「官邸デモ」を黙殺した大マスコミ

首相官邸に属する新聞・テレビの記者は数百人。彼らの耳にも「大きな音」でしかなかった。

2012年8月号 DEEP

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「正しい報道ヘリの会」が空撮した首相官邸前デモ(6月29日、野田雅也=JVJA 撮影)

大飯原発の再稼働に反対するデモが今年4月以降、毎週金曜の夕方から夜にかけて総理大臣官邸前で続いている。参加者は回を重ねるごとに増え、野田政権が再稼働を決定する前日の6月15日には1万人を超えた。ところが、官邸内と周辺にいるはずの数百人の記者は、このデモのことをほとんど報道してこなかった。一体、なぜなのか。

デモを主催しているのは「怒りのドラムデモ」実行委員会、「脱原発杉並」有志、「NO NUKES MORE HEARTS」などの市民グループが結集した「首都圏反原発連合」。

毎週のデモには、お馴染みの労働団体や学生団体のメンバーもいるものの、会社帰りのサラリーマンやベビーカーを引いた子連れの女性、高齢の夫婦など「普通の人」が多く、遠方から一人でやって来る人もいる。

プラカードは手づくりでバラバラ。多くの参加者がスマートフォンを掲げ、写真や動画を撮影している。従来のデモとは全く様子が異なっている。

関係者によると、デモの参加者は当初、数百人だったが、インターネットのツイッターやフェイスブックなどで呼びかけ、千人、数千人、1万人、数万人と次第に多くなっていった。

「ツイッターだと、参加を呼びかける書き込み(ツイート)を見た人が自分の書き込みを見ている人(フォロワー)に、それを拡散(リツイート)し、それを見た人がさらにリツイートする。そうやってデモの情報が広まり、普通の人がたくさん集まっている。エジプトなどで政権が倒れた『アラブの春』と同じ現象だ。参加者は今後も増え続けるだろう」と、ネットに詳しいジャーナリストはみる。

東京新聞に「クレーム殺到」

こうして多くの人が毎週押しかけている官邸の1階には、日本最大の記者クラブがあり、新聞・放送・通信など約100社の400人を超える記者が所属している。また官邸そばの国会記者会館内にも数百人の記者がいるはずだが、デモはなかなか報道されなかった。

そればかりか、金曜になると記者会館の前には「本日は会員社以外の立ち入りを禁じます」という看板まで登場し、記者たちはデモの参加者と一線を画そうとしているようだ。

大手紙の元記者はデモが報道されなかったことについて、次のような事情があると推察する。

①官邸記者クラブや国会記者会館にいるのは主に政治部の記者たちで、デモを取材してきた社会部ではないので、自分たちの仕事ではないと考えている。

②社会部は本社や記者クラブにファクスで案内が届かないと取材を手配せず、SNSによる告知はチェックしていない。

③ほかの社がやらないので無視してきた。

④SNSをバカにしているので、参加者が増えていることがおもしろくない。

「①はまさに役所のような縦割り。目の前で起きている市民の行動を取材しない記者に社会的な価値はない。②の時代遅れはもはや笑い話の世界。③の横並びからは仕事への情熱が感じられない。④は中年以上が中心の新聞読者と若い人が多いSNS利用者は重ならないかもしれないが、そんな事情で報道内容を決めていいのか」と元記者。

さらに「新聞社もテレビ局も一部を除いて給料が高く、記者たちは富裕層。デモなんてやっているのは、どうせ若い非正規社員の連中だと思っているのかもしれない」と指摘する。

6月21日の東京新聞朝刊。同月15日のデモを報道しなかったことについて、苦情が100件以上届いたことを明らかにして「当然報じるべきでした。掲載に圧力がかかったわけではありません。取材を担当する部署内の連絡ミスで、当日、現場に出向いた記者がいなかったのです」と釈明した。

その上で「これを重く受け止め、ミスをなくす取材態勢を整えました。時の政権への市民の異議申し立てを記録していくことは、ジャーナリズムの重要な役割です。『主権在官』を打破し、主権者の意思を国の政策決定に反映させる。それを後押しする本紙の姿勢は揺らいでいません」という主張を展開した。

「官邸周辺にいた記者が取材しなかった理由は説明しておらず、言い訳にすぎない」。前出の元記者は批判するが、東京新聞は6月22日のデモを1面と社会面で大々的に報じた。

東京新聞と同様にクレームが相次いだのか、22日のデモは朝日や毎日、共同通信なども報道した。テレビ朝日の報道ステーションは現場に女性アナウンサーを派遣し、参加者にインタビューした内容を放映した。しかし、デモをやっている人たちのマスコミ不信は収まらない。主催者発表で10万を超える人が集まったという翌週29日のデモでは、マスコミで報じられない市民の動きを伝えようと、参加者自ら空撮用のヘリコプターをチャーター。写真と動画を撮影し、すばやくネットにアップした。非営利の活動であれば、写真と動画は誰でも利用できる。

朝日の社説は「きれいごと」

この日は7月1日の再稼働を目前にして、デモは空前の盛り上がりを見せた。「官邸周辺にあれだけの人が集まったのは、60年安保以来ではないか」(前出のジャーナリスト)

ヘリをチャーターしたのは「正しい報道ヘリの会」。反原発をずっと貫いてきた作家の広瀬隆さんやフリージャーナリストの綿井健陽さん、NPO法人「Our Planet TV」の白石草さんらが動いたという。

ヘリの費用としてカンパをメールで募ったところ、こちらもメールが全国をめぐって、わずか1週間で募金は800万円を超えてしまった。

元記者は新聞やテレビに携わる人たちに「マスコミに不信感を持つ人がいかに多いか、自分たちがどれだけ信用されていないか、受け止めるべきだ。市民の声に耳を傾けず、役人にゴマをすって他社より早く役所の動きを報じても、読者・視聴者は喜ばない」と反省を迫る。

29日のデモの際、野田佳彦首相は官邸から公邸に移動する途中「大きな音だね」とSPに話しかけたという。朝日は7月4日朝刊に「音ではなく、声をきけ」と題する社説を掲げたが、自分たちも6月半ばまで、デモは「大きな音」と思って報道してこなかったではないか。一転して、きれいごとを論じても相手にされないだろう。

   

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