「原発再稼働へ」亡国の世論誘導

太平洋戦争に突き進んだ当時もこんな風ではなかったか。大企業やメディアの社員は「脱原発」を口にしづらくなってきた。

2013年10月号 BUSINESS [危機煽るメディアも同罪]

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大飯原発の「F-6」断層を調べる原子力規制委員会の調査団(7月28日)

Jiji Press

原子力規制委員会の専門家会合は9月2日、関西電力大飯原子力発電所の直下に活断層はない、との見解で一致した。定期検査のため順次、停止していた大飯3、4号機は、再稼働へ向けたハードルを一つクリアした。

新聞各紙は翌日、このニュースを大きく報じたが、なかでも産経と日経は1面トップで扱った。産経はもともと、規制委を「『活断層狩り』に狂奔している感がある。中世の魔女裁判を彷彿させる」と批判していたから、溜飲を下げただろう。

日経も「断層判断 専門家任せ」と規制委の一部委員を批判。「需給見据え安全確認した原発の再稼働を」と、関電経営陣の日ごろの主張をそのまま社説にして載せた。経済紙でありながら原発の経済性を検証することもなく、読売や産経と同様、再稼働の論陣を張っている。

規制委員会の島崎代理を目の敵

保守系の新聞に加えて、JR東海がスポンサーの月刊「WEDGE」やPHP研究所が発行する「Voice」など財界寄りの雑誌も「今こそ原子力推進に舵を切れ」「規制委員会の“断層攻め”を止めよ」などと声高に叫び始めた。

WEDGEは、安倍晋三首相に近いJR東海の葛西敬之会長の意向でこのような特集を組んだと囁かれている。元厚生労働副大臣の大塚耕平参議院議員は「新幹線のグリーン車で愛読してきたが、極端に編集方針が変わってしまった。まともに読める雑誌ではなくなった」と呆れる。

島崎邦彦委員長代理

規制委は独立性の高い三条委員会である。活断層か否かは、東京大学名誉教授で地震予知連絡会会長も務めた島崎邦彦委員長代理が中心になって議論してきた。申し分ない識見を備え、人格者との評価も定着している島崎氏を電力業界は目の敵にする。

2012年9月の規制委発足時に原子力行政担当相だった細野豪志衆議院議員は「電力関係から、地震の学者を委員に入れることに関して反対意見があった」と明かしている。何千億円も投じて建設した原発の地下に活断層がある、などと判定されてはたまらないからだ。案の定、日本原子力発電は敦賀原発の真下に活断層が走っていると「認定」され、会社存続の瀬戸際に立たされている。電力業界からすれば、島崎氏だけは規制委に入ってほしくなかった。最近も新聞のインタビューで島崎氏から「関電の耐震認識は甘い」などと指摘され、不満を募らせていた。

原発再稼働に前向きな安倍政権が参院選でも大勝したことで、電力業界とその意向を受けた経済界、メディア、政治家は世論操作に乗り出している。経営者が電力会社のトップに洗脳されているため、大企業やメディアの社員は「脱原発」を口にしづらくなってきた。

太平洋戦争に突き進んだ戦前の日本社会もこんな感じではなかったか。戦前、日本は東條英機に代表される一部の好戦的な指導者が戦争を始めたというより、社会の空気が軍に味方し、戦争に傾いていった。日米開戦の数年前まで、米国と戦争をしようなどと考えていた知識人はほとんどいなかったにもかかわらずだ。

今の日本でも、原発の安全性や経済性に国民は多かれ少なかれ疑問を抱きつつ、なんとなく再稼働を求める空気が醸成されつつある。

裁判のように「疑わしきは罰せず」

関電は昨年、「原発を動かさないと電力が不足して大停電が起きる」と脅して大飯3、4号機を再稼働させた。原発がなくても節電で乗り切れたことが判明すると、今度は「電気料金の値上げで企業はやっていけなくなる」と論点をすり替えた。

今年春に値上げを果たしてしまうと、「原発停止の燃料費増で国富が3兆8千億円も海外に流出している」などと言い出す始末。今は再値上げをチラつかせ、世論を誘導しようと躍起なのである。

現実の日本は、国富の流出を吸収して経常黒字を確保しているし、企業業績やGDP(国内総生産)も円安株高を背景に順調に伸びている。皮肉なことに、電気代の値上げは消費者物価指数(CPI)の上昇に貢献している。賃金が上がらないと庶民の暮らしは厳しくなるが、政府・日銀が重視している「デフレからの脱却」は、消費税率の引き上げとセットで近づいている。

原発の重要施設の下を走る断層が活断層かどうか、専門家の知見を持ってしても容易にわからない。だから慎重に調査と議論を重ねてきたのに、原発推進派は膨大な時間とお金をかけて敷地を掘り返すのは「悪魔の証明」の手法だと非難する。刑事裁判のように「疑わしきは罰せず」を求める。

だが、ひとたび事故が起きてしまうと取り返しがつかなくなることは、東京電力の福島第一原発が証明している。

1万4千年ほど前、地球は氷河期だった。海面は今より120~140m低く、日本列島は朝鮮半島やサハリンと陸続きだったことがわかっている。『137億年の物語』を書いたクリストファー・ロイドによれば、氷河期を脱したのは「地球の公転軌道の変化と、地軸のぐらつきというふたつの原因」により、平均気温が約7度も上昇したからとされる。

原発の立地地点は、氷河期よりずっと前まで遡って地震の痕跡を調べることが義務付けられている。「地震列島」と呼ばれ、インドネシアと並ぶ大地震の多発地帯ではそのぐらい当然だろうが、地形も気候も激変している。当時の日本は今からは想像もつかない姿だったのではないか。

そもそも電力会社がなぜ日本で原発にこれほど執着するのか理解に苦しむ。民間企業が手掛けるには、期待されるリターンに比べてリスクが大きすぎる。

経済界は電気料金の再値上げを避けるため、電力会社に言われるがまま、原発の再稼働を求めている。だが、原発が本当に安いかどうかについて、立命館大学の大島堅一教授や慶応義塾大学の金子勝教授は疑問を呈している。京都大学の植田和弘教授も「電源立地交付金を出すなど、特別扱いしないと安くならない」と断言している。

見えている部分に限っても、原発の経済性が高いという神話は揺らいでいる。実際に電力各社の有価証券報告書などからコストを比較してみよう。

火力より「コスト高」の原子力

関西電力がLNG(液化天然ガス)や石炭など「汽力」で発電した単価(自社使用分を除く)は12年度、1kW時あたり12.9円だった。LNG価格の高騰で東日本大震災前の10年度より18%上昇しているが、実は原子力より安い。原子力は大飯3、4号機しか動いていなかったため利用率が17.7%にとどまり、単価は2年前の3.2倍となる19.2円まで上昇したからである。原発は動かしても動かさなくても減価償却費など多額のコストがかかる。だからこそ関電は「安全の確認された原発は再稼働を」と念仏のように繰り返す。電力9社で見ると、事故が起きた時の賠償金や核廃棄物の最終処分費用を除いても、12年度は1兆2600億円の費用を計上していた。発電単価は何と102.3円になる。

逆に自然エネルギーは案外安い。沖縄を含む電力10社合計で10.4円だった。九州電力と東北電力の地熱発電が貢献している。太陽光発電もコストダウンが進んでいる。堺市にメガソーラーを持つ関電の場合、12年度は34.3円と10年度の半分近くまで下がった。

経済界は電力会社の意向を受け、自然エネルギーの固定価格買取制度についても「負担増につながる」とケチをつけている。太陽光発電は電力需要がピークになる夏の昼間に最も発電でき、ピーク時対策に有効なのに、こうしたことには触れようとしない。コストが問題なら買い取り価格を下げればいいだけである。

業績でも電力会社が隠していることがある。関電の八木誠社長は「原発が再稼働しないと黒字化は難しい」と述べていたが、必ずしも正しくない。関電の場合、大飯3、4号機さえ動いていれば、高浜原発は止まったままでも十分黒字にできる。

例えば13年度の第1四半期は、値上げで売上高が700億円弱増えた。円安で燃料費が390億円膨らみ、発電コストの低い石炭火力発電所を定期検査で止めたことで燃料費が170億円余分にかかり赤字になった。だが、値上げ申請時に人件費を年間500億円削る約束をしていた。これをきっちり実行していれば、少なくとも単体は黒字にできたはずだ。

むしろ心配なのは、節電の定着と値上げで需要がジリジリ落ちていることだろう。今夏の関西地方は観測史上最高の猛暑だったのに、最大電力は10年と比べ10%少なかった。燃料費の高い火力であっても売り上げが多い方が業績にはプラスとなる。節電による需要減こそ、電力会社にはボディーブローのように効いてくる。

値上げをした関電や九電は、原発が1~2基動くだけで電力需要を十分賄えるうえ黒字化が果たせる。だとしても、地域のボスとして振る舞うための圧倒的な経済力は取り戻せない。だから、業績が実態以上に厳しいと見せて、原発の再稼働を執拗に求める。規制委の島崎氏の任期はなぜか他の委員より短くあと1年しかない。彼を辞めさせた時、日本は破滅に向けて走り出すのかもしれない。

   

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