淮河汚染で「がんの村」 草の根から浄化する

霍 岱珊 氏
中国の環境NGO「淮河衛士」代表

2013年12月号 GLOBAL [インタビュー]
インタビュアー 岩村宏水

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霍  岱珊

霍 岱珊(フオ ダイシャン(Huo Daishan))

中国の環境NGO「淮河衛士」代表

1953年河南省沈丘県生まれ。高校卒業後、軍隊勤務を経て地元紙の記者に。98年から淮河の水汚染や「がんの村」の実態を独自に調査。2001年
NGO「淮河衛士」を設立。中国を代表する“草の根“の環境活動家で、不屈の精神と行動力は中央政府も一目置く。

――霍さんは中国の淮河(ホワイフー)の深刻な水汚染と流域にある「がんの村」の実態を告発し、中国内外に衝撃を与えました。活動を始めたきっかけは?

霍 淮河は長江と黄河の間を東西に流れる中国第三の大河です。支流が多く、流域面積が広いのが特徴で、源流から1千キロに及ぶ沿岸に大小無数の工場があります。それらの工場が、有害な化学物質や重金属などを含む汚水を長年垂れ流していたのです。

私は淮河最大の支流、沙潁河のほとりにある河南省沈丘県で生まれ育ちました。子供の頃、沙潁河の水は澄み、そのまま飲めるほどでした。ところが1970年代から水質が悪化し始め、80年代には河の水は真っ黒に汚れて泡立ちました。90年代に入ると流域の村々で消化器系のがんが多発し始め、妊婦の流産や先天性の障害を持つ赤ん坊なども増加しました。

当時、私は地元紙の記者でしたが、98年に新聞社を辞めて淮河の汚染防止活動に専念することにしました。決断の動機は、最愛の母と幼馴染みの親友をがんで亡くしたことです。

人生を変えた母と親友の死

――お二人のがんは、汚染された水を飲んでいたのが原因ですか。

霍 母は74年、大腸がんで46歳の若さで亡くなりました。今となっては病因ははっきりしませんが、実家の裏手にある水路は当時すでに工場の汚水で変色していました。私は悲しみに暮れ、「人はなぜがんにかかるのか」を深く考えるようになりました。

幼馴染みの親友は地元の鎮長でした。環境問題への関心が高く、私たちは「美しい沙潁河を取り戻すにはどうすればいいか」についてしばしば語り合いました。そんな彼が97年に胃がんにかかり、亡くなる前にこう言い残しました。「お前は地元で生まれ育った記者だ。淮河の汚染の実態を中央政府に伝えてほしい」と。

私はたったひとりで調査を始めました。いくつもの支流を遡り、様々な工場から汚水が流される現場を撮影し、住民に話を聞いて回りました。そして、河岸に近い村々ではがんの発症率が飛び抜けて高いことに気付きました。

村人は黒く汚れた河の水を直接飲んでいたわけではありません。しかし、村の井戸は地下水を介して河につながっています。私は、河に流された有害物質が井戸水に入り込んだことこそ、がん多発の原因だと確信しました。

――水汚染とがん発症の因果関係は科学的に証明されていますか。

霍 今年6月、中国衛生省傘下の疾病予防管理センター(CDC)の専門家チームが、8年間にわたる疫学調査の結果を公表し、淮河の水汚染とがん発症に直接の因果関係があると断定しました。国の機関が因果関係を認めたのはこれが初めてです。

ここまでは苦難の連続でした。当初、汚染企業は「廃水は国の基準値を満たしている」と言い張り、生産工程で使っている化学物質や、廃水に含まれる有害物質の情報を隠しました。私たちが廃水を採取しても、分析は専門機関に依頼する必要があり、高い費用を自腹で払う余裕はありませんでした。

そこで、私は新聞に投稿したり、各地の環境フォーラムに参加したり、大学で写真展や講演会を開くなどして、淮河の水汚染と「がんの村」の実態を訴え続けました。地道な努力が徐々に実り、中国中央テレビ(CCTV)が03年に現地を取材。がんの村の悲劇を全国ネットで放送し、大反響を呼びました。その後は他の有力メディアも次々に取材に訪れ、中央政府も見て見ぬふりはできなくなりました。

――企業や地元政府から、活動への妨害や圧力を受けたことは?

霍 ご想像にお任せします(苦笑)。私は文化大革命の時代に軍隊で苦労したので、どんな困難にも挫けない自信があります。

私が設立したNGO「淮河衛士」は、淮河沿岸の約800キロの区間に8つの観測地点を設け、1千人余りのボランティアが工場の排水口の様子や水質をチェックしています。異変があればすぐに情報が届きます。こうした活動が認められ、04年から北京の環境保護省と直接連絡を取れるようになりました。河を汚す者たちは、真実を北京に報告されるのが何より怖いのです。

07年には、国の流域汚染防止計画の重点プロジェクトに淮河が指定され、地元政府も汚染企業の指導に本腰を入れざるを得なくなりました。それから数年間で水質は大幅に改善。一時は死に絶えていた魚やエビも河に戻り始めています。

健康被害の救済は長い道のり

――がんの発症率は下がりましたか。

霍 残念ながら、まだ大きな変化は見えません。長年流された有害物質が灌漑を通じて土壌に蓄積し、地下水を汚染し続けているのでしょう。そこで私たちは、公益基金などの援助を得て、がんの村に汚染の影響がない深井戸を掘るプロジェクトを進めています。

すでに深井戸を掘った村では、がんの発症率が大幅に下がりました。病気がちだった村人が元気になって出稼ぎに行き、お金をためて家を新築した例もあります。今後も深井戸の数を増やしたいと思います。

――健康被害に対する企業の賠償や政府の救済策はあるのですか。

霍 まだまだ今後の課題です。がんの村の住民は、健康被害に長年苦しみながら、まったく救いがないのが実情です。企業の賠償はもちろん、政府の医療支援などもありません。

背景には淮河の水汚染の複雑さがあります。流域の無数の工場が流した、多種類の有害物質による複合汚染なのです。全体的な因果関係は認められたものの、個別のがん患者の病因を突き止め、それを特定の有害物質や特定の企業の責任に結びつけるのは非常に難しい。それでも希望は捨てません。地元に密着した“草の根”のNGOとして、これからも声を上げ続けます。

   

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