音楽業界主導で違法ダウンロードに刑事罰。警察に恣意的摘発の懸念も。
2012年8月号 BUSINESS
匿名ハッカー集団「アノニマス」が日本の官公庁に抗議の攻撃を仕掛けた
AFP=Jiji
「ちょっとミスしました。誤爆ごめんな(笑)」。この片言の日本語でのツイッター発言でファンを増やした集団がある。国際的なハッカー集団「アノニマス」だ。事の発端は日本の著作権法の一部が改正され、違法ダウンロードに対する刑事罰が導入されることが決まったことだ。
これに対して、アノニマスは「歴史的に最も偉大なイノベーションの故郷である日本」が改正著作権法を成立させたことに対し、「多数の無実の市民が不当な懲役刑を受ける」とし、著作権侵害問題の解決にはほとんどつながらないことを確信していると主張。6月27日には、財務省、最高裁判所、国土交通省などを標的にした「オペレーションジャパン」と称したサイバー攻撃を行った。
しかし、「霞が関」と「霞ヶ浦」を間違えて霞ヶ浦河川事務所のサイトを攻撃してしまう「誤爆」があったため、冒頭の謝罪につながったのだ。たどたどしいツイートに、ネットでは「カワユス」「どじっ子萌え」といった発言も見られたが、彼らの実態は可愛らしい発言には到底似つかわしくない集団だ。
記憶に新しいのは、ソニーとの激しい攻防合戦だろう。2011年1月、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)の米子会社であるSCEアメリカが同社のゲーム機「プレイステーション3」のプロテクトを解除し、違法ソフトでも動く方法を見つけたハッカーを提訴して損害賠償を求めた。同社のこの行為を快く思わなかったアノニマスはプレステ公式サイトなどソニーの複数のサイトに対してサイバー攻撃を開始。その後、アノニマス側は関与を否定しているものの、1億件を超える個人情報流出事件へとつながり、ソニーは甚大なダメージを被った。
そのアノニマスが今回、日本の官公庁を狙う背景となった改正著作権法とはどういうものか。国会で可決されたのは6月20日、今年10月1日から施行される改正著作権法では、ネット上の有料の音楽や動画を海賊版と知りつつ、ダウンロードすると罰則を受けるようになるというもの。これまでも違法コンテンツをインターネット上に投稿すると10年以下の懲役または1千万円以下の罰金が科されるほか、ダウンロード行為そのものも10年1月の法改正で違法行為となっていた。今回、新たに定められたのは違法コンテンツのダウンロードに対して2年以下の懲役、または200万円以下の罰金を科すというものだ。
音楽業界関係者は「今回の改正著作権法が消費者における利便性を高める」とみる。その最大の動きがビクター、エイベックス、ワーナーミュージック・ジャパンといった大手レーベルによるデジタル著作権管理(DRM)の撤廃だ。
従来、音楽会社や配信会社は音楽の著作権を保護するため、楽曲に暗号化を施し、自由な複製を禁じる手を打ってきた。そのため、配信ストアで購入した楽曲を別のメーカーの端末で視聴するといったことができず、利便性を大きく損なってきた。さらに、既にアップルの「iT unesストア」やアマゾンがDRMフリーで楽曲を配信しており、DRM自体が時代遅れの戦略でもあった。
音楽業界は今回の罰則規定の強化によって違法ダウンロードに対して抑止力が働くと期待しており、ようやくDRM撤廃の動きが広がってきたのだ。これが実現されれば、一度購入した楽曲は自由に様々な端末に移して聴けるようになるため、消費者の利便性は一気に高まる。これまで業界内の都合で利便性を損ねてきただけとも言えるが、低迷を続ける音楽配信市場にとっては大きな転換期になりそうだ。
だが、今回の改正について専門家の見方は厳しい。アノニマスが突如として反対活動を開始した背景は不明だが、他にも慎重な運用を求める声は少なくない。ファイル交換ソフト「ウィニー」の開発者が逮捕された裁判で弁護人を務めた北尻総合法律事務所の壇俊光弁護士は「最悪の改正だ。条文の拡大解釈が可能で、警察による恣意的運用の可能性が高すぎる」と指摘。「著作権法は処罰の範囲が曖昧に広いことを利用して、逮捕の口実として使われてきたという恣意的運用の実績があり、別件逮捕にも使われる危険性がある。特に刑事罰化は、一時的にPCにデータをダウンロードする仕組みのユーチューブを観ただけでも逮捕されかねない条文であり、特にその危険性が高い」と警鐘を鳴らす。
日本弁護士連合会もまた反対の立場だ。可決の翌日、私的領域の行為に対する刑事罰を規定するには立法手続き上、大きな問題があったと表明。国民生活に重大な影響を及ぼす可能性がある法律改正が、衆参両院でわずか1週間足らずで審議され可決されたという国民不在の法改正に対して異を唱えた。
インターネット経由での一部医薬品の販売を規制した改正薬事法が施行されたのは09年6月。規制を加えた厚生労働省の裏には、日本チェーンドラッグストア協会など既存勢力の圧力があったとされている。しかし、3年経過した今、同協会はオンライン販売に対して積極的な姿勢を見せている始末だ。
今回の不自然な刑事罰導入にも同じ構図が透けて見える。参院文教科学委員会に反対の立場として参考人招致されたジャーナリストの津田大介氏は、質疑の場で「一部の業界の意見だけを聞いている」と、音楽業界の要望を受けた自民・公明の議員立法による修正案で刑事罰導入を改正案に盛り込んだ経緯を批判。刑事罰の導入は消費者を萎縮させコンテンツを買わなくさせるだけとの見解を示したが、その声は届かなかったようだ。前出の壇弁護士も「政党の取引材料に使っていい法律ではない」と経緯を憤る。
改正法は処罰の範囲が広く、今後規制範囲が広がっていく恐れが十分にある。拙速な導入の結果、コンテンツ市場がシュリンクしてしまった時の言い訳を音楽業界や賛成した政治家たちは用意しているのだろうか。「ちょっとミスしました」では済まない問題なのは明白だ。