JTが「中国冷食」から手を引けぬ真相

いま撤退すれば中国政府の威信に傷がつく。年間2兆本の中国たばこ市場から永久追放されかねない。

2008年4月号 BUSINESS

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中国製冷凍ギョーザによる中毒事件の原因究明が難航するなか、日本たばこ産業(JT)が安全管理体制の強化に乗り出した。自社、委託先を問わず、生産拠点にはすべて食品の安全管理に関する国際規格「ISO22000」の認証取得を義務づけるほか、自前の検査体制の未整備が問題拡大につながったとの批判を受け、日本と中国の双方に検査センターを設置。中国にも品質管理の担当者を常駐させ、委託先の工場を抜き打ちでも監査できるようにするという。

ただ、これだけの事態に発展したにもかかわらず、JTは中国での冷凍食品の委託生産をやめるつもりはないという。その背景には、中国の外国たばこ販売自由化をにらみ、中国政府のご機嫌を損ねたくないJTの事情がある。

JTが打ち出した安全管理体制の強化策は、生産工場の検査の充実や情報開示の徹底などからなる。工場の管理体制の強化では品質管理の国際規格の認証取得を委託の条件にし、2年以内にできなければ「委託を打ち切る」考えだ。

さらに、従来は年に1~2回だった監査の頻度を、年2回プラス抜き打ちに高め、将来的には生産現場へのJT関係者の立ち会いも検討中だ。食材についてはJTが圃場(ほじよう)での栽培状況、農薬管理、土壌水質検査まで確認する体制に改める計画だ。

自前の検査体制は日中双方で拡充し、最終商品を二重チェック体制とするほか、検査対象も有機リン系に限らない薬全般と畜産物や魚介類に含まれる抗生物質、重金属にまで広げる。こうした仕組みを機能させるため、中国に品質管理業務を担う常駐の組織を設ける。さらに顧客の苦情に対しては、個別の事情ととらえず関連機関と連携してあらゆる可能性を想定し、リスク察知能力を高める考え。情報開示では、4月から市販用冷凍食品のパッケージに原料の原産国や製造工場名を表示する。

一連の再発防止策を発表した3月4日、JTの木村宏社長は「外装のべたつきといった最初の時点で問題に気づき、徹底的な検査をしていれば被害の拡大を防げたのではないか、というのが今回の最大の反省点。一連の安全強化策で、そうしたリスクは極小化できると考えている」と説明した。

撤退報道の打ち消しに躍起

JTが再発防止に躍起になるのは、委託を中心とする中国での生産を継続するためだ。実際、木村社長は「私どもが中国企業への製造委託から全面撤退するかのごとき報道があったが、今後も中国を含め世界各国で生産していく」とも述べ、中国での委託生産を継続する意志を強く示した。

そもそもJTは中毒事件発覚まで、海外に21カ所の生産委託工場を持ち、うち15カ所が中国に集まっていた。現在は問題のギョーザを生産した天洋食品(河北省)との取引こそ停止しているが、2カ所の自社工場も含め、中国は冷凍食品の一大生産拠点のままだ。木村社長は中国での生産にこだわる理由について「食材が手に入りやすいことや冷凍倉庫や運送といったインフラの整備具合、習熟した労働力が確保しやすいことを考えれば、中国抜きでグローバルな生産配置は難しい」と説明する。

中国の公安当局は2月末、問題となった農薬が「中国国内で混入された可能性は極めて低い」と発表。日本で混入した可能性をほぼ否定した日本の捜査当局と正面から対立し、原因究明は困難を増した。だが、開き直りにも映る中国当局の対応は、日本の消費者の中国製品への不信を高めるばかりだ。

JTがもともとブランド力のない冷食事業での信頼回復を急ぐのであれば、中国での生産を抜本的に見直すという選択肢もありうるはず。JTにとって冷食事業の売上高はわずか500億円。加ト吉との事業統合が実現しても2500億円で、国内外合わせ約6兆円のたばこ事業とは比べるべくもない。しかも売上高利益率はたばこ事業の約7%に対し、食品事業は2%程度。JTの冷凍食品の売れ行きは事件発覚前の6割減まで落ち込み、市販品に限れば9割減という壊滅的な事態にあり、冷食事業の赤字転落も想定される。が、JTの経営にとっては「誤差」の範囲内だ。

むしろ市場関係者からは、これを契機に「JTはたばこ事業に注力すべき」との声も出ている。実際、ギョーザの中毒事件の後、JTの冷食事業からの撤退観測が浮上し、その影響などで株価が一時的に上昇したほどなのだ。「品質問題」を起こした企業の株価の動向とは少し異なっている。

垂涎の「巨大たばこ市場」

経営判断上、この際に撤退があってもおかしくないが、多くの関係者は「二つの理由でJTは中国での冷食生産から撤退したくてもできない」と見る。木村社長が説明する「表の理由」とは異なる。

その理由のひとつが、JTが依然として国が50%の株式を保有する半公営企業であることだ。「海外から見れば、JTは国そのもの」(JT関係者)との意識があるなか、JTが食品の安全性確保への不安を理由に中国生産をやめれば、中国政府は日本政府が中国を危険と見なしたと受けとめる。北京五輪を前にそうしたことになれば、大きな国際問題に発展する可能性は高く、JTはそんなリスクは冒せないというのだ。

そうした政治的な理由とは別に、もっと実利的なことで、JTが中国での食品生産をやめられないとの指摘もある。実はJTの海外たばこ事業にとって、これからの最大の課題は中国市場の開拓にある。「それを控えて中国政府を刺激したくないというのがJTの本音」(同)というわけだ。

2007年春の英ギャラハー買収によりJTは、約5兆6千億本といわれる世界のたばこ市場の10%強のシェアを占めるに至ったが、実はこの市場規模に中国は含まれていない。統計が不明確なためだ。中国市場の規模は2兆本程度と見られ、中国を除いては最大とされる米国の5倍強に達する。ところが、中国はたばこの専売制を続けており、外国たばこは極めて限定された枠内でしか販売できないのが現状。このため、JTも30億本程度の販売量にとどまっている。

とはいえ、すでにWTO(世界貿易機関)に加盟した中国では、そう遠くない将来、たばこの販売自由化が期待される。たばこ販売への規制強化が世界的に進むなか、JTに限らず、米フィリップ・モリス、英ブリティッシュ・アメリカン・タバコなど他の海外大手も、最後に残された手つかずの巨大市場の開放を虎視眈々とうかがっている。

そんな段階で中国政府の反感を買えば、大きな打撃となるのは避けられない。かつてトヨタ自動車は、中国からの進出要請を1980年代に断ったことが響き、90年代半ばになって、いざ乗用車生産に乗り出そうとしても認可を得るのに6年もかかり、市場進出に大幅に出遅れた。同じ轍を踏みたくないとJTが考えるのは自然のことなのだ。

   

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