「友好」「絆」の美辞麗句。が、東北の弱り目につけこみ、技術と人が狙いと公安は警戒する。
2012年11月号 GLOBAL [チャイナリスク]
日本友好会館が主催して開かれる予定だった「日中メディア懇親会」の案内状
左上に「絆」と記されたロゴマーク、そして「キズナ強化プロジェクト」という表題――東日本大震災の被災地にエールを送るNPO(非営利団体)と紛らわしいが、文書の右上には「公益財団法人・日中友好会館」とあり、これが主催者なのだろう。
尖閣問題で日中が緊迫、中国の対日インテリジェンス活動も「友好」の名のもとに着々と浸透している。その“対日工作団体”が主催する交流会の名を借りた案内文書だが、「実態は協力者獲得工作プロジェクト」と公安関係者にみられている。
この文書によれば、10月15日、グランドプリンスホテル新高輪の国際館パミールに日中双方の関係者が集まるはずだった。メーンイベントは「平成24年度・中国青年メディア関係者代表団・日中メディア懇談会・ワークショップ」。だが、10月1日、主催者は突如イベントの中止をリリースした。
どんな催しだったのか。文書ではこううたっている。「当財団は外務省の委託を受け、アジア大洋州地域及び北米地域との青少年交流(キズナ強化プロジェクト)の日中青少年交流事業を行っております。同事業の一環として中国国務院新聞弁公室が派遣する中国青年メディア関係者代表団第2陣が日本を訪問することとなりました」
中国の新聞・放送・出版・インターネットなどメディア関係者90人の代表団が8日間滞在し、日本のメディア関係者と交流を深めあうという趣旨だ。
「滞在期間中、キズナ強化プロジェクトに基づく東日本大震災被災地への訪問を通し、日本の震災からの再生に関する理解を深めるほか、今回のテーマ、クールジャパン(コンテンツ産業、伝統工芸)に基づく視察、関連機関・施設の訪問などのプログラムを実施、日本に対する包括的な理解を促進する」
いかにも美辞麗句だ。15日は日本のブランド戦略に関して外務省からブリーフがあり、竹下俊郎明治大学教授が「メディアの役割と議題設定」の基調発表を行う。2日目は大手メディア3社、時事通信、フジテレビ、NHKの各本社を見学する予定で、17日から五つに分かれて岩手や宮城の被災地のほか、青森、秋田、神奈川、山梨を視察することになっていた。
とりわけ目を引くのが作曲サイトの仮想アイドル「初音ミク」を生んだクリプトン・フューチャー・メディアをわざわざ北海道で視察する企画。公安関係者は「中国お得意のパクリが狙い」と冷ややかに見ており、警視庁の「公安総務課と外事2課の合同捜査本部が設けられ、参加者への監視を行っていた」(公安部関係者)という。
地方を回る代表団の「目的はただひとつ、現地メーカーの技術だろう」と公安は見る。東北地方には、大手メーカーの基幹部品を手掛ける町工場が数多くあり、その人材やノウハウがターゲットだろうと見ていて「震災で弱り目の地域から、技術者のヘッドハンティングを含め、ごっそり持っていくハラだ」と公安は警戒していた。
代表団は表向きメディア関係者というが、文書では「青年指導者・公務員」「若手実業家」「大学生」などと書かれている。実は国家安全部、外交部、人民解放軍の工作員。“真空掃除機”の異名を取る中国スパイの特徴で、人から徹底して情報収集する気だったのだろう。
中国の対日工作の基本原則は謀略で敵を上手に利用しながら勝利を収めること。「中国にとって日本はあくまでも資本主義圏の敵国。決して友好の対象ではない。中国の考える友好はあくまでも状況に応じた謀略にすぎない」(内閣情報調査室関係者)
苦い経験が日本にはある。1998年の橋本龍太郎元首相の「ハニートラップ」事件。日中友好病院の実現など自民党厚生族のドンだった橋本は、対中ODA(政府開発援助)の医療分野に深く関わり、度々中国を訪問していたが、衛生部の女性通訳がインテリジェンス関係者だった。「親中の村山内閣に代わり、タカ派の橋本政権の登場を警戒していた中国は、日本の週刊誌に橋本ネタをリークした」(前出の公安関係者)。女性工作員の証言まで報じられた橋本は、やがて政権の座を追われた。
日本の国内メディアへの浸透も深刻だ。昨年夏、日比谷公園内のレストランで2人の男が会食していた。精悍な顔立ちの中国人と、小太りでサラリーマン風の日本人。かたや中国中央電視台(CCTV)の記者で、半年ぶりの再会を喜んでいたが、警視庁公安部が50人体制で密かに監視していたことに気づいていなかった。この中国人記者は共産主義青年団(共青団)幹部で来日は三度目。この日も成田から尾行されていた。2人が別れると、公安部員が日本人に“アタリ”をつける。「先ほどお会いした男性とはどのような関係ですか」
男は当惑気味に「昔からの友人です」と言って去ったが、たちまち身元を洗われた。在京放送局記者で30代。妻も中国人で、記者クラブに一時所属していた。男は97年から地方放送局で7年間勤務。その後中国に渡り、現地で放送関係の仕事に携わった。08年に帰国後、放送局に入っている。公安は「記者クラブのレクや人事の情報を中国側に流している」と見ているようだ。
日中友好会館は武田勝年という新華僑(※訂正:63ページ下段の右から4行目、「武田勝年という新華僑が」とあるのを「武田勝年が」に訂正します。事実誤認をお詫びします)が理事長を務めているが、在日華僑団体による工作網は公安に常にマークされている。05年3月、北京で開催された全国華僑工作会議で胡錦涛国家主席が「民間外交を推進し、各国人民との友好を拡大し、華僑工作は重要な役割を果たせ」とハッパをかけた。日本では科学技術系、教育系などの新華僑組織8団体による日本新華僑華人会がその工作拠点と目されている。
最近活発化しているのは日本中華総商会。在日華僑組織の左派だが、尖閣領有権をめぐって対日宣伝活動を担っているとみられている。「日本が尖閣を国有化した9月、福建省で中国、台湾、香港の活動家らが集まり、総商会と一体で国有化を非難する運動を徹底することが確認されている」(政府関係者)
尖閣国有化で日本企業が焼き打ちに遭ってから、公安の包囲網は一段と強化された。その火中に交流名目で協力者を釣るのはあまりに危険と判断したのだろう。イベントは中止されたが、隙あらば仕掛けようと、中国は虎視眈々と狙っている。(敬称略)