「戦犯」は日建・竹中・電通

東京五輪に暗雲。新国立競技場をめぐる大失態は、巨大利権の裏で蠢く「陰の紳士」たちを浮かび上がらせた。

2014年11月号 POLITICS [新国立競技場の吸血鬼]

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10月7日の参院予算委員会で蓮舫議員(民主党)が、2​0​2​0年東京五輪のメーン会場となる国立競技場の解体工事が前代未聞の入札やり直しになった問題を追及した。松島みどり法相の「ウチワのようなもの」の珍答弁の陰に隠れた形になったが、本誌スクープの後追いである。

下村博文文部科学相は「談合が疑われたので警察庁に通報した」と答弁、安倍晋三首相も「今回は警察に調査を依頼している」と述べた。また、競技場の運営主体である独立行政法人、日本スポーツ振興センター(JSC)の河野一郎理事長が不手際を陳謝、聞き取り調査もせずに「談合の事実はなかった」と判断したことを認めた。

だが、一連の混乱の「主犯」は誰なのか。国会も「日経アーキテクチュア」10月10日号の詳報もその琴線に触れていない。

文科省の厳重注意にパニック

言うまでもなく、東京五輪組織委員会会長の森喜朗元首相と、その“子分”の河野JSC理事長らラグビー人脈の利権ゴリ押しが元凶なのだが、この不細工な談合で工期が大幅に遅れ、警視庁捜査2課に調べられることになったのは大誤算だろう。内部で責任のなすりつけ合いが始まった。

戦犯の筆頭は日建設計である。新国立競技場のフレームワーク設計を受託、解体工事でも業者に見積もりを依頼し、業者選定を含めたプロジェクトのマネージャー役だったからである。ところが、二度目の入札で決めた落札業者を、内閣府の政府調達苦情検討委員会に反故にされ、たまりかねた文部科学省が日建を呼び出して厳重注意したため、日建社内はパニックになった。

日建はここ十数年、公共事業などのハコモノ受注では圧倒的な力を誇り、組織設計事務所では日建がダントツで、(NTTファシリティーズや三菱地所設計を除くと)日本設計や久米、安井や松田平田、梓などを大きく引き離した「一強五弱」。業界の仕切り役で「談合の巣窟」とも言われたが、昨年12月27日、仰天人事があって以来、日建は機能不全に陥っているのだ。

安昌寿副社長が日建建設総合研究所会長に転出、3月27日には兼務していた日建本体の役員も外れた。これまで永田町に食い込み、日建を良くも悪しくも引っ張ってきた安を「粛清」したとも見える人事だった。不思議だったのは、かつて安の盟友とされた中村光男まで、会長のまま本体の役員を外れたことである。

安は京都大学大学院を卒業、マサチューセッツ工科大学(MIT)に留学したが、学業の優秀さ以上に永田町や霞が関を籠絡する才は余人の追随を許さなかった。日建に政府担当のポストはなかったが、安が自ら切り開いた。社内でも金遣いが尋常でないとの批判の声はあったが、なにせ仕事を取ってくる彼には何も言えなかった。

もちろん自民党と太いパイプを築いたが、他の設計事務所やゼネコンなども競って食い込んでおり、安一人が自由に仕切れたわけではなかった。ところが、民主党に政権交代後は一変、安の独壇場となる。ライバルが民主党に足場を持てないなかで、当時の仙谷由人官房長官や前原誠司国土交通相に最も食い込んだのが安だった。民主党議員のたまり場だった銀座「野村屋」のカウンターには安が毎日のように現れた。

2​0​1​6年東京五輪招致運動は民主党政権下で行われ、ロンドンでのプレゼンに京都祇園の舞妓を送りこんだのは安である。国立競技場のある神宮外苑を管轄する明治神宮の外山勝志名誉宮司夫妻を大名旅行させた海外“接待”も、すべて東京五輪を睨んだ布石だった。一サラリーマンにこんな芸当ができたこと自体、驚きである。

雲行きがおかしくなったのは安倍政権の登場から。安を永田町・霞が関担当から外すよう、当時日建社長だった中村に圧力をかけたのは、首相官邸と言われている。中村は安を買っていたし、社内の安批判を抑える役目もしていたが、官邸の圧力には抗すべくもない。一時は安が開き直り、すべて暴露するかという一幕もあり、両者が取締役を引くことで事を収めたようだ。

が、安のいない日建の最初の躓きが、国立競技場の大失態。実は解体費の積算を誤っていた。「ふだんから設計の実力もない若造がゼネコンに丸投げし、利益だけ取ることに慣れて仕事が杜撰」(大手ゼネコン)と不評だったが、現場を知らないから、何と見積もりに仮設足場の工事費数億円を入れるのを忘れた。残土処理費を無償化するなどしてもツジツマが合わず、それが二度目の入札でいきなり予定価格を一回目より22~23%も引き上げた理由だという。

フレームワークの受託は日本設計と梓を加えた3社連合だが、構造が担当の日建が実施設計を独り占めして取り分を多く求めたため3社間で揉めた。焦った日建が後れを取り戻そうと関東建設興業に仕様変更を漏らし、JSCにも開札前に“覗き見”させて、解体業者1社で強行しようとしたのがアダになったのではないか。

敏腕営業マンが元首相を“洗脳”

戦犯は日建だけではない。森五輪組織委と河野JSCが、イラク人女性建築家ザハ・ハディドの奇怪なデザインにこだわるのは、どうしても開閉式の巨大な屋根を付けたいからだ。「総工費を膨らませ維持費もかかるあの屋根がすべての元凶」と関係者は言うが、元首相が聞く耳を持たないのは、竹中工務店の辣腕営業マン、鈴木敏夫役員補佐に“洗脳”されているせいだろう。

06年に当時の中川秀直自民党政調会長と日本赤十字副社長(元厚生労働省事務次官)や同省審議官、局長ら16人を接待したことが問題になったが、その接待役が鈴木だった。東芝から竹中に転じた経歴だが、安と同じく数千万円と言われる交際費をふんだんに使って、清和会などの懐に深く入りこんでいることで知られる。新国立競技場の屋根をザハの奇想天外な曲線で覆うには、竹中の技術力が不可欠と言われ、森もそれを鈴木に吹きこまれたのだ。

すっかり当確気分の竹中が、関係者に「解体工事は辞退してもいい」と余裕を見せたのが、思わぬ波紋を呼んだ。「竹中は本体工事も諦めたらしい」と受け止められて、慌てて「大手ゼネコンは解体を辞退すべきだとの“天の声”があった」と触れ回ったという。他の大手ゼネコンが解体を安値受注して本体をさらわれたら竹中は元も子もない。そこで、大手各社に「みんなで解体から手を引けば怖くない」と“針小棒大”に伝えたのが「天の声」の正体らしい。

開閉式屋根実現に森をせっついた戦犯はまだいる。20年東京五輪のマーケティング専任代理店となった電通の元専務、高橋治之(株式会社コモンズ会長)である。組織委理事に入ったが、森には屋根付きを強く勧めていた。五輪後に、スポーツだけでなくライブなどのイベント会場にあてて収入源にしたいからだ。当初、イベント年60回と非現実的な皮算用をはじいていたが、8万人の会場を満員にできるライブなどほとんどなく、芝の養生費も天文学的な数字になる。それでも利権に血眼の高橋は押し通した。作曲家の都倉俊一がデザイン・コンクールの審査委員としてザハ案を後押ししたのも、お先棒を担いだせいだろう。

高橋は理事就任早々、組織委内にマーケティング委員会を設けて委員に就任しようと動いた。委員会の下に自ら設立するスポーツマーケティング会社をぶら下げ、20年五輪と19年ラグビー・ワールドカップ(W杯)の両方の数千億円の利権を一手に握らせる思惑があるからだ。

トンネル会社は却下されたが

五輪と違い日本のラグビーはマイナーなためスポンサーが少なく、19年W杯は赤字確実と言われる。日本ラグビー協会会長を兼任する森はそれを気にしており、両大会のマーケティング利権を一体とすることで、五輪からW杯へ利益を“流用”できると高橋に口説かれてその気になった。

だが、電通内部から本誌に寄せられた内部情報によれば、すでに電通を専任代理店にしているからこれは「屋上屋」なのだ。元財務省事務次官で組織委の事務総長に就いた武藤敏郎らは、さすがにこの下心あらわな高橋構想を却下したようだ。

関係者によれば、高橋は過去にも利権会社をトンネルにしてきたという。「屋上屋」は電通の利益が高橋の会社に横流しされることを意味するが、電通スポーツ局長の中村潔執行役員と同局サッカー事業室国際部長の村上哲哉は高橋の“子飼い”のため、上司の高田佳夫常務の指示ではなく、高橋の走狗として動いているという。

電通内の反高橋派から、その手口を暴露する文書が本誌に届いた。スポーツ局は、FIFAクラブワールドカップの業務から制作費名目でスイスのスポーツマーケティング会社AMS(Athletic Management Services)に毎年数千万円を上納しているという。同社は01年にアディダス創業家ダスラー家と電通の合弁会社ISLが破綻した後、ISLの陸上担当者が電通の出資を受けて設立した会社だが、畑違いのクラブW杯にも数人を派遣、電通の業務委託費をもらっている。これがトンネル会社を使った資金還流だという告発である。

本誌の報道に、東京地検特捜部幹部は憮然としているという。地団駄を踏むくらいなら、さっさと手を着ければいい。あの巨大な新国立競技場には、見えざる吸血鬼が鈴なりなのだから。(敬称略)

   

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