株高ミクシィ「復活」の欺瞞

再建を託された若手社長が僅か1年で退任。一見復調した業績にも危うさが潜む。

2014年4月号 BUSINESS

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路線対立が決定的となった笠原会長(左)と朝倉社長

Jiji Press

敵前逃亡か、はたまた得意の先行逃げ切りか。いずれにせよ、転がり込む巨額の資金に、かつて騎手を夢見たミクシィの若社長・朝倉祐介氏(31)は、高笑いが止まらないだろう。

ミクシィは2月28日、2006年9月の上場来初となる公募増資に踏み切ると発表した。同時に、創業者で取締役会長の笠原健治氏(38)が保有する834.8万株のうち44万株を、13年6月に新社長の座に就いた朝倉氏が保有株全ての11万株を売り出すことが明らかになった。

公募増資の払込期日は3月17日で、売出人の株式受渡期日は翌18日。売出価格は6110円となっている。これにより、笠原氏には約27億円、朝倉氏には約7億円が渡ることになる。

早すぎる社長退任

兵庫県西宮市出身の朝倉氏は、オーストラリアの競馬騎手養成学校から東大法学部に入学した異色の経歴の持ち主だ。その後マッキンゼーからベンチャー企業社長を経てミクシィの社長へと転じている。上場時の株価バブルで既に億万長者となっている笠原氏はともかく、朝倉氏が株を売り抜けるまでの期間は、社長就任から1年足らず。自身が社長を務めたベンチャー企業をミクシィへ売却したことがきっかけで入社した時点から計算しても、わずか2年半だ。かくも短期間で資産家となった朝倉氏は、ベンチャー界隈の言葉を借りれば、“華麗なるエグジット”と言えよう。

だが、今回の売却については、鼻白む声が聞こえてくる。なぜなら、発表直前の2月13日にミクシィは、朝倉氏が今年6月末の株主総会で早々に社長を退き、顧問に就任すると発表していたからだ。朝倉氏は退任理由について「ノーアウト満塁を任されたピッチャーとして、やるべき仕事は全うしたと思っている」と誇ったが、目先の株高に目が眩んだと見えなくもない。

内実は13年10月にリリースしたスマホゲーム「モンスターストライク(モンスト)」が一発当たって、通期営業黒字のメドがついただけ。公募増資によって調達する65億円も全てモンストの広告宣伝費に突っ込む計画で、丁半賭博で運よく当たりが出ているに過ぎないのだ。後任社長の森田仁基氏(37)が、何を行うかも明確ではない。

朝倉氏が社長就任した直後に発表した第1四半期決算で、ミクシィは上場来初の営業赤字に転落している。その責任は朝倉氏よりも元社員らから「温厚だがビジネス感覚がない」と揶揄される笠原氏や、既に退職している元NTTドコモ出身でナンバー2だった原田明典氏(38)、元大和証券キャピタル・マーケッツ出身でナンバー3だった小泉文明氏(33)ら前経営陣が負うべき要素が大きい。当時のトロイカ体制は後続サービスの後追いからユーザーの離反を招き、経営は迷走を極めた。

この間にミクシィが負った傷は深く、SNS「mixi」を通じた広告収入は往時の6分の1にまで落ち込んでいる。その点、朝倉氏に同情の余地はあるが、浮き沈みの激しいソーシャル市場において、モンスト一本足では業績が回復軌道に乗ったと言い切れるものではない。にもかかわらず「ミクシィは事業再生フェーズから再成長のフェーズに移っていく」(朝倉氏)と喧伝するのは欺瞞だろう。

朝倉氏の早期社長退任について関係者の間で囁かれているのは、笠原氏との確執だ。社長就任当初は筆頭株主で53.8%の株式を握る笠原氏が取締役会長に残ることについて、「万が一意見が対立した場合は筆頭株主として社長を解任してもらっても構わない」と言い放っていたが、マッキンゼー時代の同僚や親しい業界の知人などには「笠原は目の上のたんこぶだ。早く株を売ってしまいたい」と漏らしていたという。

フェイスブックなどに押され、かつて隆盛を誇ったミクシィの姿は見る影もない。朝倉氏はSNS事業に頼らずドラスティックに事業転換したいと考えたが、笠原氏は自ら育ててきたサービスを大事にしたいという思いが強く、両者の対立は必然とも言えた。そして、対立が決定的になったのが、出会い系サイトの買収と追い出し部屋騒動だった。

「出会い系」買収の危うさ

13年10~11月、ミクシィは出会い系サービス「YYC」のDiverse社と、街コンイベントのコンフィアンザ社の株式を相次いで取得。いずれも結婚支援事業と衣を替え、モンストに次ぐ収益の柱に位置付けた。だが、なかでも稼ぎ役となっているYYCは、上場企業が手掛けるサービスとしては危う過ぎる代物と言える。ユルいネット業界内でさえ「売春の温床でデリヘル業者の無料プロモーションツール」と問題視されるほどなのだ。ある海外機関投資家は、ミクシィがYYCを取り込んだことで「投資対象から外した。あそこまでヤバいと手を付けられない」と目を背ける。

追い出し部屋騒動とは、正社員約30人が渋谷・道玄坂にある貸会議室に呼び出され、11月1日付でカスタマーサポート部門へと異動するよう内示を受けたもの。事実上の退職勧奨であり、約30人は追い出し部屋(=サポート部門)に配属された。

いくら業績が下降気味でも、社員を大事にしてきた笠原氏にとっては、許せないことだったのだろう。きわどい案件の買収を含めこれら一連の施策を主導したのは、朝倉氏と、同氏の社長就任時と同時にCFOとなった荻野泰弘氏(40)だ。この2つの件により、新規事業の立ち上げに専念していた笠原氏と朝倉氏の溝はますます深まり、この頃から朝倉氏が周囲へ漏らす愚痴も増していったという。

この間、株式市場もミクシィに翻弄され続けた。モンストリリース直後の株価急騰を受け、13年12月11日にゴールドマン・サックス証券が目標株価を1200円とした一方、同日三菱UFJモルガン・スタンレー証券が目標株価を8900円とまるで正反対の設定をした。2月21日にはバークレイズ・キャピタル証券が「モンストの飛躍に脱帽も株価には過熱感がある」として目標株価を3800円に据えるも、足元はそれを大きく上回っている。

既に市場関係者からは「今後は1年ごとに社長が代わるんじゃないか」と揶揄する声も聞こえてくるミクシィ。証券市場の熱狂で膨らんだ出来高は、結果的に株価にプラスとなり、朝倉氏は“万馬券”を手に入れた。だが、この1年のドタバタは瓦解への序章に見える。

   

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