一人一票で最高裁違憲判決「Xデー」

政治の「自浄能力」欠如に、司法から国家改革する機運を。元最高裁判事が語った。

2013年8月号 POLITICS

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「いい加減に、国会議員は学習してもらいたい」。元エリート最高裁判事が、きっぱりこう言い切った。

7月21日投票の第23回参議院議員選挙。ネット選挙運動や「ねじれ」解消の行方が注目される一方で、選挙が無効とされれば議員自身の正統性が問われる「一人一票」問題は意識的に忘れ去られている。野田政権が解散を行った第181国会で可決した参院の「4増4減」改革で、公示日の7月4日現在一票の格差は4.77倍と、昨年10月の最高裁大法廷判決が「違憲状態」と指摘した前回参院選での格差5.00倍を下回る。議員たちはベロを出して譲らない。

「事情判決」の突破口

昨年12月の衆院選の一票の格差訴訟では、17の高等裁判所のうち2カ所で「違憲無効」、13カ所で「違憲違法」の判決が出た。かつては現実追認ばかりで「静かな正義」を自任した裁判所が、その仮面をかなぐり捨てたのだ。本誌は、泉德治元最高裁判事(02~09年在職)に、裁判所、ことに最高裁で何が起こっているかを聞いた。

升永弁護士が出した6月23日付の朝日全面広告と泉徳治元最高裁判事

泉氏は裁判官出身。63年に任官し、判事補時代ハーバード・ロースクールに留学。最高裁判所調査官、人事局長、民事局長兼行政局長、浦和地裁所長、最高裁事務総長、東京高裁長官を経て最高裁判事に就任。キャリアの半分を最高裁事務総局の要職で過ごした司法官僚であり、69年の「青法協問題」後の厳しい裁判官人事統制時代、司法行政側のプレーヤーでもあった。

しかし、正しいと思ったら筋を曲げないエピソードも漏れ伝わる。最高裁判事に就任すると多数の思い切った補足意見・反対意見を書いて、司法界に驚きを与えた人物でもある。

「違憲判決を書いて国会に干渉する。裁判官には、そのことに基本的にためらいがあります」

泉氏は開口一番、こう語った。本誌4月号で紹介した、福岡高裁で独自に違憲判決を下した森野俊彦裁判長(当時)の苦悩とも通じる裁判官の悩みだ。 

選挙区割りや定数は国会が自ら法律で決めることになっている。その裁量を広く認めるのが憲法の趣旨であり、一方で違憲立法審査権を持つ裁判所がどこまで踏み込めるかが一票の格差訴訟50年の歴史だった。泉氏は、その突破口は「違法だが選挙は有効」という76年4月最高裁大法廷判決の「事情判決の法理」にあったと指摘した。

現実に与える影響を重視して「現状維持」とするこの判例は、一般的には裁判官の消極姿勢の象徴として悪名高い。だが、泉氏は「裁判官が一歩踏み出して『違法だ』と言った。これこそ戦後日本の最高の判決だ」と絶賛する。水面下で政治と司法の暗闘があり、司法権を守るための妥協だったとされる判決の再評価だ。しかし「裁判官が積極派と消極派に大きく割れ、積極的な判決が続かなかった」と泉氏は悔やむ。衆院は3倍、参院は6倍まで許容されると結果的に政治に思わせたからだ。

流れが変わったのは、国会のあまりの自浄能力のなさに、裁判官の間に「民主主義システムを守るのは自分たち」という意識が高まったこと、社会構造が変わり、行政や経済に任せておけないという機運が高まったからだという。升永英俊弁護士らが一人一票訴訟を全国で起こした戦術も一役買った。

「以前は東京高裁だけの提訴で、高裁判事は最高裁の顔色を窺って判決を書いたが、全国で判決を競い合う空気が生まれ、『聖域のない良識』が発揮された」

昨年の大法廷判決では、①参院の特殊性から投票価値が平等でなくてよいという理由はない、②都道府県を参院選の単位としなければならない憲法上の必要もない――と述べている。

①は「参院特殊論」、すなわち「良識の府」「熟考の府」だから衆議院と性格が異なる、「一人一票」にはそぐわないという考え方を否定したもの。「もともと参院はねじれ状態を予定して作られた」と指摘するのは、選挙制度に詳しい情報セキュリティ大学院大学の湯淺墾道(はるみち)教授だ。戦後の議会改革で、無産者政党が多数を占めると予想された衆院の多数決民主主義の行き過ぎを、旧華族・旧官僚らを代表する参院に抑制させるのがそもそもの狙いだった。

しかし参院は、衆院と同じ二大政党制となり、近年の「ねじれ現象」で、むしろ衆議院よりも力が強くなった。その「実質を見る」考え方に最高裁は大きく舵を切ったのだ。

②は3年ごとに半数を改選する現在の制度の下で定数は必ず偶数になるから、衆議院よりも一票の格差が大きくなる。「現在の参院は衆院と同じ。ならば、一人一票の原則に則ることが必要だろう」と泉氏。

「合理的期間」の争点

一方、湯淺教授は「最高裁判決がよく使う『社会的通念』という言葉は、少数派を多数派の圧迫から保護するのではなく、多数派民意の政治的決定を尊重・擁護するスタンス。最高裁が一人一票を徹底させることは、多数派の定義が地方から都市住民に転換されたことを意味する」と指摘する。泉氏は「かつてのような経済成長はもうない。これからは富の配分でなく、借金の配分だ。ならば、有権者一人ひとりが主張できる一人一票にすべきだ」という。

最高裁が積極的な憲法判断に出る兆しがある。大法廷判決が出る直前、4増4減案が国会審議されていた。弁護士出身の田原睦夫判事は反対意見の中で「(最高裁が)繰り返し求めてきた選挙制度の抜本的な見直しと程遠い」と批判、さらに「本当に実行されるか疑わしい」とまで言った。個別意見とはいえ国会審議中の立法を批判するのは異例のことだ。

泉氏は、7月参院選後に升永氏らが全国で起こす無効訴訟の争点は①違憲状態かどうか、②制度を見直す合理的期間が過ぎているか――の2点に絞られると見て、「最高裁は合理的期間で国会議員に逃げを与えないよう、はっきり違憲を宣言して退路を断つべきだ」と言う。升永氏らの弁護団も6月23日の朝日新聞全面広告で「合理的期間は徒過(とか)済み」とする論理を全面展開、「これで完璧に逃げ口は塞いだ」と胸を張る。最高裁が選挙無効を宣言する「Xデー」(藤田宙靖(ときやす)元最高裁判事)は、もう遠い先の話ではない。

   

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