キヤノンと鹿島「裏金」疑惑

内部資料を入手。大分の2工場建設で、キヤノン常務が県公社へ鹿島をプッシュ。御手洗会長は?

2008年2月号 DEEP

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日本経団連会長、御手洗冨士夫の身辺がまた騒々しい。

12月9日、毎日新聞が1面トップで、大分のコンサルタント会社が東京国税局の査察(強制捜索)を受け、所得30億円の申告漏れが発覚したと報じた。御手洗が会長を務めるキヤノンの子会社が、御手洗の出身地でもある大分県に2工場を建設したプロジェクトに絡み、ゼネコンからの裏金や仲介手数料がこのコンサルタント会社に入ったというのだ。

ややフライング気味のスクープだが、国税庁関係者は「事件はまだほんの“とば口”にすぎない」と予言めいた言葉を漏らしており、単なる脱税事件では終わりそうにない。

舞台は大分市東部に位置する丘陵地。県土地開発公社が所有する用地に進出したのは、デジタルカメラ生産の「大分キヤノン」と、プリンター関連の「大分キヤノンマテリアル」の2工場である。この誘致は大分県知事、広瀬勝貞(元経済産業省事務次官)の強い働きかけで実現したものだ。広瀬は大分の名門出身で、江戸時代の儒学者、広瀬淡窓の子孫として地元で名高い。

名代のように影響力行使

この工場進出に際して、キヤノンの名代のように登場するのがコンサルタント会社「大光」(大賀規久社長)である。一昨年10月から内部告発を受けて大光の内偵に着手した東京国税局査察部は、キヤノン子会社の2工場建設にあたって大光が、用地造成と工場建設をスーパーゼネコン「鹿島」に受注させようと県公社に働きかけ、受注した鹿島から30億円を受領したのに申告がない、と指摘したのである。造成工事は鹿島が県公社から76億円余の随意契約で受注し、大光はその下請けとして7億円を受注している。

今回の事件で、御手洗が偏愛とも言えるほど大分人脈を重用していたことも明らかになった。横浜市にある御手洗の自宅の土地の所有者は、大光を経営する大賀規久の兄、大賀健三が社長を務める「日建」で、御手洗邸の新築工事も設計・施工を日建が請け負った。キヤノンにも一時勤めた健三と御手洗は、大分県南部の名門校、佐伯鶴城高校の同級生で、弟の規久も同窓である。

こうした人脈を考慮すれば、なぜ社員わずか6人程度の地方のコンサルタント会社がスーパーゼネコンに食い込み、キヤノンの名代のように振る舞って、強い影響力を行使できたのかが透けて見えてくる。 

大分県財界の関係者によれば、御手洗と大賀兄弟はさながら家族のように育ち、切っても切れぬ関係なのだという。しかし大光の巨額脱税の一報を受けた御手洗は「迷惑している」と語った。大賀規久を高校時代から健三の弟として認識していたことは認めたものの、「お互いのビジネスには干渉しないという間柄」(キヤノン広報部)で、便宜を図ったことなどは一切否定している。

だが、本誌は興味深い依頼書を入手した。キヤノンのロゴマーク並びに本社所在地などが記載されたA4判の文書で、文章はこう始まる。

「貴公社には、大分キヤノン株式会社大分事業所の用地造成にあたり、格段のご支援ご協力を賜りましたことに対し深く感謝申し上げます」

キヤノンの常務取締役総務本部長の諸江昭彦が、05年7月1日付で「大分県地域づくり機構」(大分県土地開発公社)理事長、矢野孝徳に宛てた要望書だ。さらにこう続く。

「さて、今回のプリンター関連事業の実施にあたり、工場建設用地の取得、造成に取り組んでいただく貴公社には、前回同様のご支援・ご協力を賜ることになると存じますが、何卒よろしくお願い申し上げます」

文面からも分かるように、大分キヤノンマテリアルの進出に伴い、用地を提供している県公社に対する謝意が記されている。

文章は核心部分に近づく。

諸江常務は、平成18(2006)年3月には建屋に着工して一日も早く操業開始することを望んでおり、それには「工期内に確実に工事を施工できる技術力を持つ造成事業者の選定が不可欠」と、工場の早期操業は造成業者の能力にかかっていることを強調、こう強く推薦する。

「そのような観点から、国内外において弊社の工場を数多く手がけてきた鹿島建設株式会社は、大分キヤノン株式会社大分事業所の工場用地の造成を限られた期間で成し遂げた実績があり、今回の造成においても同社が携わるならば、弊社の期待する安全、迅速で的確な造成事業が実施されるものと考えております。

つきましては、今回の造成工事において、施工業者として鹿島建設株式会社を選定いただけますよう、特段のご配慮をお願い申し上げます」

はじめに鹿島ありきなのか? とにかく、キヤノンの強烈な後押しを受け、鹿島は県公社から76億円余の随意契約、つまり1社指名契約を結んだ。当初、九州のキヤノン関連工事では実績のある大林組が有力視されていただけに、業界では鹿島への肩入れを訝る声があがった。

なぜこれほどまでにキヤノンが鹿島を強烈にプッシュしたのか。地元建設会社幹部によれば、造成地は特別な技術など不必要なごく“普通”の土地だったという。

常務を動かせる“大物”とは

2工場建設で大賀と鹿島は、受注額の3%を鹿島が大賀に仲介手数料として支払う契約を結んでいた。また、大賀が仲介した鹿島の受注額は500億円を超えているとみられ、それ以外にも下請け業者の指名、架空の工事発注などで作られた相当額の裏金も大賀に流れている模様だ。

国税の任意調査に対し、鹿島内部で大光担当だった専務執行役員、平田光宏は、これら資金の使途を頑として明かさず、「使途秘匿金」として税率50%の制裁課税もやむなしとしている。逆にいえば、それほど隠したい理由があるのだろう。

東京地検特捜部関係者は言う。

「キヤノンが鹿島を強く推す理由はあるのか。どう考えても大賀がキヤノンに働きかけて書かせたと考えるのが自然だろう。大賀が働きかけ、常務を動かせるような“大物”が動いたということだ」

さらにこの関係者によれば、数億円の金が間違いなく地元政界などにばらまかれているという。

当初、1月中にも大賀を脱税容疑で逮捕し、国税当局の告発を受けてその先の“大物”を見据えた捜査に乗り出す予定だった特捜部だが、着手は少し先、人事異動後の初夏あたりになる公算が強まっている。

御手洗には経団連会長就任前にこんなエピソードがあった。後継に御手洗を指名する根回しのため、当時の会長、奥田碩は財界の重鎮、東京電力顧問の平岩外四(故人)と新日鉄名誉会長、今井敬をそれぞれ訪ねた。ところが、平岩、今井の両人とも「絶対に御手洗ではダメだ。務まるわけがない」と、反発は予想を超える激しさであった。

奥田の懇願に2人が出した譲歩の条件とは、任期を2年に限定すること。期せずして2年目を迎えた御手洗に降ってきた大分疑惑。平岩、今井のつけた条件が蒸し返される可能性が強まっている。(敬称略)

   

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