「食肉のドン」、控訴審では詐欺無罪めざす 懲役7年の不在はハンナンの危機

2006年2月号 DEEP

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 グループ60社、売上高3000億円のハンナングループは、牛肉偽装に伴う詐欺容疑で「ドン」が逮捕され、8ヶ月以上拘留された時も、保釈後も、ビクともしなかった。

 ハンナングループを率いるのは、浅田満元会長(66)である。「食肉の帝王」と形容され、政・官・暴に張り巡らせた人脈を持ち、「日本の食肉流通は、この人がクビを縦にふらなければ動かない」(元農水官僚)と言われた実力は、ダテではなかった。

 今もハンナングループは、輸入牛肉の扱いで中心を占めているし、土建、金融など食肉以外の分野でも、関西圏ではその豊富な資金力をもとに、地位を固めている。

 ただし、今後も揺るぎない立場を維持するには、条件がある。「ドン」の不在が長期に及んではならない。

 大阪地方裁判所は、2005年5月27日、総額50億4000万円の詐欺と補助金適正化法違反の罪に問われた浅田被告に対して、懲役7年(求刑は12年)を言い渡した。

 この判決は、「(求刑に対する判決の減額比率は)好くて三分の二」(弁護士)という“常識”を考えれば、決して悪いものではない。公判を傍聴し続けた全国紙の裁判担当記者も次のように漏らす。

 「裁判所は詐欺については『9億6000万円を詐取した』と認めたものの、補助金適正化法については、40億8000万円の起訴分に対し認めたのは6億円と、大幅に減額した。また、農水官僚の責任についても『対象牛肉の混入防止に関心が薄く、その姿勢が浅田被告の犯行を助長した面は否定できない』と厳しく指摘、それが求刑の半分に少しプラスしただけの実刑判決につながった」

 だが、ハンナングループは納得しなかった。ヤメ検の黒田修一弁護士を主任とした一審の弁護団を入れ替えて、06年5月頃から始まる控訴審に臨むことになった。

 詐欺するつもりなどなかった、というのが控訴に踏み切った第一の理由。そして、現実問題として7年にも及ぶ「ドン不在」は、グループを解体しかねない、という懸念を浅田被告のみならず関係者が持っていることが第二の理由である。

 ハンナングループを支配しているのは浅田ファミリーである。「ドン」の満元会長は次男だが、病弱な長男の清美を除く、照次、英教、暁の3人の弟が事業を支えてきた。

 今も本社を置く大阪・羽曳野市を拠点に、国内外に支店、営業所、屠場、工場、牧場などを保有するが、グループの中核はファミリーとその親族で固め、余人には入り込ませない。3000億円クラスの事業規模になると、本来ならそうした支配体制は無理なのだが、それを可能にしてきたのが「ドン」の人柄と実力だった。

 ハンナン関係者の証言がそれを裏付ける。

「記憶力と数字の能力は抜群。一度、聞いたことは、決して忘れない。それが数字ならメモを取らなくとも覚えている。特殊な才能というしかない。加えて、人を裏切らず、自分で責任を抱え込もうとする。そんな潔さが、みんなを惹きつける」

 身びいき、の一言で片付けては、このグループの“特殊性”は理解できない。浅田元会長は、逮捕から約2週間後の04年5月3日には、“意外”と思わせるあっけなさで、大阪地検の捜査検事に供述を始めている。

「私は、今回の逮捕拘留事実の通り、狂牛病騒動の最中、国産牛肉の保管対策事業制度を悪用し、府肉連(大阪府食肉事業協同組合連合会)の会長や事務局長らとともに、対象外の輸入牛肉加工品が混入していた牛肉などを全て国産と偽り、全肉連から売買代金相当額をだまし取りました」

 “完落ち”である。さらに、次のような殊勝な言葉まで口にしていた。

「今回、国が採用した一連の制度については、問題点を指摘する声もあるかと思いますが、制度の盲点を突いて制度を悪用、詐欺などを働いて多額のカネを手にした私が一番悪いのだということは、私自身、十分に承知しております」

 これだけ「詐欺です」と自供しながら、懲役7年を不服とするのは無理な話である。ただ、浅田元会長の側近は次のように証言、弁護団の戦略ミスを嘆いた。

「会長は自分以外の者を早く保釈で外に出したかったし、執行猶予をつけてやりたかった。それに、大阪府警の刑事からは『(詐欺を)認めないと、娘を逮捕するゾ』と、脅されてもいた。ヤメ検弁護団が、『捜査段階で供述しても、公判でひっくり返せる』といっていたこともあって、罪を認めてしまった」

 浅田被告の思いの半ばは実現した。逮捕・起訴者は12名に及んだが、浅田元会長以外は執行猶予付きの有罪判決を受けることができた。また、浅田元会長には亡くなった妻との間に3人の娘がいるが、溺愛している三女が独身で秘書役を務めており、浅田元会長の「自供」のせいか、三女が捜査当局に狙われることはなかった。

 詐欺罪を覆すことのできなかった弁護団だが、農水官僚の責任は十分に問えた。彼らが同和関係のややこしい食肉業者を浅田元会長に押し付け、その“恩返し”として農水官僚は、保管された牛肉の抽出検査の際、日時とロット(調べる場所)をハンナングループに伝えていたのだった。牛肉偽装に目をつぶったわけである。

 中学校にも満足に通っていない浅田元会長は、徹底的に“本音”の世界で生きている人だ。テレビ・新聞の“建前”の世界には、まったく興味がないし、見ることもない。

「敵か味方か」の二者択一で相手を推し量り、その基準は自分と「運命共同体」になれるかどうかである。だから、中川一郎、鈴木宗男、松岡利勝といった、清濁併せ呑んで共犯関係を築ける政治家を好み、農水官僚もその方向に持っていった。

 国内一頭目のBSE感染和牛が発見されたのをきっかけに始まった国産牛肉保管対策事業は、やがて2頭目、3頭目が発覚したために、01年12月、焼却処分事業に切り替わった。一審で、「政官とのつきあいから、将来の焼却処分を事前に知り、安値で買い漁った」と断定された浅田元会長は、「焼却には自分も官僚も反対だった。だから事前の買い漁りではない」と、二審で再度、主張する。

 同時に、そうした運命共同体であった農水官僚との関係が、「対象外肉の申請」につながったと釈明、そのことを農水官僚は知っていた、と具体例を挙げながら弁明することになろう。また、騙した方(府肉連)と騙された方(全肉連)が、ともに浅田元会長が支配する団体であることを指摘、詐欺を構成する要素に疑問を投げかけることで、検察側の構図を壊す方針だ。

「ドン」の心情としては、17年前に自分を「贈」、畜産振興事業団(当時)の食肉部長を「収」とした食肉汚職事件同様、自分が口をつぐむことで、多くの関係者を救い、恩を売り、さらにパワーアップしたいはずである。だが、48歳だった前回と違い今回は66歳で後がない。

 7年の留守は許されず、たとえ政界や官界を敵に回すことになっても、法廷戦略を有利に運ぶためには、なんでもする方針だ。開き直った「ドン」が控訴審でどんな材料を出してくるのか――けだし、見ものである。

   

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