「禅僧」有馬頼底の極意は税逃れ

京都仏教界に君臨する能筆家が、問題業者に揮毫の書を売らせて、志納金扱いで“丸もうけ”。

2011年4月号 DEEP

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「僧侶というのは、浮世離れしていることがいいみたいに思われがちですが、そうではありません。介入してこようとする行政に敢然と立ち向かうためには、世間のことを実はよく知っておかなくてはいけない」

日本の仏教界の重鎮中の重鎮とされ、世界遺産で知られる金閣寺(鹿苑寺)と銀閣寺(慈照寺)の住職を兼ねる有馬頼底・臨済宗相国寺派管長は、著書『無の道を生きる――禅の辻説法』(集英社新書)でそう書いている。

「冷暖自知」こそ真の悟りを開く道と説く禅僧が、「知識で武装して世間と渡り合うことは、トップたる者の義務」なのだと言い放つ生臭さ。

現に有馬氏は、京都の仏教界を代表して85年に「古都税」導入をめぐって京都市と対立、拝観停止という戦術で古都税を88年に廃止に追い込むなど、実際に行政と渡り合ったことで知られる。オウム真理教事件をきっかけとして96年に宗教法人法が改正され、行政への毎年の活動報告が義務付けられた際には、「信教の自由の侵害だ」と書類提出を拒否。全国の宗教法人にも同調するよう訴え、行政罰(過料)を科されても、ものともしなかった。

お年寄り狙う問題業者

しかし、娑婆の世界は「敢然」ばかりでは通用しない。

大阪国税局が昨年春に着手した税務調査では、「見解の相違」を理由に半年以上にわたって「敢然と立ち向かった」(有馬氏の周辺関係者)という。が、結局は有馬氏が折れ、09年までの3年間で約2億円の申告漏れを認めて今年1月に修正申告した。重加算税は免れたものの、過少申告加算税などを含む約1億円を追徴課税された。

在阪マスコミの取材には「私には金がない。(自らのポケットマネーで)買った文化財を売らないと仕方がない」と、平然と清貧ぶりを強調していた。とはいえ、相国寺・金閣寺・銀閣寺の三つの宗教法人から受ける給与だけで年間所得は3千万円を超えるとみられ、納税にはそう困るまい。「俗人」からすれば、羨ましいご身分なのだ。

「当代随一の高僧」とされる有馬氏の経歴はなかなかのもの。久留米藩主有馬家の子孫(本家は中央競馬「有馬記念」に名を残す有馬頼寧伯爵で、その従兄弟、正頼男爵の二男が頼底氏)として1933年に生まれ、幼少期に今上天皇の「お遊び相手」だったのが自慢の種。両親の離婚を機に8歳で大分県日田市の岳林寺に入門、得度した。22歳で相国寺に入って修行を始め、13年後に塔頭(たつちゆう)の大光明寺の住職に就任。88年から京都仏教会の理事長を務め、95年に相国寺派の第七代管長に上りつめた。

名門ゆえに傍若無人が許されると思っているのか、しばしば言動が物議を醸す。京都市長(当時)のリコール運動まで起こした古都税騒動とともに、有馬氏の名を世に高からしめたのは、京都市内のホテルや駅ビルをめぐる景観論争だ。古都の景観を守る立場からホテルの高層化に反対、清水寺などとともに金閣寺・銀閣寺に「ホテル宿泊者の入山お断り」と書いた看板を立てて拝観を拒否。「ホテル憎けりゃ、客も憎い」の徹底ぶりだった。

冒頭に紹介した著書で、有馬氏は「反対する人にはそれなりの理論がある」と題し、「手ごわい相手ほど、手厚くフォローすることです。だれよりも先に話をして、より親しくつきあうよう心がける」などとあっけらかんと説いている。ところが、自ら「反対」する場合はとかく強引なやり方になる。周囲の反発を招いた結果、後に清水寺などのように有馬氏側から離れていった寺も多い。

騒動から20年経った今でも、他の宗派の総本山の幹部が「有馬氏は京都の仏教界を代表しているわけではない。一緒にされると迷惑だ」と話すなど、そのスタンドプレーには一部に批判が残っている。

税金問題に戻ろう。国税局に問題視されたのは、能筆家でもある有馬氏の“サイドビジネス”だ。掛け軸を扱っていた美術品販売業者などから受け取った揮毫の謝礼約2億円を税務申告していなかったというもの。その中には、掛け軸を違法販売したとして経済産業省から業務停止命令を受けた美術品販売会社「日彫」(東京)も含まれていた。同社は、判断力の鈍ったお年寄りに電話をかけ、この掛け軸は特定の人だけに用意されたものと偽って一点約40万円で売りつけていた問題業者なのだ。

有馬氏はマスコミの取材に、一枚3万~5万円の謝礼をもらって書画を書いたことを認め、「違法販売は知らなかった。後から聞いて腹立たしく思った」と他人事のよう。結果的に悪徳商法に加担していた「道義的な責任」については何も語っていないようで、マスコミもそこはなぜか深追いしない。しかし「高僧が揮毫したありがたい書画」だからこそ、法外に高い値段でも客が購入したのだ。僧侶なら被害者を思いやる言葉のひとつくらい、あってしかるべきと本誌は考える。

日彫の社長はかつて故平山郁夫氏の日本画を無断で複製・販売したとして著作権法違反の疑いで東京地検特捜部に逮捕されたこともある。これはあくまでも前科だが、そんないわく付きの業者との「取引」が招いた結果だけに、やはり軽率だったとのそしりは免れないだろう。

20年間も無申告のいい加減

何より問題なのは、揮毫の謝礼を「志納金」と称して受け取っていたにもかかわらず、それを個人の財布に入れていたという「丼勘定」。志納金であれ、お布施であれ、宗教家なら所得は非課税と誤解されがちだが、実は違う。宗教法人が受け皿であれば非課税だが、個人として受け取ったのであれば優遇措置は一切なく、事業所得や雑所得として通常通り課税されるのだ。

有馬氏は、揮毫料を遊興費などではなく文化財の購入に充てていたから「悪質なことは一切ない」と釈明している。だが、同時に「個人所得になるとは知らなかった。20年前から揮毫で得た謝礼を申告してこなかった」とも説明している。課税時効の関係などから3年分で約2億円しか追徴対象にならなかったが、実際は過去にさかのぼれば無申告の所得額はその何倍にもなるわけだ。

別の宗派の高僧は、自らを戒めるように言う。「多くの僧侶が、お布施には税金がかからないから何でも『お布施』にしておけば何ら問題はない、と勘違いしているのが実情。本当は寺の会計に入れてお堂の改修費や法衣代など宗教活動だけに使うべきなのに、個人のポッポに入れてあとは知らんぷり、まさに『坊主丸もうけ』の輩ばかりだ」

“表向き”の説明はさておき、有馬氏は国税局の調査に対し、申告しなかった理由について曖昧な説明に終始したとされる。事情を知る関係者は「お布施だから『申告の必要がないと思っていた』といった見解の相違ではなく、単純に申告を怠っていたという『いい加減の極み』というのが実態だ」と解説する。

自らが著書で説いていたように、「トップたる者」には様々な義務がある。申告・納税義務も、齢78の有馬老師は当然ご存じだったはずだが、異色の禅僧は税金も「無の道」に生きるというのか――。

   

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