キンドル来襲で「電子書籍」消耗戦

出足で躓いた楽天を尻目にアマゾンが日本上陸。体力勝負で国産に勝ち目はあるか?

2012年12月号 BUSINESS

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アマゾンのキンドルがついに上陸

EPA=Jiji

迎え撃つ楽天のコボ

AFP=Jiji

10月24日、突如インターネット上に「頼んでもいないコボタッチが届いた」という書き込みが相次いだ。コボタッチとは楽天が7月に発売した電子書籍端末。実は、楽天が発行するクレジットカード「楽天カード」のプレミアム会員宛てに突如、コボタッチをばらまき始めたためで、頼んでいない電子書籍端末が届いたことでとまどう会員も多かったようだ。

同端末の販売価格は7980円(当時)。楽天が太っ腹な優遇サービスに打って出たように見えるが、実際は違う。米アマゾンドットコムが10月24日、ついに日本でサービスを開始することを発表し、焦った楽天が会員優遇と称して無料でばらまき始めたと見るべきだろう。

それもそのはず。「(目標としていた100万台には)いっていない」(楽天の三木谷浩史会長兼社長)。楽天の当初の勢いは見る影もなく、実際の販売台数は十数万台にとどまっているもようだ。発売時に大々的に打ち上げた花火も、製品の初期不良に加え、悪評が広がった製品に対するクチコミ掲示板のコメント削除など、度重なる失態を繰り返し、大きく躓いた。

さらに、パンフレットに日本語の電子書籍約3万冊と表記していたにもかかわらず、実際には2万弱の書籍しか揃えられなかったため、消費者庁が景品表示法上の観点から楽天を行政指導。10月26日、楽天はこれを公に認め、謝罪した。

アマゾン、容赦なく楽天潰し

焦る楽天は11月1日、新製品の投入を発表した。アマゾンが発売する暗所でも見やすいフロントライト付きの「キンドルペーパーホワイト」への対抗策として11月15日から同様の仕様を持つ「コボグロー」を発売する。さらに、カラー液晶を採用したタブレットデバイス「キンドルファイア」への対抗として「コボアーク」を、投入時期を未定としながらも発表している。

世界市場で圧倒的シェアを持つアマゾンは、王者の貫禄をもって楽天の動きを静観するとみられたが、実際は大きく異なった。11月7日、突如まだ販売もしていない8480円のキンドルペーパーホワイトの値下げを発表したのだ。価格は楽天のコボグローと同じ7980円。発売前から値下げするなど前代未聞の出来事。国内市場だけは死守したい楽天と、徹底して楽天潰しに動く「肉食」アマゾン。2社の対決が自ずと他社をも消耗戦に巻き込んでいく。

皮肉を込めて言えば、2010年頃にも電子書籍元年と呼ばれた時期があった。ソニーやパナソニック、シャープがしのぎを削ったが、今やまともに展開し続けているのはソニーだけ。パナソニックの電子書籍端末「U
T-PB1」は楽天が運営する電子書籍マーケット「ラブー」と組んだが、「実質、売れたのは2千台前後」(パナソニック関係者)という惨憺(さんたん)たる結果だけが残った。コボを自ら投入した楽天は、ラブーについては13年3月末に閉鎖することを既に決めている。

電子書籍のラインナップも揃わない中で、当時のメーカーは端末からも利益を上げようとした。価格は下がらず、見合うだけのコンテンツ数も揃わずで、メーカー主導の市場はついに立ち上がらずじまいだった。

在庫リスクという未経験の罠

だが、今回は違う。楽天にせよアマゾンにせよ、インターネット企業が主導しているからだ。彼らは端末そのものは利益度外視。とにかく電子書籍を販売するための面を押さえに行こうと、端末価格は躊躇なく下げるから、価格破壊のスピードが速い。

とは言え、同時にインターネット企業故の落とし穴もある。ハードウエアを持つ電子書籍端末事業は、経験したことのない「在庫リスク」に晒される恐れがあるからだ。

一例は、11月7日に電子書籍端末「Lideo」の発売を発表したブックライブの挙動だろう。同社はLideoを自前のウェブサイトと三省堂書店の店頭でのみ販売する形をとったが、なぜ圧倒的集客を誇る家電量販店で販売しないのか。その理由を「本が好きな人たちが集まる書店にこそ需要がある」(ブックライブ)と説明するが、実態は「そこまで販路を広げるほど台数を生産していない」(業界関係者)のが本音だという。

そもそも同社はこの端末をもっと早く仕掛けたかったようだが、「親会社である凸版印刷が端末販売に本当に踏み切っていいのか相当悩んでいたようだ」と業界関係者は明かす。確かに凸版印刷にとってハードウエアを製造しているメーカーは印刷業における取引先でもある。こうしたメーカーと競合する製品を出すことで本業に影響を来すことがあってはならないと慎重になっていたようだ。

しかし、結局は電子書籍市場という市場変化に乗り遅れてはならぬとゴーサインを出した凸版印刷。それでも在庫リスクだけは怖い。同社は「10万台を製造している」(広報)と事業の本気度を広くアピールしているが、実際には在庫リスクを恐れて「半分程度にとどまっている」(業界関係者)もようだ。

既に世界中で実績を積んでいる王者アマゾンといえども決して安泰とは言えない。「日本市場に投下できる台数が思った以上に少ない」(業界関係者)と指摘する声もあり、場合によっては大幅な機会損失を免れない可能性もある。

電子書籍端末は1人1台以上持つ理由が少ない。すでに荒れ模様の電子書籍市場だが、各社が販売をし始める12月にはほぼシェアが決まってくるだろう。だが、出版社からは特に電子化を急ぐ理由もないため、「淡々と電子化を進めていくだけ」(大手出版社)という冷めた声も聞こえてくる。電子書籍そのものの販売の立ち上げに時間を要すれば、電子書籍事業者の収益化は遠のく一方だ。長期合戦に耐えうるだけの財政基盤をほかで築いているかどうかが勝負の分かれ目かもしれない。

体力勝負になだれこむ電子書籍市場からは、早くも淘汰の足音が聞こえてくる。

   

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