「トーハンの上瀧天皇」82歳退任の舞台裏

2012年7月号 BUSINESS

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出版取次大手トーハンに長らく君臨してきた上瀧(こうたき)博正取締役相談役がついに退任する。今年82歳の上瀧氏は1991年の社長就任以来、出版業界で「トーハンの天皇」と言われるほど大きな影響力を誇ってきた人物だ。99年に会長に、2010年には相談役に退いたものの、その後も同社の経営に強い発言力を及ぼしてきた。だが、同社はデジタル化への対応の遅れなどから、ライバルの日本出版販売に11年の取引書店数で逆転されるなど、ここ数年は経営不振に喘いでいる。12年3月期の決算で、売上高が6年連続の前年割れとなったことから、さすがの上瀧氏も責任を取らざるを得なかったとの見方が強い。

だが、引退の舞台裏では同社の経営権を巡り、出版業界を巻き込んだ泥仕合が展開されていた。トーハンと取引のある出版社幹部が憤る。「5月14日に上瀧氏から、山﨑厚男会長と近藤敏貴社長に退任を迫るメモが届いたそうだ。上瀧氏自身も一緒に責任を取って身を引くので、後任には相談役を務めているポプラ社の坂井宏先社長を就かせるとの内容だったという。信じられない話だ」

近藤社長はそもそも上瀧氏が子飼いにしてきた人物だ。だが、経営状態に危機感を覚えた近藤氏の改革姿勢を上瀧氏は快く思わなかったようだ。業界関係者は「引退しても影響力を残せるよう、坂井氏を傀儡にしようと考えたのだろう」と見る。

慌てた山﨑氏と近藤氏が確認に走ると、坂井氏は社長就任を前向きに検討していると返答。前出の出版社幹部は「両氏が説明を求めると、坂井氏はセブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文氏の意向があったことを仄めかしていた」と明かす。鈴木氏は元々トーハン出身で上瀧氏の後輩にあたり、同社の陸上部でも一緒だった仲。同社の取締役も務めており、上瀧氏が権勢を誇れた一因に鈴木氏との蜜月があったことは周知だ。同社売り上げの約5分の1はセブン&アイとの取引という関係だけに、山﨑氏と近藤氏は対応に苦慮していたという。

だが、上瀧氏の狙いが坂井新体制であることを知った他の出版社と書店が一斉に反発。同社の株主には多くの出版社が名を連ねていることもあり、業界を巻き込んだ大騒動となった。大手出版社の編集長は「出版各社と関係のある取次会社の社長に、いち出版社の社長が就くなどフェアではない。まさに老害だ」と怒りを露わにする。

関係者によると、同社の役員や部長クラスの間にも反対する声が広がったという。結局、予想外の反発を受けた上瀧氏は坂井案を撤回。藤井武彦財務顧問が社長に、近藤社長が代表権のある副社長に降格することと引き換えに引退する道を選んだ。

坂井氏は弊誌に対し「5月21日に山﨑氏と近藤氏に社長を受けて頂きたいと言われた。私は驚いたが、皆さんから100%の推挙があるなら受ける用意もなくはないが、ありえない話ではないかと返答した。翌日、業界からの反対意見も耳に入ってきたので、こちらからお断りさせていただいた。鈴木さんから要請されたこともない」と回答した。トーハンの株主でもあり、監査役を務める講談社の野間省伸社長が「筋の通らない決着だ」と同役を辞任するとの噂もある。トーハンの「天皇引退劇」は出版界に禍根だけを残した。

   

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