自治体「鳥インフル対策」に慄然

秋田、北海道と高病原性ウイルスの検出が続いているが、地元の対応能力は信じ難い低レベル。

2008年6月号 LIFE

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今年のゴールデンウイーク、まず秋田県で、次いで北海道・野付半島とサロマ湖で、死んだオオハクチョウから高病原性鳥インフルエンザのウイルスが検出された。国内では2007年3月、熊本県内で発見されたクマタカの死骸から検出されて以来となる。

今回の経緯を追っていくと、日本の新型インフルエンザ対策の穴が見えてくる。現状では対策の要であるはずの厚生労働省は、実際の行動計画を県などの地方自治体に投げてしまっており、その地方自治体は未だに迫り来る新型インフルエンザの脅威に対して十分な認識を持っているとは言い難いのだ。

インフルエンザの問題を概観するには、「従来、冬になると流行してきたインフルエンザ」「高病原性鳥インフルエンザ」、そして「新型インフルエンザ」の三つをしっかり区別して理解することが必要になる。

従来のインフルエンザは、ヒトののどの奥、上気道に感染する。高齢者、慢性疾患の患者などのハイリスク群を除けば、生命に関わることはほとんどない。

もともとインフルエンザは鳥の病気だった。ヒトのインフルエンザは、鳥の世界で流行したウイルス株が突然変異を起こして出現する。従来の鳥インフルエンザは、鳥が死ぬようなことはほとんどなかったが、1997年、香港で感染した鶏を百%殺す、極めて毒性の強い鳥インフルエンザが発生した。高病原性鳥インフルエンザだ。

死骸発見から7日も放置

高病原性鳥インフルエンザは、鳥→ヒトという感染を起こし、上気道だけではなく、全身の臓器に感染して細胞を破壊する。致死率は50%以上と、従来のインフルエンザとは一線を画する恐るべき感染症だ。鳥の世界で流行すると、強い病原性をそのままに種の壁をこえ、ヒトからヒトへと感染していく特性を身につけたヒトのインフルエンザが出現する可能性が高くなる。これが新型インフルエンザである。

インフルエンザ・ウイルスは増殖のたびにランダムに突然変異をし、わずか1年間で人間だと100万年かかるような進化を遂げてしまう。つまり致死率の高い新型インフルエンザの出現を防ぐ、あるいは出現までに対策を講じる時間を稼ぐためには、鳥の世界での高病原性鳥インフルエンザの流行を徹底的に封じ込める必要がある。鳥インフルエンザ対策は、即新型インフルエンザ対策なのである。

しかし、このゴールデンウイークのケースを見ると、秋田県も北海道も、とても危険性を認識しているとは言えない対応だった。

秋田県のケースにおける経緯は以下のとおり。

・4月21日、オオハクチョウ3羽の死骸と衰弱したオオハクチョウ1羽を十和田湖周辺で回収。

・23日からウイルスを培養、25日にA型インフルエンザ・ウイルスと確定

・26日、県の家畜保健衛生所が周辺農家への聞き取り調査と注意喚起を行う。

・27日、ウイルス検体を動物衛生研究所(茨城県つくば市)に搬入。同日夜、高病原性ウイルスであることを確認。

・29日、ウイルスが高病原性だったと発表。

現在、インフルエンザ・ウイルスの検出は1日で可能な検査キットが存在する。そして、4月以降、日本海を挟んだ韓国では高病原性鳥インフルエンザが全土で発生している。秋田県のケースでは、22日にはウイルスを検出し、韓国の状況を念頭に置いたうえで同日中には高病原性ウイルスと確定する前に予防的な対策を発動すべきだった。

その対策も、周辺農家への聞き取りだけではなく、発見場所周辺の野鳥の監視と、周辺道路に検問所を設けて自動車のタイヤを消毒するべきであった。野鳥の感染の場合、ウイルスを含んだ糞がタイヤに附着して長距離を移動、遠隔地で感染拡大を起こすのが一番怖い。ところが秋田県は、事実上29日まで有効な対策を実施しなかったのである。

一方、北海道・野付半島のケースも、4月24日に、観光客がオオハクチョウの死骸を発見したにもかかわらず、5月1日までウイルス検査は行われなかった。多分に、4月29日の秋田県の発表を受けてウイルス検査に回したらしいことが見て取れる。

厚労省より甘い被害想定

地方自治体の認識不足は、いずれ来る新型インフルエンザ対策の面からも非常に危険だ。

厚生労働省は、「新型インフルエンザ対策行動計画」を持ち、毎年改訂している。最新版は07年10月のものだ。同計画は、新型インフルエンザが発生した場合、最大で全人口の25%が感染して、うち2%が死亡するという見積もりを前提にしている。最近マスコミに出てくる「最大で64万人が死亡」という数字は、この見積もりに基づく。

この行動計画は、防疫関係者の間で、「被害規模を過小評価している」と大変に評判が悪い。算出の根拠は、上気道にしか感染しない従来のインフルエンザでの被害データであり、全身感染を起こす新型インフルエンザの被害はこんなものでは済まないはずなのである。アメリカは、全人口の30%が感染し、うち20%が死亡するという前提で対策を立てている。そのまま日本に適用すると全人口1億2800万人のうち、768万人が死亡する計算となる。

しかもこの行動計画はあくまで指針。新型インフルエンザが発生した場合に、「誰がどのようにして何をするか」という実施計画策定と準備は自治体任せだ。

鳥インフルエンザの例に見られるように、地方自治体の認識はまだまだ足りない。そして、具体的な行動計画の基礎となる各自治体独自の被害想定となると、厚生労働省以上に甘い。例えば東京都は、全人口の30
%に相当する380万人が感染し、そのうちの0・36%に相当する1万4千人が死亡するという数字を基礎においている。

過去最大レベルの被害を出した1918年のスペイン・インフルエンザの場合、人口の48%が感染し、うち2%が死亡した。次に来る新型インフルエンザは、従来のインフルエンザとは異なる強い毒性を持ち、弱毒型のスペイン・インフルエンザ以上の被害を出すだろうと専門家は予測している。明らかに東京都の計画は、「医療システムが破綻しない程度のパンデミック(大流行)であってほしい」という願望の上に成立している。これは他の地方自治体も似たり寄ったりである。

しかし、現状、日本の新型インフルエンザ対策は、地方自治体に任されている。今回の高病原性鳥インフルエンザ・ウイルス検出で露になったのは、その地方自治体が、危機をきちんと認識できていないということだった。

各地方自治体は、まず鳥インフルエンザから新型インフルエンザに至るウイルス学的な知見をきちんと認識し、早急に行動計画をよりシビアなものに改める必要がある。あなたの住む自治体の対策が甘ければ、生命の危機にさらされるのは、あなたとあなたの家族である。

   

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