要注意人物のデータベース サルコジ版「1984」に騒然

性的嗜好などのデータを蓄積する「エドヴィジュ」は、犯罪者だけでなく、政治家ら要人まで網羅。

2008年12月号 GLOBAL
by Jean C. de Gouville(フランスのジャーナリスト)

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「エドヴィジュ」(EDVIGE)と聞くと、まるで女性のような名だが、フランスでは左派から「サルコジのビッグブラザー」と揶揄(やゆ)されている。

実はExploitation Documentaire et Valorisation de l'Information Générale(情報と資料の有効利用)という無愛想な官庁用語の略号なのだが、個人情報を集積した巨大な警察や公安のデータベースを意味する。

これはどうしても英国の作家ジョージ・オーウェルが書いた反ユートピア小説『1984』を連想してしまう。オーウェルはこの小説で、独裁者「ビッグブラザー」によって誰もが双方向テレビで常時監視される恐怖の未来を描いた。スターリンがモデルだが、「エドヴィジュ」を推進するニコラ・サルコジ大統領にフランス人は同じことを想起した。

自分の個人情報が知らないところで記録されるのを喜ぶフランス人などいない。世界の誰でも自分の給料や銀行口座の収支を他人にのぞき見されるのは嫌だろう。もし携帯電話やクレジットカードを使うだけで、自分の居場所が特定されたりすれば、プライバシーの侵害と感じるはずだ。まして、性的嗜好や身体的特徴などの個人情報が警察によって収集され、蓄積・分類されるとしたら、人々はどう反応するだろうか。

13歳以上の「特定」の市民

サルコジ大統領は、ジャック・シラク前政権下で内務相を務めていた当時、こうした個人情報ファイルの有用性に注目した人物のひとりだった。軽犯罪者や性犯罪者の個人情報をファイリングすれば、再犯防止に効果があると踏んだのだ。醜悪な事件が起きるたび、「情報ファイルは使える」と訴えることで世間の耳目を集めつつ、2004年12月、性犯罪者のDNA情報ファイル作成を認可する法案を下院で通過させた。

おそらくサルコジ大統領がこのファイルを拡充し、国家データベースを構築する構想を思いついたのはそのころに違いない。それが今「エドヴィジュ」と呼ばれている計画なのだ。警察が社会秩序に影響を及ぼしうる人物とみなした特定の市民について、戸籍、住所、電話番号、メールアドレスはもちろん、行動パターンや身体的特徴を含む「個人データ」を収集しようというのだ。

対象は13歳以上で、治安を乱すおそれのある個人やグループだけでなく、社会で枢要な位置を占める人々――国や地方の議員や議員経験者、労働組合幹部に経済界、宗教界の実力者なども網羅、きわめて広範な層を対象としていることが分かる。

サルコジ大統領は、バカンスで人々の注意がそれる今年7月1日にこっそり「エドヴィジュ」政令を発令した。ところが、すぐに知れるところとなり、左右から強い非難にさらされた。

反対運動は人権団体や労働組合だけでなく、企業経営者から与党議員にまで広がりをみせ、日増しに拡大した。何らかの責任ある立場に就いているフランス人は、自分がリストに載せられ、どんなプライベートもつかまれてしまうと恐れている。また、未成年なら一度記載された事項に一生つきまとわれる懸念もある。

政界では全面撤回を求める人や、一定の理解を示しつつもより明確な説明を求めたり、部分修正を求めたりする人が相次いでいる。政権内部でも批判の声があがった。エルベ・モラン国防相のほか、与党議員やローランス・パリゾ仏経団連(メデフ)会長らが、内容が「曖昧で広範囲にすぎる」と批判している。

恣意的に対象者とされ、性的嗜好や性関係など極めつきの個人情報を記録されるおそれがないとはいえない。他の閣僚ではラマ・ヤデ人権問題担当相が、政令で挙げられている個人の「性的嗜好」について、より一層明快な定義を求めた。

だが、サルコジ大統領にとって、政令の撤回など論外である。日に日に燃え盛る異論を鎮めるため、大統領府に緊急会議を招集、フランソワ・フィヨン首相以下、「エドヴィジュ」政令を準備したミシェル・アリオマリ内相、フレデリック・ペシュナール警察総局長(日本の警察庁長官)、公安関係者らが集められた。

与党議員も政令撤回要求

大統領は内相に対し、個人のプライバシー保護を謳う条項を加えたうえで、反対派を納得させる協議の場を設けるよう指示、事態の収拾を図った。ところが、サルコジ大統領には不運なことに、閣僚も出す中道右派政党MoDem(民主運動)やCNIL(個人情報の適正な使用と合法性を監査する国家委員会)が、これを不十分と判断したのである。

また、CNILが「エドヴィジュ」を審査した後、未成年者についてはファイル保存期間を制限するよう勧告したため、アリオマリ内相は修正案を模索しなければならなくなった。

もっと直接的な反応としては、多数の与党議員が下院議会議長(UMP)を介し、7月1日付政令の撤回と、議会の場で再討議することを要求している。国務院に全面撤廃を求めてインターネットで請願を呼びかけた反対派は、数日間で10万以上の署名を集めた。国務院での審議は12月に始まり、結論が出るのは来年になってからだろう。

「エドヴィジュ」は一種のアイロニーを感じさせる。情報ファイル自体は、どの国でもそうであるように以前から存在していた。問題はその正当性をめぐる議論には、常に政治色がまつわりつくことである。

1911年、警察内部にフランス全体をカバーする情報担当部署がつくられた。RG(公安)と呼ばれ、国家に損害を与える疑いのある個人を監視し、監視の価値をより高めるため、個人周辺の情報を収集することも仕事のひとつだった。RGはその存在自体は秘密ではないが、これまでひっそりと活動していた。

90年、ミッテラン政権下のミシェル・ロカール首相(社会党)が発令した二つの政令発令、RGが保有する「情報ファイル」を公のものとすることにゴーサインを出した。この政令では、対象人物の出身民族や宗教、政治や思想的傾向を情報として記録してよいことになっており、政治や組合など組織活動を行った人物も対象にすると明記されていた。

当時、この政令をめぐって議会は紛糾、反対派は超党派で阻止をもくろみ、政府は撤回せざるをえなかった。事情は今日と同じなのである。逆にこうした過去の事例がサルコジ大統領の確固たる信念を支えてくれるに違いない。

「ロカールが主張したことは正しかった、左翼であろうと何であろうとよき政策を私は採り入れる」――サルコジ大統領が好んで使う論理だ。

政治的な駆け引きは昨日も今日も同じだ。「エドヴィジュ」が可決されるにせよ、否決されるにせよ、権力は変わらず警察を政治目的に使うだろう。それなりに入念な情報ファイルが作成され続けるだろう。それならむしろ、一定の制約とルールを一度は明確に定めておくべきだ、という声も無視すべきでない。もちろん、独立した機関を設けて逸脱を監視し、濫用をコントロールする必要もあるが。(敬称略)

   

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