玉石混交する「映画ファンド」の実態

有望視されるコンテンツ産業を支援する政府と財界だが、これに乗じて胡散臭い輩も現れ始めた。

2008年1月号 BUSINESS

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9月19日から10月28日まで開かれた初の「JAPAN国際コンテンツフェスティバル」。「東京ゲームショウ」「東京国際映画祭」など、これまでは単独に開催されていたものを、日本のコンテンツ産業の発信力を高めるがため、経済産業省の肝煎りで連携させたのだ。政府は総額17億円の予算を確保し、欧米やアジアから有識者を招いてさまざまなコンテンツ関連のイベントを実施した。

日本のコンテンツ産業を盛り上げることで経済を活性化し、雇用の促進、外貨獲得などにつなげることを狙った官民一体の取り組みである。

こうした状況の中、コンテンツ産業の活性化の「起爆剤」として期待されているのが、映画ファンドに代表される「コンテンツファンド」だ。独立系の映画制作会社は、ほとんどが中小企業。自ら資金調達するのは困難なため、ファンドを組むことで資金が回り、コンテンツ産業が活気づくと考えられている。

政府も後押しし、独立行政法人の中小企業基盤整備機構からお金が流れている。小泉政権時代の規制緩和の追い風で、信託業法が改正され、知的財産の信託が認められた結果、信託を利用した映画ファンドもできた。また、金融商品取引法も改正され、著作権からの利益を受け取る権利が有価証券と見なせるようになったことで、信託受益権の売買が行いやすくなった。

ただし、新産業育成のための支援という「大義名分」はもっともらしいが、ファンド方式を導入したからといって、必ずしも成功するとは限らない。なかには胡散臭い例ものぞく。

『フラガール』が稼いだ6億

日本映画はそれなりに活況を呈している。特に2006年は21年ぶりに邦画の興行収入が洋画を上回った。06年の日本アカデミー賞を取ったヒット作『フラガール』は、信託方式を採用した日本初の本格的ポートフォリオ大型映画ファンドの「シネカノンファンド第1号」の資金で制作された。シネカノンファンドは、映画会社シネカノンが制作・配給する映画20本に投資する。個人投資家向けに一口2000万円で募集し、約46億円を集めた。『フラガール』一本が稼いだ利益は約6億円だ。

このファンドを組成したのは、ジャパン・デジタル・コンテンツ信託株式会社(JDC信託、本社・東京都港区、東証マザーズ上場)。知的財産権にいち早く信託方式を適用した業界のパイオニア的存在で、社長の土井宏文氏は旧日本長期信用銀行OBだ。

しかし、このJDCの07年3月期連結決算は、9億7800万円の当期赤字を計上、赤字額は前期比で拡大した。売上高も17%減の12億7100万円。土井社長は役員報酬を返上した。ファンド側が運用益に応じて手数料を得る仕組みではなく、報酬は一回限りの組成手数料と信託期間中の管理手数料であることも、ヒット作が出ても業績向上に大きく寄与しない要因だ。JDCは「過去の投資で評価損が出ていることも業績が振るわない原因だが、2年前から参入した信託事業は好調、収益は好転している。運用益は投資家に還元しており、うちの業績がぱっとしなくても投資家には全く影響ない」と説明する。

不可解な動きのファンドもある。コンテンツ産業関係者は「株式会社アイコットの運営は不透明で、何かトラブルでもあったのではないか」と指摘する。

アイコットは04年9月29日に、関西電力、電通、NTTデータなどが出資し、映像コンテンツ制作支援会社として鳴り物入りで誕生。設立時には「平成17年度には、50億~60億円のファンドを形成、売上高6億円が目標」と掲げていた。

防衛庁OBの謎の映像会社

防衛庁出身という門外漢ながらその画を描き、花火を打ち上げたのが、現社長の片柳敦氏だ。関西経済浮揚の一助としてコンテンツ産業の活性化を促す位置づけで、当時、関経連会長だった秋山喜久・関西電力会長(現相談役)をはじめとする関西財界や近畿経済産業局、大阪府、大阪市も支援した。

しかし、計画は華々しかったものの、07年11月末までに実現にこぎつけたのは、テレビ大阪で放送された「Sound Garage」という音楽番組ならびに携帯の音楽配信への出資と、アニメファンド1号、映画ファンド1号の組成のみである。

しかし、実際にはこのアニメファンドや映画ファンドは組成されていないとの噂がある。

さらに、06年には『ええじゃないかニッポン・気仙沼編』(主演 鈴木京香)、『こおろぎ』(主演 鈴木京香、山崎努)、『大阪潜入捜査官』の3作品を作ったとのことだが、本格的に劇場公開された作品は一本もない。いわゆる「お蔵入り映画」なのだ。

資金集めにも不透明な動きがある。中小企業基盤整備機構は06年3月、アイコットが設立するファンドに15億円を出資すると発表したが、実現しなかった。1年以上経った07年夏、アイコット側から提案を取り下げたいとの連絡があったという。同機構は「(先方の)取り下げの理由については守秘義務があるので、答えられない」としている。

業界筋には「映画制作、映画配給と全く無縁の片柳氏がぶち上げた構想にたやすくのってしまっただけの話」と冷ややかに見られている。

アイコットは「一切ノーコメント」で通し、片柳氏の経歴すら答えなかった。

一方、同じ関西に本社を置きユニークな展開を実現している映画制作会社がある。NHK出身の若杉正明氏が経営する株式会社ビーワイルドだ。相米慎二監督、小泉今日子主演の『風花』から映画制作をスタート。07年の6月には田村正和、伊東美咲主演の『ラストラブ』、安部サダヲ、柴咲コウ主演の『舞妓haaaan!!!』、根岸吉太郎監督、竹内結子復帰第1作の『サイドカーに犬』の3本を同時公開するという快挙を成し遂げた。

このビーワイルドが非公開で組成したファンドが「EFF(エンターテイメントフューチャーファンド)1号ファンド」である。2号ファンド組成へのトライアルということもあり、異例の1年償却でディスクローズされたが、17%近い利回りを上げていた。

ビーワイルド関連のファンドの成功は、「バランス感覚」にある。芸術性を大切にする制作・配給サイドの現場感覚と、出資者へのリターンを最優先して考えねばならないファンド側の思惑との上手な融合である。

具体的には、投資への目利きを、映画業界を知り尽くした制作・配給側に任せながらも、投資の最終判断はファンド運営会社の専権事項とした。ファンド運営会社のトップが、UFJ総研の元主任研究員でコンテンツ系ビジネスの市場調査や研究を重ねた杉浦幹男氏だったことも大きい。制作・配給側と投資側の両方の事情を理解できる経験が生きたのだ。

前述したシネカノンファンドでも、JDCの金融知識と、日本を代表する映画プロデューサーである李鳳宇・シネカノン社長のセンスがうまくかみ合ったから、『フラガール』は利益に結びついたといえるだろう。

いずれにしても、国内の映画ファンドの現状は玉石混交、まだ黎明期である。

   

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