世間ナメた東電首脳の「遊泳術」
参考人聴取で責任逃れに終始した勝俣、清水両首脳に賠償請求5兆5千億円の株主代表訴訟が襲いかかる。
2012年7月号 BUSINESS [「亡国の徒」にお咎めなし]

国会事故調での清水正孝前社長(6月8日)
体調不良を理由に国会の福島原子力発電所事故調査委員会での証言を渋ってきた東京電力の清水正孝前社長(67)が、6月8日にようやく調査委の参考人聴取の場に出てきた。事故当時の責任者として早々に聴取に応じてもいいはずなのに、ぐずって報告書のとりまとめ間際に設定させたのは、ほかの関係者に自分の発言の矛盾や虚偽を突く時間的ゆとりを与えないためだろう。菅直人前首相ら事故当時の政権幹部の聴取が終わって自分に不利な発言が出尽くしてから、反論を練って招致に応じるという狡賢い魂胆、作戦が見えるようである。
案の定、反論に徹したのは「撤退」問題。2号機の状態が切迫した3月14日に前社長が福島第一原発の運転員の撤退を政府に求めたとされる問題である。菅政権の閣僚は前社長が完全撤退の許可を求めてきたので拒否したと証言している。撤退していれば福島第一の6基の原発すべてが爆発、手に負えない事態となり、首都圏を含め東日本の広範な地域が住めなくなった。国家存亡にかかわる撤退を口にしたとすれば、無責任そのもの。東電の存続もあり得なくなる。
それゆえ証言では「撤退とは言っていない」の一点張り。「退避と伝えた。退避というのはそこに全員がいる必要はないという認識。最低限の人員を残すという認識だった」と、菅政権の勘違いとの主張を繰り返した。だが、東電本社と福島原発とのテレビ会議の録画には14日夜に「全員の退避は何時になるのか」と聞くやりとりがあったことや、前社長が「最悪のシナリオの検討」を指示していたことを調査委から指摘され、弁明に追われる場面も。
政権幹部とそれまで連絡を取り合っていたわけではないのに、突如、14日夜から15日未明にかけて海江田万里経済産業相や枝野幸男官房長官に尋常でないほど電話をかけまくった事実も突きつけられた。その確認や理由などを質されると、不利な場面ではお決まりの「記憶にない」を連発。前社長が「撤退」要請と受け取られてもおかしくない不自然な行動、伝え方をしていたことは浮き彫りになった。
「勝俣さんはどこの会社の会長か」
聴取で前社長は自らの責任に絡むと言い逃れ、政権の対応のまずさを言っては責任をなすり付ける答弁に終始。事故の責任の重さも、万全の策をとらなかった反省の弁も語らなかった。調査委の黒川清委員長(75)は、現場が「死ぬ覚悟」で対応していたから「撤退」はなかったと結論づけたが、現場の使命感、覚悟に比べて本社上層部の責任感欠如にはあきれた様子。官邸に伝えるべきは「退避要請」でなくて最後まで残る現場の覚悟だったと言いたげだった。
のらりくらりの「遊泳術」は清水前社長に限らない。5月中旬に調査委に呼ばれた勝俣恒久会長(72)は「(経営の)執行の責任は社長、原発の事象の責任は発電所長」と語って、責任回避の発言を繰り返した。政府の対応の不手際を責める時には饒舌になる一方で、自分が責任追及されると関与していないと逃げ回る。津波対策の不備も自分には情報が上がっていなかったと瑕疵を認めなかった。
自己保身に終始する勝俣会長に業を煮やした被災地(大熊町)出身で仮設住宅暮らしの蜂須賀禮子委員から「僕は責任がない、その場にいただけ、僕は何の話も聞いていないから関係ない、責任ないという風にしか聞こえない。勝俣さんはどこの会社の会長さんなのか」となじられる始末。
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