ドコモは通信網オープン化の「握りつぶし」作戦に失敗した。歪んだ料金体系が裸になる。
2007年11月号 BUSINESS
2007年9月21日――その日は通信業界で長く記憶されるに違いない。携帯電話の垂直統合(事業者がネットワークから端末、サービスまですべて支配するビジネスモデル)に風穴があき、オープン化へ大きく一歩を踏み出したからだ。
第一のハイライトは、総務省がこの日の紛争処理委員会に提示した大臣裁定案。既存の移動通信事業者(MNO)のネットワークの一部を借りて独自サービスを提供する仮想移動通信事業者(MVNO)の草分け、日本通信が、NTTドコモに申し入れた接続交渉が決裂したため、電気通信事業法に基づいて7月9日に裁定を申請していた一件である。
MVNOは、ドコモのようなMNOのフンドシを借りて相撲をとるビジネス。携帯はMNO大手3社の寡占市場で、通信網のない業者は新規参入が難しい。このため、法律ではMVNOに対しMNOは基本的に接続を拒否できないことになっている。だが、日本通信とドコモは利用者料金や接続料金の設定などで折り合わず、総務省に判断を仰いだのだ。
裁定案の中身は、ある業界関係者に言わせると、「ほぼドコモの完敗に近い」内容だった。本誌9月号で予想したとおりである。
利用者料金は、日本通信が求めるエンドエンド方式(MVNOがワンストップで利用者に請求)を「利用者の利便性を考慮して」是とし、ドコモが主張するブツ切り方式(MVNOとMNOの2社から利用者に請求)を退けている。また、MVNOがMNOに支払う接続料金体系も、日本通信の主張をいれて定額制が可能な帯域幅課金に軍配を上げた。
このほか、①ドコモの設備提供区間において日本通信の意向に関係なく、ドコモがサービスの内容や運用を独自に決められるとする主張の是非、②接続料金の具体的金額、③接続に必要な改修費や開発費の負担分――の3点については「裁定せず」の結論。ただ、オープン化に向けたクサビとも言える「判断基準」と「留意点」が付記されている。
これを見るとドコモに分はない。21日の紛争処理委では、「留意点の拘束力はどの程度か」という委員の質問に、総務省総合通信基盤局の古市裕久料金サービス課長が「法的な拘束力はないが、今後こうした判断を下す機会も多くなるので前例をつくった」と答えた。第2、第3の日本通信登場が前提なのだ。
オープン化「握りつぶし」作戦は失敗したようだ。腹いせのように、総務省ウェブサイトでは、裁定案の一部に後から墨が塗られた。「なぜ伏せ字になったのかは分かりかねる」(ドコモ広報部)と言うが、頭隠して尻隠さず、原資料を見れば復元できる。消えたのは「混雑時には利益率の低いサービスから疎通制御を実施する」というくだり。割安なパケホーダイなどが先に絞りこまれることを知られたくないドコモが、総務省に抗議したのだろう。
一事が万事。垂直統合モデルに固執して、弱い者いじめに励むドコモの中村維夫社長は、ある識者が「バカじゃないかと目を疑う」と呆れるほど失着を重ねた。裁定案どおりなら、ドコモは接続約款でMVNOとの接続料金を公表せざるをえない。電気通信事業法に「適正な原価プラス適正な利潤を超えない範囲」という規定がある以上、当然ながら総務省がチェックする。これは、現行の料金体系全体が適正かどうかが裁かれることを意味するのだ。
明らかに現行の携帯料金は、販売奨励金を上乗せして不当に高い通話料と、消費するトラフィック量の割に安価なパケット通信料という歪みを抱えている。後述するauの「分離プラン」でも、販売奨励金分離で割り引かれるのは通話料だけで、パケット代は据え置きだったことが、図らずもそれを裏付ける。
ドコモも構造は同じ。総合ARPU(1人当たり月間平均収入)を見ても、パケット部分ARPUは、全体の3分の1にも満たない。パケット通信が主流となり、音声より多くのトラフィックを消費する現状からかけ離れた料金構造なのだ。
このいびつな構造のままパケットの接続料を算出すると、かなり安価な水準を接続約款に記載せざるをえなくなる。日本通信のようなMVNOは、データ通信サービスを軸に事業展開するだろうから、ドコモは「敵に塩を送る」結果となる。それを修正するため、改修費や開発費を加算しようとしても、前述の③の留意点で法外な上乗せはできない。
「ドコモは日本通信と個別に料金設定のできる相対(あいたい)契約で話をつけておけばよかったものを、我を張って裁定に持ち込み、自分から泥沼に足をつっこんだ」と有識者は見る。
9月21日の第二のハイライトは、総務省のモバイルビジネス研究会が公表した「活性化プラン」。通信料と端末代金を切り離した料金体系「分離プラン」の導入を提言した。ついに携帯の料金体系を歪めている販売奨励金にメスが入ったのだ。
ただ、携帯大手は販売奨励金の即刻廃止に消極的だ。研究会の席上「端末価格の上昇で、買い換え需要の冷え込みや流動率低下を招き、問題が大きい。買い換え需要を維持するには販売奨励金は今後も必要」と小野寺正KDDI(au)社長が述べたように、販売奨励金のばらまきで延命している「死に体」端末メーカーや販売店に大混乱が起きないかと戦々恐々なのだ。
しかし、総務省とて販売奨励金全廃による混乱は望まない。そこでモバイルビジネス研究会の活性化プランで、従来型と分離プランの複線化を提案して、激変緩和のソフトランディングを図ったのである。
それに呼応したのが、KDDIが10月4日に発表した「au買い方セレクト」。従来の販売奨励金型モデルのほかに、販売奨励金分離により端末価格は2万円高くなるが、通話料が割安になる二つのコースを用意するとした。11月12日以降、新規や買い換えユーザーのすべてがどちらかを選ぶ必要がある。
販売奨励金廃止の先にあるのは、今のように携帯キャリアの言いなりになる端末メーカーではなく、各メーカーが独自性を出して自由に競うオープンな端末市場の誕生だろう。アップルの「iフォン」のような魅力ある端末がきっと登場する。
奨励金の糧道を断てば、メーカーや販売店の退場もあるし、携帯端末部門の統合や売却が起きる可能性も高い。しかし端末がオープンになれば、コンテンツもオープンになり、新たなプレーヤーが参入する。
一将(ドコモ)功なりて万骨枯る――日本の携帯ビジネスの鎖国状態がそれを許してきた。もうそうはいかない。紛争処理委の結論は10月末か11月。大筋は裁定案に沿ったものになるだろう。その瞬間、ドコモは立ち往生するのではないか。
中村社長はこの件では正式コメントも出さず、会見の予定もない。だが、中村ドコモが賞味期限切れであることは明らか。砂に首を突っ込んだダチョウのように沈黙している場合ではない。