膨大な証言が炙り出すCIAの「お粗末」

『CIA秘録』上・下

2008年12月号 連載 [BOOK Review]
by 石

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『CIA秘録』上

『CIA秘録』下

『CIA秘録』上・下
(著者:ティム・ワイナー/訳者:藤田博司、山田侑平、佐藤信行)


出版社:文藝春秋(税込み1950円)

アメリカに初の黒人大統領が誕生することになった翌日、新聞にこんな記事を見つけた。大統領選勝利の直後から「オバマ氏は毎日、マコネル国家情報長官ら情報機関幹部による大統領向けの極秘情報の説明を受ける」というものだ。

この本を読む前なら、さすがアメリカと思ったろうが、歴代CIA長官が大統領の歓心を買うため、候補の時点から面会を求め、アメリカが直面している危機の背景情報を説明していると知ると、よけいな心配をしてしまう。黒人大統領候補にもそうしたのだろうか。あるいは逆に、重要な情報が大統領に届かず、情報の暗闇に置かれる心配はないのかと。

第2次大戦直後、パールハーバーのような奇襲攻撃を事前に大統領に報告することを目的に誕生したのがCIAである。長年諜報分野の取材をしてきたピュリッツァー賞受賞記者が、トルーマン大統領からブッシュ現政権まで60年にわたる活動をまとめた本書は、CIAの実態に肉薄した労作であり、同時に数多くの作戦を解き明かし、戦後アメリカの世界戦略を裏面から映し出してもいる。

何よりも驚かされるのは、「見えない政府」とまでいわれるCIAのやることなすこと、ほとんどすべてが失敗の連続だと暴露されていることだ。中国の朝鮮戦争への参戦、ソ連のキューバへのミサイル配備、アフガニスタン侵攻、インドの核実験などの重大局面で、CIAは全く情報をつかんでいなかったり、事態を読み違えて、大統領に誤った報告を上げたりしていたという。

ウォーターゲート事件などでCIAの失態は表沙汰にされたが、それにしてもにわかに信じられぬお粗末さであり、著者はCIAに偏見を抱いているのではと疑うほどだ。だが、CIAの公式記録はもとより封印を解かれた秘密文書、2千点を超す諜報関係者や外交官らの口述歴史記録に目を通し、10人の元CIA長官を含む多数のインタビューなどに基づいた記述という。証言、記録はすべて膨大な「ソースノート」として明記され、詳細な注釈も施されている。

それだけに意外な事実のオンパレードが興味深い。例えば、ケネディはカストロ暗殺を指示したが失敗、ケネディ暗殺はカストロ側の報復の疑いがあったが、情報は封印された。あるいは、冷戦時代を通じてCIAはクレムリン内部を探るスパイを送り込めず、重要な情報を提供したのは自発的協力者ばかり。その多くはCIA内部のソ連側スパイの通報でつかまってしまった。

日本についてもアイゼンハワー時代の自民党への秘密献金に触れている。55年体制スタート当時、岸信介はアメリカの望む外交政策を推し進めることを約束、見返りに支援を求め、CIAは彼に協力する議員を増やす工作も行ったという。日本版読者のために、新たに日米自動車交渉にも1章を割いているが、こちらは分量も内容も付け足しの印象が強い。

CIAという秘密組織の箱を開けて見せた本書は、外の風に当てないと秘密がいかに腐りやすく、組織を崩壊に導くかを示している。日本の官僚組織も一度、徹底的に虫干しする必要がありそうだ。

著者プロフィール

   

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