鳴り物入りで3カ月。月平均7千台余では、3.9世代までの“つなぎ”がとんだ重荷に。
2009年11月号 BUSINESS
お寒~い数字が出た。社団法人、電気通信事業者協会が10月7日、発表した9月末現在の携帯電話事業者別契約者数の統計で、KDDI陣営のUQコミュニケーションズが7月にスタートさせた「モバイルWiMAX」の契約者数(3カ月累計)が初めて明らかにされたのだ。
わずか2万1700件。月平均1万件にも満たない。WiMAXはインテルが主導する通信規格で、クアルコムに席巻された第3世代と次世代(3.9世代)の過渡期を埋める規格として脚光を浴びたが、まさにトホホの出だしである。
2年前は鳴り物入りだった。携帯で光ファイバー並みのデータ通信を実現する2.5ギガヘルツ(GHz)帯の無線周波数免許をめぐり指定席二つを争って、ソフトバンク系、KDDI系、NTTドコモ系、ウィルコムの4事業者が名乗りを上げた。激烈な争奪戦の結果、UQの前身とウィルコムに軍配があがった。
UQは今年2月からの試験運用を経て7月からモバイルWiMAXを正式にスタート、ウィルコムも「日の丸ケータイ」ともいえる次世代PHS(WILLCOM CORE XGP)の正式サービスを10月1日から開始した。しかしウィルコムはそれに先立つ9月24日、産業活力再生特別措置法に基づく「事業再生ADR(特定認証紛争解決手続き)」を申請、銀行団に返済猶予を申し出た。事実上の白旗である。「サービスへの影響はない」というが、事業の引受先を探している(32~33ページ参照)。
UQにも秋風が吹く。モバイルWiMAXは、最大受信速度が毎秒40メガビット(Mb)に達するだけに、ドコモやau(KDDI)など既存携帯の“鈍足”データ通信に不満を持つ携帯オタクやビジネスユーザーが大挙して乗り換えるかと思いきや、予想以上に低調な滑りだしなのだ。
販売の最前線でも「パッとしませんね」(大手量販店の売り場担当者)と浮かぬ顔。2~7月の試験運用中は約8千人のお試しユーザーを集め、正式サービス開始後も「今年度末には数十万人にしたい」(UQの田中孝司社長)という意気込みだったのに空回りしている。
最大のライバルともいうべきイー・モバイルが「100円パソコン」と銘打ち、回線とネットブックの抱き合わせ販売で見た目の安さを演出、毎月数万件から多い月では10万件を超える契約を獲得しているのに比べ、いかにも寂しい。イー・モバイルの利用者からは「ユーザー急増でインフラが追いつかないのか、都心部では下り毎秒数十キロビットなんてことはザラ」という声も聞こえるだけに、UQがごっそりとさらえるチャンスのはずが、100円パソコン利用者には「2年間継続利用」の縛りがあるだけにそれもままならない。
ソニーやパナソニックなど日本メーカーだけでなく、中国・台湾勢もWiMAXモジュールを内蔵したノートパソコンの販売を開始し、新しいデータ通信市場の恩恵にあやかろうとしているのだが、低空飛行を余儀なくされている。せっかくWiMAX内蔵パソコンがあるのだから、UQもイー・モバイル同様「100円パソコン」戦略で攻めるのかと思ったら、「100円パソコンのようなインセンティブ戦略は考えていない」(UQの片岡浩一副社長)という。
「MVNO(仮想移動体通信事業者)や端末メーカーにインフラを提供する立場に徹する」(片岡副社長)と言いきるが、そのインフラにしてもお寒い状況だ。2.5GHzという高周波数帯は、電波の直進性が強く、エリア内であってもビル陰など、いたるところに“穴”ができる。「山手線内の屋外でも途切れたりして不安定になる」「窓から離れた部屋の奥だとつながらない」などと評判は芳しくない。マーケティング理論では「ヒット商品のカギを握る」というアーリーアダプターが発する「つながらないWiMAX」という風評は、ネットを通じて瞬く間に広がり、購買意欲を萎えさせている。
UQは2012年度までに全国人口カバー率90%超をめざすとしているが、それを実現するためのインフラ投資に今後どれだけ資金が必要なのかまったく不透明だ。5月には、09年度中の全国政令指定都市へのエリア拡大をめざし、筆頭株主のKDDIをはじめ、インテル、JR東日本、京セラなどの株主が、総額300億円の第三者割当増資を実施。その後もKDDIの小野寺正社長兼会長は、ロイター通信に「必要があれば追加出資する」と答えているが、契約者集めに苦慮するようであれば、キャッシュフローが回らなくなり、「人口カバー率90%」に要する資金のウワバミのために、下手をするとWiMAXが重い十字架になる恐れもある。
インテルと共同で早くからWiMAXの開発に携わっていたKDDIからすると、自社か完全子会社によるサービス提供を切望しているはずだ。そのほうが基地局などの共用でコスト削減も可能になる。しかし、総務省は2.5GHz帯の免許条件に「既存携帯電話事業者の出資は3分の1以下」という制限を設けた。既存事業者の垂直統合モデルに囲い込まれることで、2.5GHz帯の新サービスまで、ガラパゴス化に感染することを恐れたのだろう。
とはいうものの、第3世代(3G)に異端のCDMA2000を採用したことでドコモやイー・モバイルに比べデータ通信の速度面で後れを取ったKDDIとしては、WiMAXはLTE(3.9世代)までのつなぎとして必要不可欠な存在。もはや引くに引けないのだ。加えて800MHz帯の周波数再編で巨額の基地局投資を必要とする「2012年問題」や、3.9世代への設備投資がKDDIの体力を確実に奪う。UQが早々と沈没したら、KDDIはお先真っ暗となる。
そんなUQが望みを託すのがMVNOである。2.5GHz帯の事業者選定に関して、総務省はMVNOへのネットワーク開放を条件に入れたという背景もある。正式サービス開始後、大手プロバイダーのニフティとビッグローブがさっそくWiMAXに対応したメニューを提供し始めたが、そこに目新しさはない。そんななかで株主のKDDI自身がMVNOとなり、年末からWiMAXを提供すると発表した。法人ユーザーなどから要望の多い、データ通信の高速化をUQに託した格好だ。
さらに、MVNOの先駆けとして実績のある日本通信もNTTドコモの3G回線とWiMAXをシームレスに切り替えながら接続するサービスを年内をメドに開始すると公表した。WiMAX搭載パソコンに、USB型の3G端末を装着、2方式の切り替えをネットワーク側で自動制御するという。
しかしWiMAXがキャズム(アーリーアダプターとアーリーマジョリティーの間にある溝)を超えられるかどうかは、カーナビ、ゲーム機、情報家電といった、非パソコン系のモバイル端末にどれだけ浸透するかで決まる。昨年末の時点で「70社近いMVNO事業者と個別協議を開始」(UQの片岡副社長)しているというが、非パソコン系端末とクラウド系のサービスをセットにして提供するMVNOの登場が勝負を決することになりそうだ。果たしてそれまでKDDIはUQを支えきれるのだろうか。