もう隠せない「中国弾圧」事情

全人代の最中に湖南省で暴動発生。非合法組織が海外メディアに情報提供。

2007年6月号 DEEP

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4月に来日した中国の温家宝首相は、朝のジョギングや太極拳、大学野球部との交流に笑顔で参加した。その様子をテレビ局や新聞社に取材させ、「親しみやすいリーダー」の印象を日本国民に売り込もうとした。

「親民」(国民重視)の姿勢は、3月5~16日に北京で開かれた全国人民代表大会(全人代)閉幕後の記者会見でも強調。「生活困難な民衆に目を向ける」「人民の民主的権利を保障し、公平・正義を推進する」「政治体制改革を推進し、権力の過度な集中を減らし、政府に対する監督を強化する」などと語った。

ところが、その全人代の期間に暴動が発生。海外メディアの知るところとなってしまった。世界のメディアが注目する全人代の期間中、当局はマイナス報道を厳しく抑え込むのが通例。今回も当初、国内メディアに箝口令を敷いたが、香港や海外のメディアに察知され、当局はメンツを失う結果となった。

暴動は、中国南部に位置する湖南省の農村で起きた。報道や目撃情報によると、永州市零陵区珠山鎮で、警察車両や路線バスなど計14台が群衆によって引き倒されたり、焼かれたりした。1人死亡との情報もある。当局は「軍事管制」(戒厳令)を敷き、人と車の出入りを厳重に規制。大量の機動隊と装甲車、爆発物処理車を投入する物々しさで、緑豊かな静かな農村は、異常な空気に包まれた。

中国ではこうした衝突が尽きない。制度の矛盾、社会の不安定さの表れで、役人の不正・腐敗、権力と結託した業者の無軌道ぶりが横行、生活が苦しい庶民に不満が募っている。

事件の発端は、地元の路線バスが旧正月(春節=今年は2月18日)の帰省ラッシュに乗じた値上げ。「一気に60~150%も上がった。運転手が小学生のかばんに荷物持ち込み料を要求し、払わないと下車を命じた」との話が住民に広がり、怒りが爆発。3月9日、群衆がバス会社に詰め掛けた。当局は機動隊を動員し、住民を力で排除。住民はバス会社と当局が結託しているとにらみ、路線バスや警察車両を壊した。

12日夜になって、珠山鎮に軍事管制が敷かれ、機動隊が集結。警察車両が一帯を巡回し、人や車の出入りを厳しく取り締まり、住民への威嚇姿勢を強めた。一方で、町に張り出された当局のビラには、「バス会社を営業停止にした」と、住民に理解を求める説明があった。衝突に参加した住民は最大で2万人といわれ、機動隊側も数千人に達した模様。

暴動が「民事紛争」

現場は、田んぼや畑が広がる農村地帯。交通手段はバスのほか、バイクを改造した屋根付きタクシーが主流。自家用車はほとんどなく、路線バスが貴重な足となっている。独占バス会社の一方的な値上げに、不満が爆発するのも無理はない。

香港紙「文匯報」によると、全人代に出席中の湖南省のトップ、張春賢書記は「事件は騒乱ではない。問題があれば厳しく対処する」と述べ、ナンバー2の周強省長は「すでに妥当に処理している。これは単純な民事紛争にすぎない」と、事件の影響拡大を防ぐのに必死だった。

警察車両が燃やされる暴動を「騒乱ではなく、単純な民事紛争」というなら、どれくらいの規模になれば暴動や衝突とされるのだろうか。共産党の思考回路は、一般の住民から遊離しているといわれても仕方ない。

今回の暴動で、海外メディアへの通報に力を入れたのが、「中国泛藍連盟」という中国大陸では非合法の組織だ。共産主義に反対し、孫文が提唱した三民主義を掲げている。同連盟の活動家で、湖南省の省都、長沙市を拠点にする張子霖氏は、衝突を知って現場に乗り込み、海外メディアに携帯電話で情報を提供した。さらに、ホームページに現場の写真と記事を掲載し、全世界に向け発信した。

張氏は13日、現場にいたところを警察当局に拘束されたが、当局にとって脅威なのは、こうした「確信犯」が半ば公然と存在していることだろう。中国が対外開放に踏み切って30年近く。ニュースを隠し通せる時代ではなくなった。

全人代期間中には、もう一つ不名誉なニュースが流れた。東北の遼寧省撫順市の老虎台炭鉱で浸水事故が起き、23人が死亡、6人が行方不明となった。中国の炭鉱では事故が続いており、遼寧省トップの李克強書記はあわてて、「救助活動を徹底するよう」指示を出した。李書記は、胡錦涛国家主席(総書記)の後継候補と目されており、2012年には国のトップになる可能性が高い人物。そのお膝元で全人代期間中に死亡事故が起こり、肝を冷やしたかもしれない。

重慶立ち退き問題

時代の変化を感じさせる事件としては、3月下旬、国内メディアも盛んに報じた重慶市の立ち退き拒否問題だろう。これまでなら国内メディアは、個人の権利を主張する立ち退き拒否住民の声より、当局、業者の肩を持つ報道が当たり前だったはずだが、今回は夫婦の行動、発言を詳しく伝える報道が多く、異例の展開となった。

背景には、今回の全人代で採択された私有財産保護を定めた法律(物権法)がある。10月施行予定だが、国民の権利意識の拡大とともに、強制的な立ち退きに厳しい視線が集まっており、インターネット上には夫婦への同情と当局、業者への批判の書き込みがあふれた。

問題の再開発事業は、日本の円借款でできた重慶モノレールの楊家坪駅の東側。大型商業施設建設のため、約280戸(計約1万2千平方メートル)が立ち退きを余儀なくされた。だが、楊武さん、呉苹さん夫妻は補償条件をめぐって業者と折り合いがつかず、04年9月以来、立ち退きを拒み続けてきた。

店舗兼住宅は、れんが造り2階建て(敷地約220平方メートル)。その家の周りは、開発業者によって深さ約10メートルまで掘られ、まさに「陸の孤島」の状況。水、電気も止められて04年末からは住むこともできなくなり、夫婦は別の場所で生活してきた。

裁判所は当初、3月22日までの立ち退き期限を設定。メディアの注目もあって、強制執行は実施されず、裁判所は改めて4月10日までに撤去するよう通告。4月2日に和解が成立し、その夜、民家は重機によって壊された。家には「合法私有財産は不可侵」と書いた白い横断幕と中国国旗が掲げられていた。

改革開放が始まって28年余り。中国は経済改革を進め、世界有数の貿易大国となり、国民の暮らしは相対的には良くなった。だが、細部に目を向けると、政治や社会制度があまりにも時代から遅れてしまったことに気がつく。

温家宝首相も言うように、政治改革は必至。だが、民主化に積極的だった胡耀邦、趙紫陽総書記は80年代に相次ぎ失脚(ともに故人)、89年の天安門事件の後遺症も残る今、政治改革が進むと期待する向きは少ない。改革に手を付ければ共産党独裁は危うくなるし、改革しなければ腐敗が進んで自壊する。いずれもいばらの道だ。          

   

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