石原元都知事と折半の裏約束。それをラグビー人脈がかつぎ、五輪を機に壮大なスポーツ利権強奪を策す。
2014年9月号 COVER STORY [五輪利権のピラニア]
新国立競技場デザインのザハ原案。見直しで突起を落としたがやはり醜悪
今や「五輪のドン」森喜朗元首相
Jiji Press
ベチャッとつぶれたカブトガニに似て、誰が見ても醜い。余計な尾剣とビラビラの鰭を切りとった見直し案でも、窮屈そうでおよそ建築の美とはほど遠い。2020年東京オリンピックのメーン会場となる新国立競技場の基本設計案のことである。
コンペで当選したイラク人女性建築家、ザハ・ハディド(63)の特異な感性のせい? 異議を唱える建築家、槇文彦や宗教学者、中沢新一らが危惧する神宮外苑の環境破壊のせい? 否、この醜さは利権を貪ろうと蠢くカネの亡者たちに由来する。
本誌は複数の関係者の証言を得た。
「新国立? ああ、あれは2016年東京五輪招致失敗後、森喜朗元首相と石原慎太郎都知事(当時)が交わした密約があるんですよ。国と都で建て替え費用を折半するという密約がね。それが生きてるんです」
16年五輪招致は民主党の鳩山政権下の09年10月に落選(リオデジャネイロに決定)し、中央区晴海にメーンスタジアムを新設するなどの計画が水泡に帰してゼネコンを落胆させた。ただ、同年7月には2019年ラグビー・ワールドカップ大会の東京開催が決まっており、老朽化した神宮の国立競技場を建て替えることになっていたから、日本ラグビーフットボール協会代表理事会長の森(77)の思惑と、20年五輪招致に再挑戦する石原(81)の思惑がドッキングして「折半」密約となった。
もちろん、都有地の神宮外苑とはいえ、国立施設の新築を都が負担するのは理屈が通らない。五輪という「錦の御旗」があれば強行できると踏んだのだろうが、財務省と都庁の正式合意があったわけではない。12年10月、石原が4期目途中で新党結成のため知事を辞任、後継に猪瀬直樹副知事を指名する際、20年招致の継承とともにこの密約の引き継ぎがあったはずだ。
国立競技場の運営主体、独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC)によるコンペがほとんど密室で強行された理由も、この密約に帰す。12年3月にJSCは新国立建設計画のため有識者会議を立ち上げるが、14人の委員のうち建築家は安藤忠雄(72)だけで、森も名を連ねていた。有識者会議はたった2回、下部の三つのワーキンググループも2~4回しか開かず、8カ月後にザハ案に決めてしまう。
誰もが仰天した。8万人収容、延べ床面積29万㎡と、08年北京五輪の「鳥の巣」スタジアムをも上回る巨大さ。「おもてなし」を口実にVIP・個室席に2万5千㎡も割き、スポーツ博物館や商業施設など盛りだくさんだったから、総工費は当初予定の1300億円から最大3千億円に膨れあがった。「新国立は森さんへの飴玉。そのケツ拭きを五輪に回した」と関係者は明かす。
コンペ自体が問題だった。審査委員会は委員長の安藤ら10人だが、46応募作品からザハ案に絞っていく過程が、東京新聞の情報公開請求で明らかになった。最後はザハ案とアラステル・リチャードソン案と妹島和世案の三つに絞られ、安藤がまず妹島案を落とした。二次選考で最終判断を委ねられた安藤は「日本の技術力のチャレンジになる」という理由でザハ案に決めたが、関係筋は「出来レース」と解説する。
「16年招致当時、安藤さんは五輪招致を前提に、東京湾埋立地から代々木公園や神宮外苑を緑のネットワークにするという再開発構想『風の道』に乗り出していた。落選でそれが空手形になり、その穴埋めに新国立で彼を審査委員長に据えたんです」
2月5日の参院予算委で文部科学省スポーツ・青年局長が、ザハには賞金2千万円と監修料3億円が支払われると答弁すると、有田芳生議員(民主党)が「自民党無駄遣い撲滅プロジェクトには監修料13億円を払うと返答しているではないか」と追及した。この差額について明確な答弁はなく、ザハをスルーして“慰謝料”が支払われるのではないかと疑われている。
事実とすれば、コンペ自体が安藤のお手盛りだったことになる。ザハが模型すら作らず、設計変更に口も挟めない監修者の立場なのも、先にカネの流れありきの「名義貸し」と思えば納得がいく。審査委員のうち2人は英国の著名建築家だったが、審査の日には来日していない。ザハの完成図だけ見て賛成票を投じたことになっている不思議も、名義貸しだったからではないか。
都庁も結論を先に知っていた可能性がある。外苑は風致地区のため都条例で高さ15メートルの制限があったが、有識者会議で副知事が都市計画見直しを示唆、ザハ原案の設計で75メートルになると、都は1カ月でそれに合わせて制限を大幅緩和した。
ここでも暗躍するのが、スポーツ利権なら握って離さない電通だ。森と電通元専務の高橋治之(70)が3月14日、東京・鳥居坂の国際文化会館レストランで会っている光景を本誌は目撃した。組織委理事のリストを見ると、末席に高橋の名がある。
だが、実際に組織委を切り盛りするのは電通なのだ。4月17日、東京五輪のマーケティング専任代理店に指名された。安藤と同じく前回の招致失敗で未払い金が残っていたというが(都が8事業18億円分の経理書類を紛失して総経費はうやむや)、「これで取り返す」と関係者は言う。
高橋が石井直電通社長に頼んだため、この6月と7月の人事で、OOH(屋外交通広告)局長の柳舘毅、スポーツ局専任局次長の槙英俊、同局オリンピック室企画・開発部長の小林住彦らエース級が送り込まれたが、前回失敗の戦犯組ばかり。今秋には五輪協賛企業を決める予定だが、本誌が追及したあの高橋の下でどうなることやら。
遠藤利明衆議院議員
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ラグビー人脈の河野一郎JSC理事長
※以前に掲載されていた写真は河野一郎氏ではなく、JOCの竹田恆和会長でした。お詫びして訂正いたします。
JOCの竹田恆和会長
AFP=Jiji
このシナリオ、誰が書いたのか。平河町や霞が関では、五輪組織委員会の会長に収まった森と、その威を借りるJSCの河野一郎理事長(67)と、超党派のスポーツ議員連盟幹事長、遠藤利明自民党衆議院議員(64)の3人と目されている。
3人の共通点はラグビー。森は早稲田大学ラグビー部を4カ月で退部したが、父譲りのラグビー好きで現在は協会トップに君臨する。河野は東京医科歯科大学卒のラガーマンで、筑波大学に移ってラグビー部のドクターを務め、その縁で協会や森に食い込んだ。遠藤も中央大学のクラブチームでラグビーをやっていた。
この3人組が五輪利権を壟断(ろうだん)しているのだ。財務省や文科省によると、新国立の巨大設計案は事前に規模などの相談がなく、発表後にJSCからの事後報告があった。麻生太郎財務相も下村博文文科相も総工費最大3千億円と聞いて仰天したが、河野と遠藤が森の了解を得ていたという。
批判を受けて有識者会議は昨年11月、延床面積を約2割減らす見直し案を承認したが、カネのかかる開閉屋根の構造は維持した。総工費1699億円に圧縮したというが、解体費などは別で、グラウンドの芝の養生でかさむ維持費も年間40億円と過少に見積もった。建築資材費や人件費の高騰も見込んでいないから、コンパクト化は見た目だけ。現に解体工事の入札は5月、7月とも不調で業者が決まっていない。
おまけに、どさくさ紛れに競技場横にあるJSC本部ビル(築20年)を新築、地上17階地下2階と競技場より高い80メートルの高層ビルを建てる計画なのだ。建設費は新国立とは別、常勤職員349人のJSCには器が大きすぎて日本青年館と同居する予定とはいえ、文科省の外郭団体には身の程知らずの贅沢だろう。
JSCの前身は55年設立の日本学校給食会だが、旧文部省や旧大蔵省の天下り先だけでなく、いつしか国立競技場や秩父宮ラグビー場、代々木オリンピックプール、ナショナルトレーニングセンターなどを運営する日本体育・学校教育センター(NAASH)となり、03年にサッカーくじ(toto)も抱えてJSCに衣替え。現在は資本金2333億円の巨大独法となった。
JSCを「銭食い虫」にした河野とは何者か。スポーツ医学専攻の筑波大学教授だったが、ドーピングや選手強化担当で01年に日本オリンピック委員会(JOC)理事になると、利権に目覚めて森の先兵となった。06~10年に16年五輪招致委の事務総長を務めた招致失敗の戦犯でもあるが、森が推してJSC理事長に収まった。
その野心はとどまるところを知らない。本来、文科省が所管しなければならない体協を通じた各競技団体への補助金分配もJSCに統合させようと画策、森もそれに乗っている。第一次安倍内閣で文科副大臣を務めた遠藤もお先棒をかつぎ、5月16日付読売新聞のインタビューでこう語った。
「今のJOC(日本オリンピック委員会)の競技団体への給付金配分は、必ずしも戦略的、科学的知見に基づいているとは思わない。JSCを解体して『スポーツコミッション』などのスポーツに特化した独法を作り、ここに選手強化からスポーツ普及までの公費の流れを一本化しようと思う」
昨年の全日本柔道連盟や日本フェンシング協会の不明朗な補助金配布を奇貨として、カネの権限を体協・JOCから取り上げ、JSCまたはその後継組織に集中させようというのだ。3人組にとって邪魔なのは、IOC委員でもある竹田恒和JOC会長。20年五輪招致委の理事長でもあったが、昨年は「竹田を外せ。彼の言うことなんか聞いていたら、東京で五輪はできない」と連日のように猪瀬都知事(当時)を電話で悩ませていたのが河野だったという。
当時の猪瀬は、組織委会長を森に任せようとする安倍晋三首相に猛反発、「都とJOCで決める」と押し戻していた。河野の粘着質をよく表す逸話である。
猪瀬は森・石原密約を見直そうとしていた。昨年11月6日、下村文科相と会談、周辺施設の建設費は負担するものの、新国立本体は負担しないことで合意している。これで都の建設費分担を500億円以下に抑えかけたが、徳洲会の5千万円をめぐり辞職。舛添要一都知事のもとで仕切り直しとなった。新知事は4月に北京の「鳥の巣」を視察、建設費圧縮のため計画練り直しを公言し始め、「半径8キロ圏内に85%以上の施設を集中」という招致委の公約も「およそ、ということ」と言いだした。
野放図な建設費膨張を危惧するのは財務省も同じ。いち早く昨年10月に主計局が資料を配布、「通常の公共事業費の中での優先的配分により対処し得るものとし、国庫補助負担率等国の財政措置は、通常のものとすること」という11年12月の閣議了解を盾に、財布のヒモを締めるのに懸命だ。
ところが、会長の森が細部まで口出しをする組織委は、専務理事(事務総長)に元財務事務次官の武藤敏郎を据えた。日銀総裁にさせられなかった後ろめたさから財務省もつれなくできまい、という読みだろう。最後の決め手は9月の内閣改造。思い通りにならない下村文科相を遠藤に交代させようと森が安倍に猛烈に推している。
遠藤も安倍と同期当選なので、官邸に電話を入れては「安倍ちゃん、ひとつ頼むよ」と猟官運動に励んでいる。有力閣僚の一人は「あいつは誰にでも尻尾を振る」と顔をしかめるほど。しかし遠藤が晴れて文科相の座を射止めれば、さっそく秋の臨時国会にJSCの組織改革法案やスポーツ庁設立の議員立法を仕掛けるはずだ。カネの集まらない19年ラグビーW杯のため「ラグビーtoto」も打ち出す気らしい。
選手強化より利権優先では世界の恥になり、末代まで祟るだろう。日本ラグビーの弱体は、彼ら寄生虫OBがふんぞり返ってきたからだが、それが日本の全スポーツに蔓延すれば金メダルを減らすだけだ。
組織委にとって「屋上屋」の内閣官房オリパラ室は邪魔な存在。室長の平田竹男は経済産業省出身で日本サッカー協会専務理事も務め、かつてtoto利権で森に嫌われた。真っ先に排除の対象だが、平田は菅義偉官房長官の引きで内閣参与になっただけに、安倍政権内の政争になりかねない。
さあ、どうする? 安倍さん。プーチン訪日のパイプ役として欠かせぬ森元首相の言う通り遠藤を文科相に据えたら、長期政権は諦めなければならない。改造人事の隠れた踏み絵がそこにある。(敬称略)