国民生活センターに寄せられた6千件の苦情が闇に葬られた真相。
2007年9月号 DEEP
「駅前留学」で知られる英会話学校最大手の「NOVA」が6月、経済産業省から一部業務の停止という処分を受けたことで経営難に陥り、存続が危ぶまれている。有利な条件をうたって受講生に長期の契約をもちかけ、中途解約を希望すると解約金や高い単価を請求するなどの商法が特定商取引法違反に問われた。
全国の消費者センターなどに寄せられたNOVAへの苦情はこの5年間で6千件以上にのぼるというから、遅きに失した行政処分である。ところが処分に至るまでの経緯をたどると、所管の経済産業省がNOVAの不法な清算方法を「合理的」と認める文書を地方経済産業局に送るなど、処分の見送りへ動いていたことが明るみに出た。
4月には最高裁が中途解約金の返還についてNOVA側の上告を棄却する判決を下すなど、消費者行政の風向きの変化にあわてて処分に踏み切った格好だが、経産省の迷走の背景には店舗拡大と格安商法で急成長を続けてきたこの企業の後ろ盾ともいうべき自民党政治家による、再三の行政への介入が浮かび上がる。NOVA商法の「闇」の温存にもつながる行政の汚点というべきである。
3年などの長期契約を結んだ受講者から「希望した時間に予約がとれない」といった理由で相次いだ中途解約の請求に対し、契約時より割高の単価で清算するNOVAの商法への苦情はこの10年で急激に増加し、2006年度に全国の消費生活センターに寄せられた英会話学校に関する相談件数の53%を占める1967件がNOVAに関するものだった。
東京都などから改善を求める行政指導が行われてきたが、経産省は02年6月にこの清算方法が受講生の中途解約権を制限しないとして、「合理性が認められないとはいえない」とする容認の見解を文書にまとめ、全国の地方経済産業局に送った。いわば「お墨付き」であり、行政指導を進める都道府県や業務改善を求めてきた消費者団体も、これによって交渉の足場を失う格好になった。
特定商取引法違反にからんだNOVAに対する業務停止命令の処分をめぐって経産省に中止の「圧力」を繰り返していたのは、自民党の中山泰秀衆院議員である。
今年2月、NOVAが経産省の立ち入り検査を受けた際、甘利明経産相を訪れ、「特定商取引法は経済活動の実態に合わない」などとして同法の見直しを求めた。また昨年4月に大阪市消費者センターがNOVAをめぐる紛争の調停に乗り出した折にも、猿橋望社長を伴って関淳一大阪市長に面会を求め、主張の正しさを訴えている。
父親の中山正暉元建設相とともに深いかかわりを持つ猿橋社長が泰秀議員の後援会のメンバーにもなっていることから、経産省の「お墨付き」文書の背景にもこの政治家の介在がうかがえる。
NOVAは大阪出身でフランスに留学していたという猿橋社長が友人らと1981年に創設した。「駅前留学」をキャッチフレーズに全国に店舗を広げてジャスダック市場にも上場している。925教室、受講者数41万8千人で業界最大手といわれるが、急成長の背景にカルト宗教との関係が取り沙汰されるなど、経営に不透明な部分が少なくない。
猿橋社長はフランスで最も古いグランゼコール(高等大学院)のひとつ、国立ポンゼショセ高等大学院が日本に開いた国際経営大学院(ビジネススクール)の経営にも一時関与したことがある。
また外務省認可の財団法人「異文化コミュニケーション財団」の理事長を務め、その評議員には中山議員が名を連ねている。「国際的な異文化間のコミュニケーションスキルの向上」を目的として掲げ、英語など世界の主要言語の検定事業を行っているという。この組織の前身は第一次大戦中に「太平洋圏の平和と文明に貢献すること」を目的として設立された「南洋協会」で、近衛文麿元首相らが歴代会頭を務めた。
規模の拡大で固めた語学学校経営を足場に、そこから脱皮して事業を広げたいという焦りが、政治家との親しいかかわりとNOVA商法の躓きを生んだというべきなのか。
特定商取引法に違反したとして長期コースの新規契約など一部業務の停止を命じるNOVAへの処分を、実質的に支えたのは、実は独立行政法人の国民生活センターである。
全国の消費生活センターなどへ寄せられた消費者からの苦情相談情報を蓄積して当事者間の紛争解決へ導くとともに、所管省庁などに情報を提供することで行政処分や刑事処分につなげる役割を果たしてきたが、自前の行政権限を持たないことに加えて、縦割り行政の壁に阻まれて消費者保護に結びつかないケースもこれまで少なくなかった。
NOVAの場合も国民生活センターが全国から集めた苦情相談情報を所管の経済産業省に通報して対処を求めてきた。しかし、同省が公表した「NOVA商法に合理性あり」とする文書が壁となって現場の紛争処理が阻まれる事態が広がっていた。
同センターがこの6月に実施した全国の消費生活センターへの緊急アンケートによると、「NOVAとの交渉で苦情処理解決が困難になった原因」としては「NOVAが自社ルールを一方的に主張したこと」を挙げたところが129件と最も多く、「経産省が了承済みとNOVA側が主張したこと」が66件でこれに次いだ。「政治圧力」に弱腰な所管省庁の利害が消費者の苦情処理と解決を妨げたといえる。
規制緩和が進んだことにより、サービス産業の分野を中心に多様な企業がさまざまな分野に参入することができるようになった。サービスの質を保ち、消費者をリスクから守るために、広がった間口へ事前の規制の網を広げることは難しい。
その代わりに悪質で違法性の強い商法やリスクの高い事業に対する事後のチェックを徹底し、ペナルティーや市場からの退出を促す仕組みが求められるようになった。
誇大広告や虚偽の説明の規制対象を全業種に広げる特定商取引法の改正、支払い能力を超えた契約を禁止するために信販会社の事前登録を義務づける割賦販売法の改正、製品事故を防止するためにメーカーなどに安全点検や重大事故の報告を義務づけた消費生活用製品安全法の改正など、事後救済による消費者保護を目指す法改正が相次いでいる。
政治の圧力で一時はNOVAへの処分を見送ろうとした経産省が、結局一部業務の半年間の停止という厳しい行政処分に転じた背景にも、消費者行政をめぐるこうした流れの変化がある。
長期コースの新規契約を禁じられたNOVAは主要な収益源を失ったうえ、受講者に厚生労働省から給付される補助金が絶たれるなどして厳しい経営局面を迎える。旅行業のHISなどが協力を検討したが見送った。今秋にかけて700人の講師を新規に採用して受講者の要求にこたえる改善策を発表したが、再建の見通しは立っていない。