「インフレ目標」出遅れ日銀

バーナンキの先行に白川総裁は二枚舌だが、電機の大赤字は円高無策の「人災」。国が潰れかけても誤りを認めない。

2012年3月号 BUSINESS [FRBの導入に大慌て]
by 高橋洋一(嘉悦大学教授・政策工房会長)

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(左)参院予算委で「FRBが日銀に近づいてきた」と強弁した日銀の白川方明総裁(2月6日)、(右)インフレ目標の導入を決定しQE3を匂わせたFRBのバーナンキ議長(1月25日)

AP/Aflo

米連邦準備理事会(FRB)は1月25日、公開市場委員会(FOMC)を開いて2014年までの超低金利政策の継続を決めるとともに、「長期の目標および政策戦略」に関する声明を発表して2%のインフレ目標の導入を決定した。

これまで「2013年まで続ける」としていたゼロ金利政策は「少なくとも14年の遅くまで継続する」と1年半も延長され、さらにベン・バーナンキ議長が「もし景気回復が躓き、インフレ率が目標に向かっていかない場合には一段の行動をとる用意がある」と金融緩和第3弾(QE3)を匂わせたため、米株式市場ではQE3期待が高まって株価が息を吹き返した。

日銀の反応は、金融政策と同じく混乱していた。表向きはすでにFRBと同じことをしていると言い張る。2月2日の衆院予算委員会で、白川方明総裁は自民党の山本幸三議員の質問に「日銀もFRBも同じような目的のもとに、金融政策を行っていると理解している」と強弁。現行の日銀の枠組みを「インフレ目標の長所を取り込み、短所を除いたより進化した仕組み」と自負する総裁らしいツッパリぶりをみせた。

「理解」と「目標」では大違い

だが、裏では国会議員などに「FRBの目標はインフレ・ターゲティングではない。バーナンキ議長もそう言っている」と説明して回り、民主党の前原誠司政調会長は鵜呑みにしている。これまで日銀は、インフレ目標を採用しない理由を「アメリカもやっていないから」と説明してきたので、FRBの導入は不都合な事実なのだ。

ところが、山本議員から「インフレ・ターゲットでないという日銀の説明は誤訳だ」と切って捨てられた。実際、インフレ目標の世界的権威であるバーナンキ議長は「物価だけを目標とするのをインフレ目標というなら、アメリカは物価の安定と雇用の最大化の二つを達成する責務があるので、その意味でインフレ目標ではない」と言ったにすぎない。中央銀行が二つの責務を持つのはアメリカの事情であり、物価だけをみれば立派なインフレ目標だ。日銀は都合よく議長の言葉をつまみ食いしている。

そもそも日銀がFRBと同じと言い張るのは詐欺に近い。日銀はインフレ率0~2%を物価安定と「理解」しているだけだが、FRBは2%を「目標」(GOAL)と言い切っている。概念上の話ならまだしも、実績は日銀とFRBでまったく違う。

新日銀法が施行された1998年4月から最近までの実績を比較しよう。日本では生鮮食品を除く消費者物価指数(CPI)の対前年上昇率が0~2%、米国では個人消費支出(PCE)価格指数の対前年上昇率が1~3%になっていれば合格とする。日本の合格率は16%、米国は73%。日本の場合、81%はマイナスかゼロなので、「デフレ・ターゲット」と揶揄されるほど惨憺たる不成績である(グラフⅠ)。

かつて日銀は「インフレ目標を採用しても、手段がなく金融政策で達成できない」と言っていたが、FOMC声明文に「長期的なインフレ率は主に金融政策によって決定されるため、FOMCはインフレの長期的な目標を具体的に定める能力がある」と書かれているのをどう説明するのか。

日銀は御用マスコミに、金融を「ジャブジャブ」にしてきたと説明してきた。しかし本誌前号で私は、2000年代の日銀の金融緩和度は世界でビリというデータを示した。リーマン危機以降、世界各国は猛烈に緩和して自国通貨の相対的な量を多くしてきたのに、日本だけが通貨量を増やさなかったから、円が相対的に希少となって、円だけ世界の主要通貨に対して例のない高さとなった。

円高にトンチンカンな説明

1985年のプラザ合意以降、円ドル相場は日米のマネタリーベースの比率で7割程度説明できる。国際金融のマネタリー・アプローチどおりだし、有名な投資家ジョージ・ソロス氏の通称ソロスチャートとも同じである(本誌昨年11月号参照)。

自らの誤りを認めない白川総裁は2月2日の衆院予算委で、リーマン危機以降、世界経済が不確実となり、グローバルな投資家が日本はスイスなどとともに相対的に金融システムが頑健とみているため、円高が進んだとの見方を示した。円高は日銀のせいではないと言い張って、まるでトンチンカンな説明をしている。

が、日銀の無策のおかげで、日本の電機産業が崩壊に瀕している。ソニー、シャープ、パナソニックなど日本を代表するメーカーが12年3月期の業績見通しを軒並み下方修正し、巨額の赤字に転落すると発表した。東日本大震災やタイの洪水、欧州債務危機など外生的な要因もあるが、円高の影響も大きい。はっきり言うが、天災と異なって、円高は当局による人災なのだ。

民間企業と違い、政策当事者は為替水準を政策的に変えられる。私は小泉政権と安倍政権の中でみてきたが、為替を中期的に一定の範囲内にすることは可能だ。当時は竹中平蔵経済財政相と中川秀直自民党政調会長(のち幹事長)が適切なタイミングで日銀に働きかけ、結果として今より円安だった。ちなみに各政権の平均為替レートを見ると、小泉116円、安倍119円と及第点だ。それ以降、福田108円はまずまずだが、麻生97円、鳩山91円、菅83円、野田77円とどんどん円高になっていった。

景気も今より格段に良かった。税収も上がり歳出カットと相まってプライマリー・バランス(基礎的財政収支)はあと一歩で赤字解消のところまでいった。為替介入は一時的な効果しかない。10月31日に一日8兆722億円もの円売り・ドル買い介入をしても、焼け石に水だったのがその証拠だ。永続的に効くのは金融政策である。

円安で救われる輸出企業は、世界の一流企業と鎬を削る日本のエクセレントカンパニーであり、関連企業も多く裾野は広い。一方、輸入業者には円安はコスト高要因だ。しかし、メリットのほうがデメリットを上回り、10%の円安でGDPは0.2~0.6%高まる。輸出企業の関連業界が潤い、設備投資や消費も上向いて雇用環境も良くなる。為替レートと名目GDPの間には大きな相関があり、為替レートと税収の間にも大きな相関があるのだ(グラフⅡとⅢ)。

政府は円高を克服すると言っているが、円高是正ではなく、容認するだけのようだ。野田佳彦首相は4日夜、都内のホテルで中堅企業経営者十数人と懇談、国内製造業が円高で苦境に陥っていると言われて「日本は今の円高を生かしてやれることをやっていくしかない」と述べ、円高を前提にしていく考えを示したという。

「円高克服」とは円高容認か

1月24日の施政方針演説では「歴史的な円高と長引くデフレを克服するため、金融政策を行う日本銀行との一層の連携強化を図り、切れ目ない経済財政運営を行ってまいります」と大見得を切っていたが、電機の大赤字なんて目じゃないのだろうか。

円高が放置されると、企業は収益悪化だけでなく海外移転までせざるをえなくなる。海外移転は一回行うとなかなか戻せないので、国内雇用は一段と悪化するだろう。

それでもおめでたいのが白川総裁だ。6日の参院予算委員会で、物価だけでなく持続的な経済の成長を実現するために金融政策を行うという意味で日銀もFRBも似ていると指摘したうえで、「FRBが日銀の政策に近づいてきたという認識を持っている」と言ってのけたのである。

バーナンキ議長が聞いたら苦笑するだろう。白川総裁は任期があと1年余にもかかわらず、デフレを脱却できず、通貨の過少供給で円高不況の元凶となっている。もともと雇用最大化の責務がないのに、物価安定でも実績がない。先頭を走っているつもりが実態は周回遅れで、1周先んじているFRBが後ろから近づいてきたのだ。

円高無策は日銀と増税一点張りの政府の共犯だから、米国にできるインフレ目標も日本はできない。インフレ目標を日銀に与える日銀法改正について1月27日、みんなの党の渡辺喜美代表が衆院本会議で質問したが、野田首相は「中央銀行の独立性の観点から慎重に考える必要がある」と否定的だった。これでは国が潰れていく。

   

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