相次ぐ米テック企業の人員削減。「AI代替説」と騒いでいるが、煽り報道ではないのか。
2025年12月号 BUSINESS

アマゾンの1万4千人削減は日本でも大々的に報道された(写真は米シアトルのアマゾン本社)
Photo:Jiji
「残念ながら貴殿のポジションは廃止となりました。既に入館証に利用制限をかけているため、在席中の方の退館はセキュリティー担当者がサポートします」――。米アマゾン・ドット・コムで働く1万4千人の社員がこんな内容のメールを受け取ったのは米国時間10月28日だった。
対象となったある社員はTikTok(ティックトック)に不運を嘆くコミカルな動画をアップし、別の社員はビジネスSNSのプロフィール写真にすかさず「求職中」の文言を加えた。なんとも開けっ広げなSNS時代のレイオフ(一時解雇)といった風情だが、生活の糧が絶たれたことに変わりはない。
アマゾンに先立ち、同社と同じ米ワシントン州に本社を置くマイクロソフトは計1万5千人を削減すると表明した。ソフト大手の米セールスフォースも8月末に4千人の削減を公表し、米IT業界では新型コロナウイルスの感染拡大が始まった2020年を彷彿とさせる人員削減の嵐が吹き荒れる。
米再就職支援会社のチャレンジャー・グレイ・アンド・クリスマスによると、25年1~10月の米国における人員削減は前年同期比65%増の109万9500人に達した。中でもアマゾンのようなIT業界の著名企業による削減が目立ち、背景を読み解くのが経済記者の目下の関心事であるようだ。
ある大手紙は「AI(人工知能)代替一因か」と見出しに取り、より断定的に「迫るAIリストラの現実」と解説するメディアも。急速に発達する生成AIが人の仕事を奪っているといった論調が少なくないが、米有力シンクタンクの研究主幹は「それほど単純な話ではない」という。どういうことか。
アマゾンの人員削減では1万4千人という規模に目を奪われがちだが、9月末の総人員(157万8千人)に占める割合は0.9%にすぎない。同社は物流拠点に多くの人員を抱えるため特に総人員が大きく見えがちだが、マイクロソフトも7%弱、セールスフォースは5%台にとどまる。
比率が比較的小さく見えるのは、「分母」が急拡大したためだ。アマゾンを例にとると、総人員は新型コロナ禍が始まる直前の19年9月時点との比較で2.1倍に急増している。他社も程度の差こそあれ、新型コロナ禍によるデジタル化の加速などを理由に採用を大幅に増やした。
ところが新型コロナ禍の終息で事業の成長率は元に戻る。「経営陣は経営の重荷となった過剰人員に手をつけたかったが、適当な理由がなかった。そこに急浮上したのがAIの急成長で、ステークホルダーの理解も得やすい」(前出の米シンクタンク幹部)というわけだ。
もっとも、AIが単なる方便かといえばそうとも言い切れない。背景にあるのはIT大手による設備投資の急増だ。アマゾン、マイクロソフト、米アルファベット(米グーグル親会社)、米メタの4社の25年7~9月期の設備投資は前年同期比8割増の1125億ドル(約17兆3000億円)に達した。
各社が注力する生成AIには学習に利用するデータ量や計算能力を増やすほど性能が高まる「スケーリング則」がある。このため投資を絞れば競争から振り落とされかねず、米コンサル大手の幹部は「壮大なチキンレースだ」と語る。一方で野放図な投資拡大には株式市場の目が厳しく、人件費を浮かせて設備投資に回す構図が浮かび上がる。
焦点となっている「AIによる人の仕事の代替」にも注意が必要だ。「AIはホワイトカラー職場で若手社員が担っている仕事の半分を消し去り、失業率は10~20%に上昇する可能性がある」――。米アンソロピックのダリオ・アモデイ最高経営責任者(CEO)は6月、こんな発言で注目を浴びた。
同社は米オープンAIの有力な対抗馬で、アモデイ氏もオープンAI出身だ。注目企業を率いる同氏の発言は「AI失業説」を裏付ける有力な証拠とされたが、同社幹部は声を潜める。「現在の話ではなく将来の可能性に言及しただけ。社会に警鐘を鳴らすことが目的だった」
生成AIによる雇用喪失が現実になりつつあるとされるコンピューターのプログラミングはどうか。生成AIをコード生成に利用する「バイブコーディング」の生みの親であるオープンAIの共同創業者、アンドレイ・カルパシー氏の10月半ばの説明が現実を浮き彫りにした。
同氏はオープンソースとして公開した新たな生成AIモデルの開発でバイブコーディングを利用せず、すべて自らの手で書いたとX(旧ツイッター)に投稿した。生成AIの利用を試みたものの「うまく機能せず、まったく役に立たなかった」と言い、バイブコーディングの限界を示す格好になった。
米クラウド企業、ファストリーが7月にプログラマーを対象に実施した調査によると、回答者の95%がAIが生成したコードの修正に余計な時間がかかっていると回答し、28%は節約できた時間のほとんどが修正で相殺されていると答えた。注目の新技術も現時点では限界があるとみるのが適当だろう。
生成AIが雇用を奪う一方、新たな仕事を生み出している点にも注目する必要がある。米コンサル大手などがこうした可能性を指摘し、世界経済フォーラムも30年までの予測で、AIにより世界で900万人が職を失う一方、1100万人の雇用が生まれるとした。全体としてはプラスとの見立てだ。
このように見てくるとAI失業率は荒唐無稽とまでは言わないまでも、あくまでも将来の可能性のひとつであり、備えが必要といった向き合い方が適切と思えてくる。にもかかわらず一部メディアは過剰なまでに煽り、内部からは「読者の食いつきがいいからやっているが不本意だ」(大手紙記者)といった声も漏れる。
確かに生成AIに影響を受ける可能性が高いのはホワイトカラーで、新聞の読者と重なっている。読者の恐怖心に訴えかければネットでクリック数を稼げるかもしれないが、「不安商法」にほかならず、やっていることは本質的には霊感商法と変わりはない。
そのメディア産業は生成AIの影響をいち早く受ける業種と名指しされ、世界各地で生成AI開発企業を著作権侵害などで訴える動きも相次ぐ。焦る気持ちは分からないでもないが、目先の利益を追い求めて不誠実な記事を量産したら自らの死を早めることになりかねない。