東証に公的資金注入? 資本市場の恥部をさらしたライブドア事件

2006年2月号 BUSINESS

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 東京証券取引所の信用失墜が止まらない。2005年から相次ぐシステムダウン、みずほ証券の誤発注事件、役員の東証未公開株保有、自主規制部門の分離問題――ここ数年はスキャンダルのオンパレードである。そして06年1月18日、ライブドア強制捜索で同社株の売り注文が殺到、午後2時40分に株式売買の全面停止を迫られ、世界に恥をさらした。

「長期にわたる経済低迷期でのシステム投資を怠り、投資家が市場に戻ってきたのに対応できなかった」(米ウォールストリート・ジャーナル)、「東京の金融市場は二流になる」(英ザ・タイムズ)。日の丸資本市場の心臓部にいったい何が起きているのか。

鶴島社長は私財を拠出しろ――東証株を保有する兜町の証券会社社長は、怒髪天をつかんばかりである。05年12月8日にみずほ証券がジェイコム株の売り買い注文を間違え、結果的に407億円の損失を抱えた。東証が金融庁への業務改善報告書を提出するのが06年1月末。これを受けて、東証とみずほ証券は損失負担の割合について2月から交渉を開始する。

 だが、明らかに東証の分が悪い。誤発注直後の取り消し注文が受け付けられなかったのは東証のシステムに不具合があったからで、「損失の大半を東証がかぶるだろう」との見方が通説となっている。

 この事件を契機に生え抜きの役員3人が追放されたが、A級戦犯とされる鶴島琢夫前社長、吉野貞雄前専務は真っ先に東証のグループ会社への天下りが内定したという。子飼い執行役員をいまだに呼びつけては、社長を兼任する西室泰三会長の動向を報告させ、院政を狙っているふしもある。

ライブドアと同じ「決算操作」体質

 鶴島前社長らは自分たちがどのような事態を生み出したのか分かっているのだろうか。現在、自民党筋で真剣に検討されているのが、「東証への公的資金注入の可能性」。東証の05年末の株主資本は886億円。みずほ証券は損害賠償訴訟を視野に入れており、その交渉次第では最大でその半分が吹っ飛ぶ。しかも、500 億円はかかるとされる新システムの導入を現在検討しているが、同時に旧システムの除却損が100億円単位で発生するとみられる。対して、東証の現在保有する手元資金は328億円しかない。過小資本、過小流動性である。

 無為無策といえば、株式分割を使って証券取引法違反の風説の流布や粉飾決算を試みたライブドアが、皮肉にも東証経営者の不明を暴いた。01年の商法改正で一株当たりの株主資本を規制した株式分割基準が撤廃され、純資産が十分でないベンチャー企業も大幅株式分割が可能になった。新株券が届くまで需給がタイ トになるため大幅分割すれば株価が一時的に上昇するのは自明だった。だが、東証は動き出したのが昨年3月だった。

 実は、ライブドア事件で売買停止を招いた清算システムは10年前に導入し、耐用期限は04年末だった。「東証自身の株式上場を最優先事項にしたために、決算対策として償却負担が毎年かかる新規投資をあえて控えてきた」と東証幹部は告白する。「鶴島社長が日銀考査を拒否していたのは、システムの老朽化を隠すためだった」とも東証内で噂されている。「東証の損失発生しだいでは鶴田前社長に対する株主代表訴訟も辞さない」とする中小証券社長の憤りはもっともだ。

 そもそも東証の経営レベルはライブドア並みだったのではないか。そのキーワードはライブドアと同じく、決算操作と自社株である。

 05年9月16日、カネボウの粉飾決算に関与した中央青山監査法人の会計士4人が逮捕されたため、当時の鶴島社長名で東証は公認会計士協会へ要請書を送った。いわく、「有価証券報告書の適正性に対する投資家の信頼が大きく揺らいでいる。監査の品質管理を検証し、適正性の確保に万全を期してほしい」。だが、東証には 会計士を責める資格がない。05年3月決算期に東証が突然計上した特別損失46億円がすべてを物語る。

 東京・江東区の緑多き埋立地、東陽。地下鉄の駅から北に10分歩くと日立物流本社がある。その敷地内にそびえる、サンアンドサンビルと名の付いた、証券決済などの基幹インフラを収容するコンピューターセンターが疑惑の源だ。

 日立グループが東証のシステム設計を全面的に受注している親密先というのは兜町界隈では周知の事実。義理のある東証は、地価下落リスクを取りたくない同グループからの要請を受け、日立物流から1994年に長期20年契約で同ビルを借り、東証グループのシステム会社にまた貸ししていた。だが、また貸ししていた賃料がその後の不景気で急落してしまった。

 貸し賃料の低下は90年代から明白だったのに、同取引に伴う債務を東証は貸借対照表に計上していなかった。複数の東証関係者の証言によると、「当時役員だった鶴島前社長も同取引の決裁に判を押していた」とされ、05年に入って主幹事の野村証券から「上場企業を目指すのなら、損失を計上するべし」と指摘された。

 しかも、東証自身が株式会社化した02年3月期決算以来、東証の監査法人は中央青山なのだ。「中央青山の創業者である村山徳五郎会計士が鶴島前社長と懇意だったことがなれそめ」(会計士)。05年9月中旬に鶴島社長が各マスコミの編集幹部を招いて昼食会を開いたところ、「会計士問題を徹底して攻めないのは、中央青山が東証を担当しているからか」と突っ込まれ、鶴島前社長はしどろもどろになった。東証自身が、お手盛り監査を受けていたのだから――。

 そもそも、上場直前で巨額の損失を出した未公開企業に対して、東証の上場審査部は「不審な決算」として即上場を見送らせる。6月の株主総会の際には、「東証の企業統治はどうなっているのだ」という質問の答えとして「東証一部に上場することで、その高さを証明する」と恥ずかしい答弁を準備していたとか。

お手盛り自社株取得

 東証疑惑の本丸は、リクルート事件の相似形となった自社株問題。鶴島前社長は04年春の就任後、故・土田前社長の保有していた東証株210株を買い取った。当時はヤフー株のクロス取引でジャスダックの倉員伸夫社長が解任されたばかりなのにだ。鶴島社長は「就任に際して、同株式の取得を自ら求めた」と東証内部では噂されている。

 この東証株問題は東証が株式会社化後の02年に、役員全員が水面下で東証株を購入したのがことの発端。「株式上場前に準公務員がキャピタルゲイン(譲渡益)狙いで株を買うのは何事か」とマスコミが騒いだため、05年3月になってひそかに社員持ち株会に移管し、役員全体で約500万円もうけた。

 同問題では、自民党政調から非難されて、ようやく05年7月に事実関係を記したペーパーを議員に配った。重要な経営情報の即時開示を上場企業に求める東証だが、いまだにこうした事実関係は投資家などに一般開示していない。

 鶴島前政権は生い立ちからして不幸だった。土田前社長が亡くなった05年初め、後任者として氏家・野村ホールディングス会長などの大物の名前が出たが、いずれも辞退。そこで、次期社長を狙う吉野卓雄専務などプロパー役員にとっては「御しやすく」、鶴島社長と同じ早稲田閥で当時社外取締役だった十字屋証券の安陽太郎社長など兜町の地場証券からは、「東証株主である中小証券の目論見どおり東証上場を遂行する従順さ」という理由で、隠居していた鶴島前社長に白羽の矢を立てた。

 鶴島前社長は当時、難聴などの健康上の理由で証券決済会社の社長を事実上解任されたばかり。その直前までは東証副社長を務めていたが、皮肉にも、鶴島社長の退任を求めたのは土田前社長だったという。

 だが、鶴島元社長はいざ社長に就任すると、仲人した後輩や、「鶴島ゴルフスクール」と呼ばれるゴルフ仲間を幹部に昇格させたという。社長批判を封じるためなのか、情報漏えい防止策を徹底してヒラ社員のeメールまで監視していた。身内で固めた結果が、この不祥事である。

 幹部の愛人問題、子会社TCS処理に伴うモラールダウン、予算消化の外遊――東証社内ではシステム問題以外にも足元では不平不満が渦巻いている。おりしも、株式市場が急に活性化し、東証ではバブル以来の売買高でにぎわっている。「一日あたり5000万円の利益が出ているので、役員は緊張感がない」と社員は皮肉を 込めるが、喝を入れるにはひど過ぎるスキャンダルだった。

 新生・東証に水を差すつもりはない。だが、東証は日本の資本市場を支える公共財だ。その信用失墜のコストは国民が払う。先般、NTTグループから最高情報責任者(CIO)を招聘したのは財務省・金融庁ラインのプレゼンスが高まった証拠。鶴島社長のイエスマンだった飛山康雄専務、長友英資常務は次期社長を狙っているのか、霞が関に恭順の意を見せ始めた。西室新社長が背負ったミッションは余りにも重い。

   

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