来年、梅田の再開発街区に本社を移転。クボタは大阪・ミナミの老舗企業から、名実ともにキタの大企業になる。
2025年12月号 BUSINESS

北尾裕一社長(クボタHPより)
関西企業で連結売上高が5兆円を超えるのはパナソニックと大和ハウス工業の2社だけ。これを追うのがダイキン工業で2026年3月期の売上高は4兆8400億円を見込む。さらに住友電気工業が4兆6000億円、積水ハウスが4兆3300億円で続く。原子力発電所の再稼働で潤う関西電力はまだ4兆円だ。
関西の3兆円企業で筆頭格はクボタ。23年12月期、24年12月期と2期連続で3兆円を突破。20年間で3倍に成長した。売上高の約4割を北米が占め、トランプ関税などが響いて25年12月期は2兆8800億円にとどまる見込みだが、来期以降は価格転嫁を期待できるとして、直近の株価は持ち直している。
クボタの屋台骨を支えるのがグローバル展開だ。24年12月期の海外売上高比率は79%に達した。8兆円企業で代表的な輸出銘柄であるパナソニックの60%を凌駕する。
クボタの原点は創業者の久保田権四郎氏が1890年に発足させた鋳物会社「大出鋳物」。はかりの分銅や部材の生産から始め、機械部品や鍋・釜などの日用品鋳物に手を広げ、1897年に水道用鋳鉄管の量産化に成功。鋳造技術を応用して小型ディーゼルエンジンを製品化し、農業機械や建機に搭載。さらにゴミ焼却炉や水処理など環境分野にも進出した。ただ内需が主力で、81年時点のクボタは輸出比率がわずか13.2%にとどまっていた。現在とは隔世の感がある。

世界累計540万台以上を生産するトラクタ(クボタHPより)
躍進の素地を整えたのが2003年に就任した第9代社長の幡掛大輔氏だ。総会屋への利益供与や談合など不祥事続きだった企業風土を改め、「不正行為に手を染めた事業部門はつぶす」と宣言し、綱紀粛正を貫いた。
アスベスト禍の対策では工場周辺の住民に対しても社員と同等の条件で補償する方針を打ち出して事態の収拾に当たった。実家は北九州市の由緒ある神社で本人も神主の資格を持つ。宗教家ならではの一徹さで積年の経営課題にメスを入れた。
大掃除を済ませたクボタを09年に引き継いだのが第10代社長の益本康男氏だ。新興国のマーケットに、国内市場の需要一巡で伸び悩んでいた農機や建機などを果敢に投入した。日本では「成熟商品」の農機や建機が、急速な経済成長で食糧増産とインフラ整備が至上命題の新興国では有望な「成長商品」と化す。益本氏は瞬く間にクボタをグローバル銘柄に育て上げたが、現職のまま14年6月に急逝した。
跡を受けて第11代社長に緊急登板したのが副社長の木股昌俊氏(74)。20年には北尾裕一氏(69)が第12代社長に就いた。木股、北尾の両氏は益本氏が敷いたグローバル展開路線を継承した。北尾氏はインドのトラクター大手、エスコーツを買収して低価格トラクターの量産体制を構築。売上高を就任当初(20年12月期)の1兆8532億円から24年12月期に3兆162億円まで伸ばし、クボタをグローバル企業として定着させた。
幡掛氏以降、クボタは大体3期6年で社長交代している。そのサイクルを守り、来年1月1日付で副社長の花田晋吾氏が第13代社長に昇格し、北尾氏は代表権のある会長に就任する。益本・木股・北尾の3氏はいずれも技術系だったが、花田氏はクボタ始まって以来の営業畑出身。学生時代には中国に留学し、米国には計10年以上駐在、欧州法人や米国法人のトップも務めた国際派で、海外シフトをさらに強化したいクボタを率いるのに最適だ。
関西財界で今回のトップ人事を最も歓迎しているのは関西経済連合会の松本正義会長(住友電気工業会長)だろう。北尾氏が社長から会長になれば財界活動に軸足を移せると期待しているからだ。
松本氏は2017年5月に第15代関経連会長に就任した。任期は1期2年で、今年5月から5期目に入った。2025年国際博覧会(大阪・関西万博)の誘致活動を牽引し、4期目に万博開幕、5期目で万博閉幕に立ち会った。自らの人脈と住友グループの影響力を総動員して、経済界から寄付金を集め、チケットを売りまくって、ネガティブな前評判を吹き飛ばす大成功に導いた。
大阪・関西万博の初動がもたついた背景の一つに2025年日本国際博覧会協会(万博協会)と事務総長・石毛博行氏の力不足があった。パビリオンの建設遅れを批判する日本建設業連合会の宮本洋一会長(清水建設会長)にろくな反論もせず、噴水ショーの会場となるウォータープラザでのレジオネラ菌検出を、本来は問題ない水準なのに拙速な判断で問題化させるなど不手際の連発に関西財界は苦り切っていた。頼りない万博協会に代わって、関経連を軸に大阪商工会議所、関西経済同友会などの関西財界が万博をテコ入れしたのである。

関西経済連合会の松本正義会長(関経連HPより)
大阪・関西万博成功の立役者である松本氏は81歳。4期目の任期が満了した今年5月に勇退しても不思議はなかったが、万博会期中のため続投した。在任期間は10年となる見込みだ。歴代関経連会長で任期が最も長いのは第7代会長・芦原義重氏(関西電力会長)の11年で、2番目が第8代・日向方齊氏(住友金属工業会長)の10年。松本氏は日向氏と肩を並べ、第12代会長の秋山喜久氏(関電会長)の8年を上回る。
大阪・関西万博というレガシーを残した松本氏は5期目の任期が満了する27年5月に退く。後任を副会長の中から選ぶとすれば関西電力の森望氏が順当だが、現職の社長だから難しい。11月に美浜原子力発電所(福井県美浜町)で次世代原発の新設に向けた地質調査に着手するため財界活動に時間を割く余裕がない。同会長の榊原定征氏はお飾りだから役に立たない。
この20年間に急成長した関西企業としては大和ハウス工業、ダイキン工業、クボタの名前が挙がる。いずれも関経連次期会長の候補に擬せられる好業績だが、大和ハウス会長の芳井敬一氏は大阪商工会議所の現役副会頭で、関経連会長に就けない。
ダイキン工業会長の十河政則氏は関経連副会長で社業も万全。ただダイキン中興の祖で名誉会長の井上礼之氏は関経連副会長時代に、当時会長の秋山氏から後任を打診され、固辞した経緯がある。ダイキンは経営が傾いた時に住友金属工業(現日本製鉄)の支援で苦境を脱した恩があり、その住金を差し置いて関経連会長を引き受けられなかった。結局、秋山氏の後任となる第13代会長には住金会長の下妻博氏が就任した。ダイキンの名誉会長に退いた今も隠然たる影響力を保つ井上氏が断った関経連会長職を十河氏が受けることは難しい。
そこでポスト松本の最有力候補にクボタ次期会長の北尾氏が浮上した。元々、クボタの財界活動は大阪商工会議所が拠点。大商の第17代会頭(1960~66年)はクボタの小田原大造社長だし、製造業で構成する大阪工業会(2003年に大商と統合)の第8代会長(81~88年)は広慶太郎社長、第10代会長(93~99年)は三野重和会長が務めた。歴史的に大商との縁が深いクボタだが、松本氏が飲み仲間だった木股氏を一本釣りして関経連副会長に迎えた結果、大商から関経連に乗り換えた格好だ。今年5月、木股氏は関経連の副会長職を北尾氏に譲った。
クボタの現本社は大阪市内南部の繁華街である難波に立地するが、2026年5月に大阪市北部の梅田の再開発街区「グラングリーン大阪」に引っ越す。クボタは大阪・ミナミの老舗企業から、キタの大企業となる。歴代15人の関経連会長は全て梅田界隈に本社を構える大企業の出身。条件は整った。北尾氏は次期関経連会長の本命に躍り出た。