東京都が「超激安マンション」の波紋

都心一等地に2、3千万円台の分譲タワーマンションが登場。「バラマキ行政」ここに極まれり。

2008年10月号 BUSINESS

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平均17.6倍、最高倍率は何と378倍。今年に入って都内のマンションの売れ行きはさっぱりだというのに、申し込みの殺到した物件がある。

住友不動産が9月に分譲したシティタワー品川。JR品川駅の東口から海に向かって10分ほど歩いたところに建つ43階建ての高層マンションが、不動産関係者の話題をさらった。総戸数828戸、販売戸数809戸に対して1万3000を超す応募があった。

理由は価格にある。73㎡の北向きの部屋で2200万円台~。89㎡の南西向きの部屋だと3000万円台~だ。最上階の43階でも3500万円前後に収まり、「地方都市以下」の安さが実現している。

環境や仕様に問題があるわけではない。もともと都営住宅が建っていた第一種住居地域。販売用のパンフレットを見ると、地下17mより深い強固な地盤に75本の杭を打ち込み、コンクリートは約100年もつと謳う。エレベーターなど29カ所に防犯カメラを設置し、24時間有人で管理する。

高く売れない住友不動産

すべての住戸に浴室乾燥機や温水床暖房、生ごみディスポーザーなど一通りの設備がそろう。ホテルのようなコンシェルジュサービスやゲストルームに加え、10分単位で24時間利用できるレンタカーサービスまである。

内装はやや安っぽく、ほとんど採光のない部屋が少なからず存在するなど間取りは決して褒められたものではないが、他の物件に比べて特段見劣りするというほどでもない。

安さの理由の一つは、土地を所有するのではなく、定期借地としたことにある。定期借地は通常の借地と違い、期限を決めて賃借する仕組み。シティタワー品川の場合、70年たったら退去し、72年後までに取り壊して更地で返すことになっている。

70年たてば、20歳の人でも90歳になっている。マンション購入者の大半は生きていないだろうから、資産を子孫に残そうと考えなければ問題ない。

だが、安さのポイントはそれだけではない。不動産価格が今よりずっと低かった4年も前に、当時の相場を基にした入札で販売価格が決まっていたのだ。住友不動産からすれば、もっと高い価格で売って儲けたいはずだが、「地主」との契約がそれを許さない。

すでに述べたように、シティタワー品川が建つ前、そこには都営住宅があった。つまり、地主は東京都ということになる。

東京都は26万戸の賃貸住宅を抱え、老朽化したものから順次建て替えている。都営住宅には5階建て以下の中低層団地が多く残り、建ぺい率や容積率には余裕がある。建て替えによって高層化すると、敷地が余る。そもそも、数の上では行き渡った住宅を自治体が供給する必要があるのか、という問題に突き当たる。

財政の厳しい自治体であれば、建て替えや取り壊しで土地が余れば、民間に売却していただろう。東京都も非常事態宣言をしていた5~10年前には、売れるものは売って財源を捻出していた。

それが東京一極集中のおかげで近年は税金が集まり放題。都の年次財務報告書によれば、フリーキャッシュフローはトヨタ自動車や武田薬品工業など日本を代表する企業をも上回る。

そういうわけだから、「資産を売ってキャッシュが入ってもだれも褒めてくれなくなった」(都市整備局の幹部)。余った土地をどう活用するべきかを考え、「良質な住宅を低廉な価格で供給しよう」ということでたどり着いたのが今回の仕組みだ。

これだけ安いと転売や運用目的で申し込む人も出てくる。そこで都は、二つの制約を設けた。自ら居住し、5年間は転売も賃貸も禁止するというものだ。購入者には毎年、住民票を提出させる。契約違反が判明したら、住友不動産(厳密には特別目的会社)が強制的に買い戻し、違約金まで取る。

しかし、こうした制約があってもなお、シティタワー品川の資産としての魅力は褪せない。実際に30階の南向き、80㎡の3LDKの部屋を例にとって、株式のような金融資産と同じ手法で投資利回り(IRR)を計算してみる。

購入価格は3181万円で、これとは別に借地の敷金や修繕積立金、登記費用、火災保険料などが約160万円かかる。また、毎年の経費として管理費、地代、固定資産税などが発生し、10年に一度、修繕積立金の追加負担が求められる。

一方、6年目から賃貸に回すとする。品川駅周辺の同程度の賃貸マンションの相場は25万~35万円。固めに家賃を25万円に設定し、20年後に3000万円でマンションが売れたとするとIRRは3.5%になる。2500万円でしか売れなくても3%だ。

この計算にはリフォーム代を含まない代わりに、礼金収入も当て込んでいない。当初5年間、自分が住むことで住居費が軽減できる効果も無視した。仮に6年目以降ずっと賃貸し続けたらどうなるか。70年後の資産価値はゼロだが、トータルの収支差は1億円を超える(IRRで4.6%)。仮に不動産市況が悪化し平均して20万円しか家賃が取れなくても、差し引き6700万円ほど残る。

不動産価格暴落の引き金に

いかにおいしい物件かわかってもらえただろう。住友不動産はほとんど広告宣伝をしなかったにもかかわらず、目ざとい外資系証券の社員などが大挙して申し込んだとも言われている。

とばっちりを受けたのは、他のデベロッパーや中古物件を扱う仲介業者だ。ある中堅業者は「7月以降、成約はおろか、引き合いもパッタリ止まった」とこぼす。

マンションの購入を考えている人が、ひとまずシティタワー品川に応募して様子を見ようと考えたとしても不思議ではない。

シティタワー品川の抽選は9月5日にあったが、外れた人の行動にも影響を及ぼすだろう。ひとたびこれほど安いマンションを見てしまうと、他の物件はいかにも割高に映る。関係者の一人は「不動産価格暴落の引き金を引いたかもしれない」と話す。

東京都は、「戸建住宅価格引き下げの実証実験」と称して、東村山市では一軒家に70年の定期借地を導入している。こちらも建て替えで余った都営住宅の跡地を有効活用しようというもの。敷地面積160~170㎡、延べ床面積120~130㎡の住宅が2000万~3000万円で売りに出るから、毎回かなりの人気を呼んでいる。

解せないのは70年したら返さなければならない土地に、ハウスメーカーは「100年もつ住宅」を建てている点だ。

この点について、東京都の関係者は「都としては70年後に土地を返してもらっても困る。借地契約の延長はありうる」と話す。確かに、シティタワー品川のパンフレットにも「別段の合意」があれば、契約の延長が可能との記述がある。抽選会で「やったー。当たっちゃったよ」とはしゃいでいた家族連れは、本当の意味で宝くじが当たったのかもしれない。東京都のバラマキ行政ここに極まれり、である。

   

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