推定される。亀田の患者の9割近くは近隣の医療圏の住民だ。外部に収益事業を立ち上げなければならない。亀田は必死で頑張った。13年には東京の京橋にクリニックを開設した。さらに中国に進出し、鴨川に中国人患者を招こうとしたが、「何れも上手くいっていない」(亀田関係者)という。
医師派遣でも稼ごうとした。千葉県は全国屈指の医師不足地域だ。豊富な医師を抱える亀田が、医師を派遣するのは地域のためにもなる。現在、亀田から成田市内の病院に感染症専門医が派遣されている。この派遣を調整したのが、厚労省の現職課長だった井上氏だ。関係者は「井上課長から連絡があり、3千万円を亀田に支払えと言われた」と打ち明ける。最終的に幾ら亀田に渡ったかは明らかではない。こんなことが知れたら、安い給料の職員の士気は下がる。井上氏の行動も問題含みだ。公務員が特定の民間組織に肩入れし、万一、何らかの要求をしたらアウトだ。知人の弁護士は「第三者供賄罪に該当する可能性がある」という。
これまで亀田の高い理念に触発され、多くの医師が集まってきた。ところが、今回の事件でブランドは地に墜ちた。私の周囲の医学生は「亀田で研修することはやめました」という。また、「一部の診療科で医師の退職が始まっている」(亀田OB)。
もちろん、これは亀田だけの問題ではない。無謀な投資をサポートした金融機関の責任は重い。亀田のメーンバンクは千葉興銀だ。事務方には千葉興銀OBが名を連ね、約150億円を貸し付けた。千葉興銀も相応の責任を負うべきだろう。
しかし、最も罪が重いのは亀田一族である。現状は、世の中から持て囃され、調子に乗った放漫経営のなれの果て。貧すれば鈍す。役人の軍門に降り、恥も外聞もなく副院長のクビを差し出した。この醜態を見れば、医師は続々と逃げ出すだろう。放置すれば住民にツケがまわる。どうすればいいのか――。時代錯誤の職権濫用を繰り返す厚労省、補助金漬けの亀田のハコモノ経営に未来はない。関係者の責任を追及するとともに、新たな経営者を招き、身の丈にあった地道な医療から出直すほかない。