人気沸騰の動画投稿サイトだが、怖いのは著作権侵害。でも「パクリの毒」を失ったら……。
2006年12月号 BUSINESS
10月9日から10日にかけてブログ圏では、コメントとトラックバックの嵐が吹き荒れた。「ウェブ2.0」(次世代型インターネット)の“帝国”となった検索大手「グーグル」が、動画投稿・共有サイト「ユーチューブ」を16億5千万ドル(約2千億円)で買収すると発表したからだ。
ユーチューブは昨年2月、スタンフォード大学に在籍する3人の若者(訂正:2006年11月24日:創業者3人のうち1人が学位取得のためにスタンフォードに復学し、残り2人はPayPalの出身)が始めたばかり。正式サービスは昨年12月に始まったが、直後から瞬く間に人気が沸騰、ウェブ2.0の新顔として今年上期のネットビジネスの話題を総なめにした。
そのアクセス数たるや、米国の調査会社によれば、この7月時点で一日平均620万5千件に達した。驚異的な急増で、アクセス計測サービス「アレクサ」の最新ランキングでも、常にトップ10をキープしている。
だが、アナーキーなネット掲示板「2ちゃんねる」の動画版ともいうべき側面が、次第にあらわになってきた。ユーチューブは動画などの自社製コンテンツをいっさい用意せず、登録ユーザーの投稿だけで成り立っている。いうなれば無料で利用できる個人放送局のようなもの。とはいえ、素人ホームビデオの寄せ集めに終始していたのでは、ここまでの人気は出なかったろう。
人気の一端は、パクリ動画の投稿が横行していることだろう。著作権法で保護されているはずのテレビ番組や音楽ビデオなどをパソコンに取り込んで、無断投稿する連中が後を絶たないのだ。
動画送受信が簡単なブロードバンド先進国、日本からのアクセスがやたら多いのも特徴だ。サイトは英語表示なのに、一説には米国内のアクセス数に迫る勢いだという。このため、日本で話題になったテレビ番組ならユーチューブで必ず見つかるという時期もあったほどだ。
たまりかねた日本の放送局や権利者団体など23団体がこの10月、「ユーチューブ対策強化週間」なるものを定め、共同で削除を要請して約3万本の違法動画を削除させた。ところが、それも束の間、投稿者の匿名性が高いため、新たな違法投稿が跡を絶たず、いたちごっこの状態に陥っている。
日本だけではない。ウェブに国境はないから、イスラム圏からも自在に投稿できる。ヤラセの残虐動画を投稿し「米軍やイスラエル軍の虐殺!」と宣伝すれば、プロパガンダの戦場になってしまう。逆も可能である。レバノンのヒズボラの「緑ヘル」の男が少年の死体を道具にヤラセを演出している動画は衝撃を与えた。
そんなお騒がせサイトなのだが、未公開企業のため財務情報は一切明らかにしていない。オンライン版「フォーブス」は、膨大なアクセスをさばくサーバーなどインフラに投じる費用が月に100万ドルに達すると試算した。多少の広告収入や映画PRなどのタイアップ収入はあるものの、投稿も視聴も無料である。ベンチャーキャピタルから2回に分けて調達した1150万ドルを使い切ったらどうするのか、とネットウオッチャーをやきもきさせてきた。
人気サイトだが資金難――となると身売りしかない。買い手には、噂になっただけでもヤフー、ニューズ・コーポレーション、グーグル、ソニー、タイム・ワーナー、アドビなどそうそうたる名ばかり。
裏返せば「世界最大の個人放送局」という得体の知れない新参メディアへの恐怖心は、予想外に広がっていたのだ。
結局、あまりに順当といえば順当なグーグルの買収という結果に落ち着いた。食指を動かしていた「ウェブ1.0」型のネット企業や既存メディアの腰が引けたのは、買収と同時に抱え込む著作権侵害による訴訟リスクを測りかねたからだろう。
案の定、グーグルが買収を発表したとたん、ニューズ・コーポレーション、NBCユニバーサル、バイアコムが、違法な投稿動画1本につき15万ドルを賠償請求する方向で検討中と米紙が報じた。「豊作貧乏」のユーチューブならカネを取れる見込みはないが、株式時価総額が約1300億ドル(約15兆3千億円)にもなるグーグルが相手なら「勝算あり」と踏んだのだろう。
ただ、2000年に施行されたデジタルミレニアム著作権法(DMCA)では、ウェブ企業は権利者からの届け出があった時点で権利侵害コンテンツなどの削除に対応すれば法的な責任が免除される。ユーチューブもこの条項を盾にサービスを続けてきただけに、訴訟問題の行方は予断を許さない。
しかし、権利者側もしたたかだ。ユーチューブを新たな収入源に仕立てあげる準備を進めている。音楽著作権侵害でいったん店じまいを余儀なくされたファイル共有ソフト「ナップスター」の前例を踏襲しようとしているのだ。
CBSなどのテレビ局、ソニーBMG、ワーナーやユニバーサルの音楽部門などは、グーグル/ユーチューブが導入を予定している権利侵害動画の自動検出機能を利用して、無許可で投稿された自社コンテンツにスポンサーの広告を自動挿入するシステムを構築する予定だという。
いたちごっこを続けるよりも、「広告収入の分け前をいただく」戦法である。グーグルも巨額賠償訴訟を回避するため、カネで解決して共に儲けようと、大手既存メディアと交渉している。世界のサイトを広告媒体に仕立てたロングテール広告ならお手の物だけに、ここで新境地を見いだそうというのだろうか。
しかし、このような既存メディア企業との調和路線は、諸刃の剣でもある。ユーチューブの人気の秘密は、面白い投稿動画を中心にブログへの貼り付け機能、コメント、掲示板といったコミュニティー形成の仕組みが用意されていることにある。
この仮想コミュニティーで積極的に行動し、発言し、動画を「普及」させてきた「リーダー」たちは、自由で開放的な思想を好み、エスタブリッシュメントへの反骨精神をむき出しにする者も多い。だから、既存メディアの広告戦略システムが動き出したとたんに、熱が冷めてしまう可能性も高いのだ。
そうなると、不正動画の投稿そのものが減少しかねない。既存メディアは胸をなでおろすかもしれないが、ペットや子供の動画だらけのありきたりのホームビデオ投稿を誰が毎日見るだろう。
現に日本版ユーチューブともいえるフジテレビ系列の「ワッチミー!TV」やNTT系の「クリップライフ」は、投稿動画のチェック機能があるため、毒のない動画ばかりで面白くなく、アクセス数もユーチューブの足元にも及ばない。
アナーキーな魅力を失ったユーチューブが「ありきたり」の存在になれば、買収したグーグルにとって高い買い物となってしまうのだろうか。